第19話 エセ賢者の作戦
その後、閃いた作戦を伝えたエイダは建物の陰へと消えた。
ここから先は別行動である。
彼女の指示に従って動かねばならない。
こちらの能力だけに頼った作戦なら拒否するつもりだったが、エイダはしっかりと対策をしていた。
僅かな時間でその境界線を探り、最善の展開へと漕ぎ着けたのである。
エイダは追い詰められた際に真価を発揮する人間だと改めて認識させられた。
感心しながら歩いていると、前方の建物を吹き飛ばしてミノタウロスが現れた。
全身から熱気を放つミノタウロスは、鋭い眼光を以て問い詰めてくる。
「賢者エイダはどこにいる!」
「まだ近くに潜んでいるだろう。自力で探せ」
「生意気な……貴様は時間稼ぎというわけだな」
「否定はしない」
淡々と答えるたびにミノタウロスの怒りが膨れ上がっていくのが分かる。
元より短気な性格らしい。
それに加えて、エイダを仕留め損ねている現状に苛立っているようだ。
自身の大雑把なやり方が悪いと理解しているからこそ、尚更に気分が抑えられないのだろう。
ミノタウロスが片手を振るう。
その一撃がそばの家屋を倒壊させた。
瓦礫を踏み付けたミノタウロスは怒気を露わに叫ぶ。
「蔵書狂……貴様は絶対中立で知識を授けるだけの存在のはずだ! なぜ賢者に力を貸す? まさか情でも芽生えたのか!」
「提供された知識に見合うことをしているだけだ」
事実を述べて前に進み出る。
そして、羊皮紙の両手を触手のように枝分かれさせて宙に広げた。
各先端を風に泳がせながら魔族に告げる。
「魔族の記憶が欲しかったところだ。お前から根こそぎ抜き取ってやる」
「ハッ、やれるものならやってみろ!」
ミノタウロスが突進しながら光線を吐く。
上半身が焼き払われるも瞬時に修復を始める。
追撃の光線が下半身を消し飛ばすも、四散するだけで何の意味もない。
残る羊皮紙と革表紙の破片が空中で集合し、再び人型となって着地する。
「この程度で殺すつもりか」
「ならば死ぬまで浴びせてやろうッ」
ミノタウロスはひたすら攻撃を繰り返す。
主に光線による中距離攻撃が主だ。
肉弾戦で接触すると、記憶を抜き取られるからだろう。
激怒している割には冷静に物事を考えている。
こちらは一切の反撃をしない。
ただ棒立ちで破壊されながら言葉を交わすのみである。
気まぐれに触手の手を伸ばしても、光線で瞬く間に焼かれて届かなかった。
徹底的な対策ぶりだ。
接触を許した時点で即死だと考えているに違いない。
(良い流れだ。エイダに思い描いた通りに進行している)
ミノタウロスの攻撃を受けながら考える。
エイダから求められたのは盾の役目――より正確に言うなら陽動だった。
彼女は攻撃役を頼んでこなかった。
無防備にやられているのは、太刀打ちできないというよりエイダの作戦に従っているからである。
あとは彼女の頑張り次第だ。
当然ながら死の危険性も付きまとう。
それをどう乗り越えてくるか見届けるつもりであった。