第115話 蔵書狂と賢者
最終話です。
エイダは数多くの功績を打ち立ててきた。
その一つは、間違いなくルナを育て上げたことだろう。
世界最悪の殺人鬼を、己の意志を継ぐ賢者にしたのである。
影響力を鑑みると、結果的に大勢の運命を変えたと評しても過言ではない。
ルナは石碑の手入れを終えると、立ち上がって腰を叩く。
「賢者になった時はどうなるかと思ったけど、意外となんとかなるものだよね。今じゃ私もエイダちゃんみたいに慕われてるし」
「……忘れたのか。当初は失敗だらけだっただろう。おかげで何度も尻拭いをする羽目になった」
「えへへ」
「笑って誤魔化すな」
立派な賢者となったルナだが、現在に至るまでに数え切れないほどの失敗をしでかしている。
エイダの存命中、彼女から何度となく諭されていた。
そのたびに学ぶことで、未熟な時期を脱したのである。
成長の具合で言えば別人のように著しい。
エイダに対する憧れを抱きながらも完全な模倣はせず、己の長所を活かす形で伸びてきた。
超常的な話術を持たない代わりに、ルナには優れた武力がある。
それらを上手く調和させることで現在の姿となった。
「エイダちゃんを超える賢者を目指さないと。まだまだ頑張らないとね」
「良い心意気だ」
「でしょ? 向上心はちゃんと持ってるんだ」
誇らしげに笑ったルナは手を打ち鳴らした。
彼女は帰路を指差して告げる。
「そろそろ行こうか。用事が溜まってるからね。早く帰らないと怒られちゃうよ」
「ああ、そうだな」
賢者の仕事は膨大だ。
ここまで来た僅かな時間も、どうにか捻出しているような有様である。
ルナは石碑に手を振る。
「またね、エイダちゃん。次は早めに来るよ。二代目賢者、頑張るね」
決意を表明したルナがこちらを見上げてきた。
彼女は小首を傾げて尋ねる。
「ヴィブルは何か言わなくてもいいの?」
「不要だ。石碑に告げてもエイダに伝わるわけではない」
「あはは、無粋だねー」
ルナは快活に笑うと、踵を返して歩き出した。
意気揚々とした足取りのまま進む。
「さて、また世界を救おっか。大陸の外に進出するよ」
「軽い宣言だな」
「気楽にやらないと参っちゃうからね」
ルナはやる気に満ち溢れている。
この底抜けの明るさと自信に助けられる人間が多いのだ。
彼女は何かを閃いた顔で提案する。
「そうそう、別の大陸に渡ったら魔導書を売ろうよ。魔術を広めて評価を高めつつ、資金集めを進めたいね」
「魔導書は誰が作るんだ」
「やっぱりヴィブルでしょ! あたしも魔術は勉強したけどそこは専門外だもん。ねえ、お願い!」
ルナは手を合わせて頼み込んでくる。
その態度に呆れながら進み、森の中へと踏み込んだ。
彼女は慌てて追いかけながら説得を続けてくる。
このやり取りにも既視感があった。
賢者とは、根本的に他力本願な一を持つのだろうか。
まったく情けないと思うが、今更な話だろう。
賢者の隣を歩み、その行く末を見守ると決めたのだ。
蔵書狂と言う名の傍観者ではなく、助手としてこれからも力添えをしていく。
これからも数奇で唯一無二の記録を続けようと思う。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
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