第14話 エセ賢者は誇り悔やむ
半日ほど歩き続けると、遠くに街が見えてきた。
エイダは安堵した様子で早足になる。
何度も休息を取っているが、体力的に限界が近かったのだろう。
あれから襲撃の類はなかったものの、精神的な疲弊は募っていたはずだ。
歩きながらエイダは鞄を漁り、金属製の仮面を取り出す。
目元だけを覆う形で余計な装飾は施されていない。
それを装着したエイダは肩をすくめる。
「さて、今のうちに顔を隠しておこう。私は有名だから見つかると騒ぎになってしまう」
「実態は詐欺師だがな」
「ははは、ヴィブルは手厳しいね」
笑うエイダが別の仮面を手渡してくる。
それは顔全体を覆う形だった。
黒い塗料の塗り込まれており、素材は木の皮のようだ。
エイダは仮面の位置を調整しながら告げる。
「君も隠した方がいい。羊皮紙の顔だとすぐに分かるよ」
仮面を受け取って装着する。
特に感想はない。
僅かに視界は狭まるも、支障を来たすほどではなかった。
外れないように付属のベルトを締めて固定する。
その後は二人で街へと入る。
門番はいたが、特に止められることはなかった。
よほど安全な場所なのか、それとも無法を黙認しているかだ。
後者を想像しながら進んでいくも、街の中は至って普通だった。
雰囲気の明るい通りでは、住民が元気に行き交っている。
その光景に思わず呟く。
「平穏な雰囲気だな。百年ほど前は治安が悪かったのだが」
「この地域では争いが起きていないからね。国境とも遠く、魔物による被害も少ないんだ。百年で改善されたということだね」
「そうか」
図書館に引きこもっていると、現在の世界をあまり認知できない。
訪問者から知識を得るくらいしか手段がないのだ。
こうして実際に見聞きして感じ取るのは久しく、どうにも新鮮な感覚に思えてくる。
当然ながら時代の流れと共に大きく変化したことも多く、エイダの解説からもそれは明らかだった。
本職が商人である彼女は、各地方の事情にも詳しいのだろう。
街を歩くうちに、ローブを着て杖を携帯する者が多いことに気付く。
気のせいでは済ませられないほどの頻度だった。
その発見をエイダに確認する。
「魔術師が多いのはこの街の特色なのか」
「いや、現代ではこれが普通さ。むしろ地方だから少ないくらいだね」
エイダによると、全世界で初歩から中級の魔術を扱える者が急増したらしい。
言うまでもなく彼女が販売した魔導書の影響である。
安価での販売が功を奏し、他の書物を不要にする勢いで売れたそうだ。
エイダは周囲を指し示して得意そうに述べる。
「君の魔導書は常識を覆したんだ。私から聞いた話よりも実感できるんじゃないかな?」
「……そうだな。想像以上に発展しているようだ」
「才能を持つ者が正しく報われるようになった。私は素晴らしいと思うよ」
「自らに魔術適性がないことに劣等感は覚えないのか」
「一切ない……と言えば嘘になるね。どうせなら賢者を名乗るに値する実力が欲しかった。だけどそれが叶わない夢なのは分かっていた。だから私はやれることに力を注いだ」
エイダは寂しげな目で言う。
そこには彼女自身の本音が含まれていた。
足を止めたエイダは、こちらを一瞥してからぼやく。
「過ぎた能力は身を滅ぼす。私は君から手を貸してもらうくらいがちょうどいいのさ」
自嘲を込めた声には、エイダの懺悔が感じられる。
彼女に返す言葉も見つからず、黙ることしかできなかった。