第114話 二人の賢者
ルナは石碑の手入れを始める。
その手つきは丁寧で、エイダに対する最上の敬意が込められていた。
その気になれば魔術で効率よくできるが、あえて手作業にこだわっている。
彼女はしみじみと呟く。
「エイダちゃんってすごいよね。賢者としてたくさんの人達を救ってきたんだから。今になって気持ちが分かってきたよ」
語るルナの横顔は慈愛に満ちており、過去の日々を懐かしんでいるようだった。
彼女の容姿は出会った時からあまり変わっていない。
経験を積んで大人びた雰囲気と服装を除けば、当時とほとんど区別が付かないだろう。
ルナの持つ再生能力が老化を抑えているのだ。
寿命も大幅に引き延ばされており、現時点ではどれだけ生きられるか不明である。
少なくとも当分は死なないだろう。
もはや不老不死の領域に踏み込みつつあった。
ちなみに本人は年齢に合わない容姿を少し気にしているらしい。
若さにこだわりはないらしく、むしろ疎ましく思っている節がある。
最近はなるべく老けて見えるように化粧をしているようだが、あまり成果は見られなかった。
石碑を拭きつつ、ルナは世間話を続ける。
「賢者って大変な役割だよね。色んな問題が舞い込んできて、それを綺麗に解決しなくちゃいけない。印象も大切だから、人前じゃ弱音も吐けないし。今になってエイダちゃんの凄さを痛感するよ」
「エイダは武力を持たない人間だった。状況によってはお前よりも遥かに苦労している」
「あたしだって今はそこまで武力に頼らないよ。必要最小限に留めているからね。そこはエイダちゃんの方針を受け継いでいるよ」
ルナは頬を膨らませて主張する。
現在では穏健派と言えるほど落ち着いた彼女だが、戦闘技能は向上し続けている。
激務の合間に鍛錬し、有事の際に備えていた。
ナイフ一本で大軍を殲滅できる力を有しおり、誰も彼女に敵対しようとしない。
政治的な対立や妨害はあれど、少なくとも武力で仕掛ける愚か者は滅多にいなかった。
こうして賢者を名乗るようになったものの、元々ルナは殺人鬼だったのだ。
研ぎ澄まされた凶暴性は奥底に隠れただけで失われたわけではない。
聞けば幼少期から傭兵として戦場を渡り歩いたそうで、その環境が彼女の狂気を引き出したのだろう。
高い実力と才覚は勇者の末裔という点が保証している。
仮にエイダとの出会いがなければ、ルナの殺戮はさらに悪化していたかもしれない。