第13話 エセ賢者は追い詰められている
エイダと共に草原を歩く。
彼女は死体から奪った武器と荷物を持っていた。
疲労の隠せない目付きで干し肉を齧っている。
抜き取った記憶によると、当分は襲撃されることはない。
魔爪の導示の情報網は優秀で、常に他の人員に共有されるためだ。
こちらが撃退に成功した一件は既に知られていると考えていい。
単純な襲撃ではエイダを殺せないと分かった以上、無駄な犠牲を出さないように立ち回るものと思われる。
(つまり次に仕掛けてきた時は、一定以上の勝算がある場合ということだ)
魔爪の導示は強大な戦力を有している。
規模感で言えば、一国の軍を相手取るようなものに等しい。
どうやら信奉対象である魔族とも繋がっているようなので油断は禁物だ。
降臨が噂される魔王との敵対も視野に入れるべきかもしれない。
その辺りの事情についてはエイダに伝えていない。
一度に説明すると、彼女の心的負担が大きすぎると考えたからだ。
いずれ明かさねばならないにしろ、少し時間を置いた方がいい。
黙々と進むエイダは憔悴していた。
図書館での休息が足りなかったのだろうが、それ以上に先ほどの襲撃が影響している。
どこか慣れた雰囲気なのは、こういった事態に何度も遭っているからだ。
そんなエイダに質問をする。
「今後の方針は決まっているのか。並大抵の手段では解決しそうにないが」
「もちろん考えているとも。君のおかげで計画がより明瞭になったよ」
エイダは掠れた声で言う。
僅かに微笑んだ彼女は、どこかぎらついた目で続けた。
「ヴィブル。君のその強力無比な能力で魔族を殲滅してくれないか。そして手柄を私に譲ってほしい」
「断る」
「なぜだ!?」
「逆に承諾すると思ったか。暴力だけでの解決を望むなら、他に適任がいるだろう」
この世界には様々な存在が跋扈する。
天高くそびえ立つ結晶の山には竜神が生息し、海よりも広い樹海の先には巨人の王が暮らす。
他にも人間に憑依する亜神や、人外殺しを専門とする暗殺一族もいる。
主義や方向性に違いがあるものの、人智を超えた暴力は数多く列挙できるのだ。
その中でわざわざ蔵書狂を選ぶ利点は少ないと言える。
確かに魔族の殲滅は可能である。
人間よりも強靭な種族だが関係ない。
許容限界を超えた知識を流せば脳を破壊できる。
知識を抜き取って白紙に戻すのも容易だ。
彼らの攻撃で死ぬことはなく、一方的な蹂躙を実現できるだろう。
向こう百年は人類に被害を出さないように叩き潰せる。
しかし、そんなものは知識を持つ者の行動ではない。
仮に実行すれば、もはや蔵書狂を名乗る資格はないだろう。
そこに残るのは記録者ではない。
理を侮辱する不死の殺戮者である。
「成り行きで魔族と戦うのは構わないが、殲滅を目標にするなら別の者を頼るべきだ」
「そうだね……すまない、少し焦ってしまった」
エイダは我に返った様子で謝る。
精神的に参っていることを自覚したらしい。
彼女は恥ずかしそうに頬を叩くと、先ほどよりも良い顔で握手を求めてくる。
「なるべく穏便な形で解決を目指したい。よろしく頼むよ」
「分かった。そのための知識を貸そう」
握手に応じると、エイダは嬉しそうに笑う。
そして意気揚々と大地を踏み締めるのだった。