第112話 迷いの森を歩く
ある日の朝。
馬車を乗り継いで迷いの森の入り口に辿り着く。
鬱蒼とした外観はどれだけの年月が経とうと変わらない。
森の中には日光も十分に届かず、仄暗い雰囲気を醸し出していることだろう。
隣にいるのは世界で唯一の賢者だ。
銀色のローブに身を包み、青い宝玉のはめ込まれた杖を携えている。
微笑する彼女は、懐かしそうに迷いの森を眺める。
「ここに来るのも久しぶりだね」
「四年と十七日だ。そこまで経っていない」
「人間の感覚だと久々だよ。ちゃんと計画しないと駄目だね。もっと早く来るつもりだったのに」
反省する彼女が歩き出したので、追い抜いて先導を始める。
この地ではぐれると面倒だ。
合流までに余計な時間がかかってしまう。
最短距離で進むならば、こうして案内する形が一番だった。
「ちゃんと迷わずに着くかな」
「誰が同行していると思っている」
「ふふ、冗談だよ」
彼女は嬉しそうにしている。
近頃は多忙な毎日が続いており、こうして気晴らしの時間が取れていなかった。
周りの目がある以上、心が休まる瞬間は少ない。
下らない会話すらも貴重なのだった。
同じことを考えていたのか、彼女は移動中に愚痴を洩らす。
「最近は本当に忙しいね。魔術学園の運営もそろそろ誰かに任せたいな」
「主任のルウラはどうだ。彼女の管理能力は高く評価されている。人望もあるので満場一致で歓迎されるだろう」
「そうだね。帰ったら本人に相談してみようか」
魔術学園とは、彼女が設立した施設だ。
適性を持つ子供を無償で招き入れて、数年単位で魔術的な教育を施している。
将来的な人材確保に加えて、指導と管理によって邪悪な魔術師が増えることを抑止していた。
さらには慢性的に続く身分格差も解消されつつある。
もっとも、これについては不和の種にもなりかねないため、ある程度の調整は必要だろう。
彼女は手帳を開きながら尋ねる。
「魔導国との会談はいつだっけ」
「七日後だ。それまでに段取りを完璧に記憶してもらう」
「えー……ヴィブルに丸投げしたいな」
「諦めろ。賢者であるお前にしかできないことだ。役割の重要性は理解しているだろう」
そう伝えると、彼女は渋々ながら頷く。
文句を垂れているが、己の立場や役割は理解しているのだ。
だから必要以上に食い下がらない。
丸投げなどと言っているものの、結局は逃れられないと分かっているのである。
億劫そうにしながらも、最終的には責任を持ってやり遂げる人間であるのは知っている。
ちなみに魔導国とは、魔族が統括する国だ。
彼女の支えで成立した新しい国である。
魔族を排除するのではなく、彼らを公的な存在に押し上げたのだ。
逆転の発想は賛否両論だったものの、現在ではそれなりに受け入れられている。
魔導国が悪事を働く魔族の討伐に尽力し、種族的な印象の改善に努めているからだろう。
人間との橋渡しを担った彼女は、双方の勢力から一目を置かれていた。