第11話 決死の抵抗を白紙に帰す
男達は明確な恐怖を示していた。
揃って顔色が悪く、先ほどまでの敵意は鳴りを潜めている。
誰もが武器を下ろして尻込みしていた。
その状況に苛立ったのか、代表の男がこちらを指差して命令する。
「くそっ、早く殺せッ!」
しかし、誰も動こうとしない。
犠牲になることが分かり切っているのだ。
魔爪の導示は信仰心が厚いと聞いていたが、目の前の死に飛び込めるほど熱心な者は少ないらしい。
相手の殺し方が不明なのも攻撃を躊躇する理由の一つだろう。
どれだけ切り刻んでも羊皮紙が舞うだけなのだ。
さすがに人間でないことは伝わっているに違いない。
大人数で叩きのめしても、弱るどころか致命的な反撃を受けるのだから、二の足を踏むのも当然の反応と言える。
(このまま戦意を折るか)
腰を抜かした一人に羊皮紙の手を伸ばす。
別の男に魔術で焼かれるも関係ない。
燃えた指を頭に巻き付けて多量の知識を捻じ込んでいく。
その途端に男は絶叫した。
「ごぼああああぁぁぁァァァァァァッ!?」
頭部から湯気が発生する。
薄く開いた口は赤い粘液を垂れ流していた。
間もなく男はうつ伏せに倒れる。
充血した額が裂けて頭蓋が露出した。
その壮絶な死を見届けた瞬間、男達の精神に限界が訪れる。
「も、もう無理だっ」
「こんな所で死にたくねぇよ!」
彼らは一斉に逃げ出した。
勝ち目がないと悟ったのである。
戦局の崩壊を危惧した代表の男は慌てた様子で怒声を飛ばす。
「おい待て! 使命を放棄するのかァ!」
必死の呼びかけに反応する者はいなかった。
残っているのはエイダに圧しかかる短剣使いの男くらいだ。
人間が根源的な恐怖に抗うのはそれだけ難しい。
誇りも尊厳もすべて押し潰されてしまうのであった。
代表の男は悔しげに唸り、殺気を放ちながら睨み付けてくる。
彼は精神力で恐怖を抑え付けたらしい。
「賢者の味方をする異形め……貴様は何者だ!」
「蔵書狂だ」
答えた直後、男が仕掛けてきた。
身体強化による加速に合わせて、短刀で切り付けてくる。
羊皮紙を伸ばして脳の破壊を試みるも、素早く斬り飛ばされて阻止された。
口だけかと思いきや、それなりの使い手のようだ。
代表の男は絶妙な間合いを維持する。
絶えず攻撃を繰り返して弱点を見つけ出そうとしていた。
こちらの接触を上手く躱して凌いでいる。
しかしそれは無駄な努力だった。
物理的に殺す手段など最初から存在しない。
既に死んでいるようなものなのだ。
戦いの規格が根底からずれており、勝てる勝てないの話ではなかった。
蔵書狂は知識の化身だ。
暴力において最弱であるが、敗北することは決してない。
表面上は戦っているように見えても、実際は違う。
図書館という場所に囚われなくなっただけで、知識のやり取りをしているだけに過ぎないのだった。
その後も終わらない攻防を展開した末、疲労の蓄積した男の隙を突いて頭部に触れる。
ただし知識を押し込んで脳を破壊するのではなく、知識を抜き取って白紙にする。
すべてを失った代表の男は、何事かを喚きながら蹲って泣き出した。
知識とは記憶だ。
それを奪われた人間が元に戻ることはない。
ただの記憶喪失とは次元が異なる。
ある意味では、脳の破壊よりも残酷かもしれなかった。