第18話 無力なりの決意
逃げるエイダに追いついたところで、羊皮紙の集合体を人型に戻す。
緩やかに着地して彼女の隣を並走した。
あまり速度は出ないが、置いていかれるほどではない。
息を切らして走るエイダは、必死な形相で言う。
「便利な身体だねっ」
「人間の尺度で考えればな。機能性はどうでもいい。これは自我の容器に過ぎない」
背後から熱気を伴う光線が飛来する。
咄嗟にエイダを足首を掴んで転ばせると、光線は彼女の頭を掠めるように通過した。
「どわぁ!?」
エイダは頭を撫でながら立ち上がる。
幸いにも無傷のようだ。
しかし、光線は一定の間隔で連射されている。
鈍重で魔力感知の苦手なミノタウロスは、大まかな狙いで攻撃を繰り返しているらしい。
なんとも雑な手法だが決して侮れない。
一度でも命中すればエイダは致命傷を負うことになるのだ。
魔族の圧倒的な魔力量に任せて押し切るのは、単純ながらも破りにくい作戦だろう。
再び走り出したエイダは、崩れる家屋を避けながら喚く。
「ヴィブル! あいつをどうにかしてくれ!」
「軽々しく頼ってくるな。自力で乗り越えてみろ」
「明らかにその範疇を逸脱しているだろう!? 私はただの商人なんだぞ!」
エイダは髪を乱しながら主張する。
彼女の言い分も間違いではなかった。
魔族の討伐はしばしば自殺行為の例えに用いられる。
それほどまでに無謀で、基本的には不可能なことなのだ。
人間よりも強い力を持つ魔物がさらに進化した存在。
それが魔族である。
強靭な肉体は並の攻撃では傷付かず、膨大な量の魔力で無尽蔵に術を放つ。
あのミノタウロスの刺客は、特に肉体面に秀でた個体だろう。
たとえ数百人規模の兵士を揃えても負傷させるのが限界である。
正攻法では万に一つもエイダに勝ち目はない。
それでも彼女は諦めてはならない。
なぜならば人々の希望を背負う賢者だからだ。
ただの騙りだろうと簡単に放棄されては困るのである。
エイダはため息を吐いた。
足を止めた彼女は、瓦礫の山に隠れながらぼやく。
「まったく、腰の重い助手だね……」
「ここで詰みになるようなら、大人しく賢者の地位を返上すべきだ。お前には向いていない」
「そんなことは百も承知だッ! 君に言われずとも私は成し遂げる!」
「策はあるのか」
「見くびらないでくれ。頭脳戦は得意なんだ」
そう答えたエイダは、何事かを早口で呟きながら思考する。
瞬きを忘れて没する様は、己の人生を語った時の姿を彷彿とさせた。