第103話 過去と知識欲
エイダは悩ましげに頬杖をつく。
彼女の顔は様々な問題を抱えていることを示唆していた。
各書類に目を通しながら、エイダは疲労気味に伸びをする。
「それにしても、王国の腐敗ぶりは異常だよ。未だに私の手が及ばない領分があるなんてね。それだけ国王の支配力が高かった証拠ではあるのだけど」
彼女の言う通り、王国内部の腐敗は非常に根深い。
特に貴族界隈では魔人化の移植手術が蔓延していた。
老いを遅らせる効果があるという触れ込みで、彼らは食い付いてしまったのだ。
実際は副作用や肉体的な負荷が大きく、最悪の場合は魔族に酷似した異形になりかねない。
老化防止の代償としては割に合わないだろう。
「魔人化なんて碌なものではないのだがね。不相応な力を求めたところで、どこかで破綻するのは目に見えている。貴族連中には賢く生きてほしいよ、本当に」
「もっと暴力的に振る舞ったらどうだ。対抗勢力はお前を舐め切っている。逆らえないことを教え込めば、権力の統一も円滑に進む」
そう提案すると、エイダは目を丸くしてこちらを見てくる。
彼女は苦笑混じりに言う。
「前から思っていたけど、君はなかなか過激だね。蔵書狂の名が泣いてしまうよ?」
「…………人間だった頃は、知識欲を満たすために手段を選ばなかった。そもそも非暴力など通用しない時代だった。力無き者は淘汰されるのが当たり前だった」
ただ知識を求めただけならば、蔵書狂と呼ばれることはなかったろう。
常軌を逸したが故に人間であることを放棄し、自我だけとなりながらも、こうして世界に関わって記録を増やし続けている。
竜や亜神といった超常存在が接触してこないのは、この辺りの執着や狂気が原因だと思っている。
暴走の結果、彼らに甚大な被害を与えたのも一度や二度ではない。
忌避されても当然の間柄であった。
(エイダと話していると、昔の感覚で提案してしまうな。良くないことだ)
彼女との付き合いも長い。
普段は自制してしても、ふとした拍子に乱暴なやり方を思い付くことがある。
明らかな悪癖だ。
己とエイダは違う。
共通点はあれど、混同すべきではないだろう。
自戒していると、エイダが意地の悪い笑みを向けてきた。
「……自分はやりたい放題だったのに、私には色々と説教していたのだね」
「立場や時代が異なる以上、主義や方針にも差が生じる。それに、過ちを犯した自覚があるからこそ、お前が同じ轍を踏まないように気を払っている。逸脱した知識欲で破滅するのは一人で十分だろう」
反論するも、ただの言い訳にしかならない。
それはエイダも感じただろう。
頭の後ろで手を組んだ彼女は、意味深な眼差しを覗かせる。
「ヴィブルが人間だった時の話も聞いてみたいな」
「無価値な過去だ。気にするな」
「そう言われたら余計に興味が湧いてしまうじゃないかっ」
エイダが玉座を立とうとしたので、羊皮紙の触手を伸ばして押さえる。
まだまだやることはあるのだ。
じゃれ合っている暇などなかった。