第113話 偉大なる賢者
世界は刻一刻と変わりつつある。
長きに渡る人間と魔族の争いに一つの終着点が生まれたのだ。
まだ不安定ながらも、民衆は手を取り合う姿勢を見せており、両者の関係が良好化していくのは想像に難くない。
様々な主義や思想はあれど、大半の者は戦いなど望んでいないのである。
目の前に豊かな暮らしが待っているのなら、喜んで飛びつくものだ。
魔導国はこれからも周辺諸国に影響を与えていくだろう。
やがて魔族の悪評も一新するに違いない。
地道な活動も積み重ねれば実を結ぶ。
もしも道を誤ったとしても、それを正す者がいる。
歴史の繰り返しになることはないはずだ。
賢者の偉業は計り知れない。
この短期間で数々の改革を実行し、いずれも世界に巣食う問題を解決に導いている。
己を鑑みずに取り込む姿からは、出会った当時の面影を感じられない。
彼女を英雄と呼ぶことを否定する者はいないだろう。
敵対的な勢力でさえ、その手腕や名声や影響力については認めているほどだった。
彼女の行動は次の世代へと紡がれていく。
そうしてまだ見ぬ人々にも波及する。
命を懸けて掲げた意志は、時の流れにも屈せずに輝き続ける。
その輝きに魅入られた者が次の賢者となるのだ。
(他人事の俯瞰ばかりではなく、主観での記録も悪くない。待つばかりでは得られない経験ばかりだ)
改めて考えながら森の中を歩く。
後ろを進む彼女は持参した水を飲んでいた。
空になった容器を鞄に仕舞うと、彼女は思い出したように言う。
「魔導国が落ち着いたら、大陸外にも出向きたいね。向こうは戦争ばかり起きているんだっけ」
「七百年ほど戦争状態だ」
「すごいね。そんなに続けられるものなの?」
「国家としての形態はとっくに破綻している。現在は無数の部族同士が殺し合っているらしい。この大陸に乗り込もうとする勢力もいるそうだ」
「なるほど。戦争に巻き込まれたら困るし、それはなんとかしないとね」
話をしているうちに、図書館に到着した。
薄暗い雰囲気は無くなり、陽光の差す温かい土地が広がっている。
以前、彼女の提案で改築したのだ。
別に機能性や外観を凝る必要などなかったが、強い希望で今の状態を維持している。
汗を拭った彼女は一目散に駆け出した。
「ふぅ、やっと着いた」
彼女が向かった先は、建物のそばの花畑だ。
その中央に石碑がある。
石碑の前で立ち止まった彼女は、寂しげな顔で告げる。
「遅くなってごめんね。久しぶり、エイダちゃん」
世界唯一の賢者ルナは暫し無言で佇む。
状態固定の術を施された石碑は、決して朽ちることなく存在している。
表面には簡潔な文言が刻まれていた。
――偉大なる賢者エイダ・ルース、安らかに眠る。
彼女が死を迎えてから十一年が経過していた。