第105話 命の灯は短し
外敵の存在を歓迎するエイダだったが、ふと笑みを消した。
彼女の中で話題が切り替わったのを感じた。
そして、何かを決意したらしい。
エイダは真面目な表情でこちらに訊く。
「ところでヴィブル」
「何だ」
「私の寿命は残り何年なんだい?」
それはこの半年間で初めてされた質問だった。
おそらくずっと気がかりだったはずだ。
エイダはあえて触れてこなかったのだろう。
その答えは軽いものではないと分かっていたからである。
無言で見つめてくるエイダに対し、事前に用意していた言葉を返す。
「正確に把握しているが明かすつもりはない」
「なぜかな」
「命の期限を知るのは心の負荷が大きい。迫る死を意識するだけで病む者もいる」
「私がそんなに軟弱だと思うかね。寿命から逆算して、効率の良い人生設計をしたいのだよ。だから教えてほしい」
エイダが真剣に懇願してくる。
しかし、いくら頼まれても返答は変わらない。
「駄目だ。そこまで合理的になることはない。常人の感覚を忘れるな」
「まったく……君は頑固だね」
「頑固と言われようと方針は変えない。過剰な知識欲は身を滅ぼす。ほどほどにしておけ」
忠告は過去の己への戒めでもある。
彼女は蔵書狂と同類の資質を有している。
つまり道を踏み外せば、どうしようもない領域へと至りかねないのだ。
手遅れになった立場から言うなら決して推奨できない。
それどころか、全力を以て回避すべき状態であろう。
寿命を知ったエイダが恐怖や絶望を抱くとは思えないが、そこから人外になろうとする可能性は考えられる。
だから不用意に情報を与えたくなかった。
玉座に座り直したエイダは涼しい顔で語る。
「まあ、寿命についてはだいたい予想は付くがね。私の年齢で残りが半分になったと考えると、長くても三十年あるかどうかといったところかな。実際は二十年あれば良い方かもしれない」
彼女の視線はこちらを観察していた。
何気ない風を装っているも、実際は瞬きせずに凝視している。
知識欲の獣が瞳の奥から見え隠れしていた。
それに気付いてすぐさま指摘する。
「探りを入れてくるな」
「君の考えはほとんど読めないがね。身体が羊皮紙なのもあるけど、本音を遮断するのが得意だ」
エイダは肩をすくめて笑う。
その直後、黙って聞いていたルナが唐突に動いた。
彼女は泣きそうな様子でエイダに抱き付く。