表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/115

第11話 決死の抵抗を白紙に帰す

 男達は明確な恐怖を示していた。

 揃って顔色が悪く、先ほどまでの敵意は鳴りを潜めている。

 誰もが武器を下ろして尻込みしていた。

 その状況に苛立ったのか、代表の男がこちらを指差して命令する。


「くそっ、早く殺せッ!」


 しかし、誰も動こうとしない。

 犠牲になることが分かり切っているのだ。

 魔爪の導示は信仰心が厚いと聞いていたが、目の前の死に飛び込めるほど熱心な者は少ないらしい。


 相手の殺し方が不明なのも攻撃を躊躇する理由の一つだろう。

 どれだけ切り刻んでも羊皮紙が舞うだけなのだ。

 さすがに人間でないことは伝わっているに違いない。

 大人数で叩きのめしても、弱るどころか致命的な反撃を受けるのだから、二の足を踏むのも当然の反応と言える。


(このまま戦意を折るか)


 腰を抜かした一人に羊皮紙の手を伸ばす。

 別の男に魔術で焼かれるも関係ない。

 燃えた指を頭に巻き付けて多量の知識を捻じ込んでいく。

 その途端に男は絶叫した。


「ごぼああああぁぁぁァァァァァァッ!?」


 頭部から湯気が発生する。

 薄く開いた口は赤い粘液を垂れ流していた。

 間もなく男はうつ伏せに倒れる。

 充血した額が裂けて頭蓋が露出した。

 その壮絶な死を見届けた瞬間、男達の精神に限界が訪れる。


「も、もう無理だっ」


「こんな所で死にたくねぇよ!」


 彼らは一斉に逃げ出した。

 勝ち目がないと悟ったのである。

 戦局の崩壊を危惧した代表の男は慌てた様子で怒声を飛ばす。


「おい待て! 使命を放棄するのかァ!」


 必死の呼びかけに反応する者はいなかった。

 残っているのはエイダに圧しかかる短剣使いの男くらいだ。

 人間が根源的な恐怖に抗うのはそれだけ難しい。

 誇りも尊厳もすべて押し潰されてしまうのであった。


 代表の男は悔しげに唸り、殺気を放ちながら睨み付けてくる。

 彼は精神力で恐怖を抑え付けたらしい。


「賢者の味方をする異形め……貴様は何者だ!」


「蔵書狂だ」


 答えた直後、男が仕掛けてきた。

 身体強化による加速に合わせて、短刀で切り付けてくる。

 羊皮紙を伸ばして脳の破壊を試みるも、素早く斬り飛ばされて阻止された。

 口だけかと思いきや、それなりの使い手のようだ。


 代表の男は絶妙な間合いを維持する。

 絶えず攻撃を繰り返して弱点を見つけ出そうとしていた。

 こちらの接触を上手く躱して凌いでいる。


 しかしそれは無駄な努力だった。

 物理的に殺す手段など最初から存在しない。

 既に死んでいるようなものなのだ。

 戦いの規格が根底からずれており、勝てる勝てないの話ではなかった。


 蔵書狂は知識の化身だ。

 暴力において最弱であるが、敗北することは決してない。

 表面上は戦っているように見えても、実際は違う。

 図書館という場所に囚われなくなっただけで、知識のやり取りをしているだけに過ぎないのだった。


 その後も終わらない攻防を展開した末、疲労の蓄積した男の隙を突いて頭部に触れる。

 ただし知識を押し込んで脳を破壊するのではなく、知識を抜き取って白紙にする。

 すべてを失った代表の男は、何事かを喚きながら蹲って泣き出した。


 知識とは記憶だ。

 それを奪われた人間が元に戻ることはない。

 ただの記憶喪失とは次元が異なる。

 ある意味では、脳の破壊よりも残酷かもしれなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] きっと奪われたこともわからないだろう、それでもなくなったという感覚だけはあったんだろうな。エグいな
[良い点] 今話もありがとうございます! >知識とは記憶だ。 >それを奪われた人間が元に戻ることはない。 >ただの記憶喪失とは次元が異なる。 >ある意味では、脳の破壊よりも残酷かもしれなかった。 …
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ