第102話 賢者の偉業
国王の死から半年が経過した。
エイダは玉座で眉を寄せて唸っている。
謁見の間の外では、配下達が慌ただしく動き回っていた。
深いため息を洩らしたエイダは、手に持った書類を振りながら愚痴をこぼす。
「くそ……どうして私は真面目に王をやっているのだ。当初の計画では傀儡政権を仕立て上げて、とっくに隠居生活をしているはずなのに……」
「王族が残らず失踪したせいだろう」
「そこなのだよ! 王が討たれたことに危機感を抱いたのだろうが、ここまで逃げ足が速いとは思わなかった」
エイダは天井を仰いでぼやく。
疲労と寝不足で顔色があまり良くない。
配下の前では凛としているが、他に誰もいないとこの調子だった。
頭に載せた王冠がずり落ちそうになっている。
紆余曲折を経て、エイダは未だに国王の代理を担っていた。
他にも有力な貴族はいたのだが、エイダにて期待して失脚するか、彼女に忠誠を誓って候補から外れている。
加えて王族が行方を眩ませたせいで、引き継ぐ者がいないのだ。
王が不在となって混乱を悪化させることを危惧した結果、エイダが代理を続けている。
このような曖昧で不安定な方法で破綻していないのは、彼女の政治的な資質の高さを示していた。
失踪した王族については、各々にやましい事情があったと思われる。
国王と同じく悪魔だったか、人間に擬態した魔族……或いは移植手術を経た魔人か。
いずれにしても公にできない何かがあったのは間違いない。
どこかでエイダへの報復に動く可能性もあるため、今のところは警戒を怠らずに調査を進めている。
足を組むエイダは紅茶を飲みながら呟く。
「別に私は悪魔や魔族を根絶したいとは思っていないのだがね。むしろ友好的な関係を築きたいと望んでいるよ。魔人になった者を元に戻す技術も確立させたいね」
「殲滅は視野に入れないのだな」
「当然さ。私はなるべく穏当な手段を選ぶよ」
この半年間で、エイダは国内に潜伏する魔族組織に接触していた。
一部の温厚な勢力とは協力関係に近いものを結んでいる。
彼女はただ殲滅するのではなく、交渉を持ちかけて歩み寄る姿勢を重んじていた。
それは戦うよりも険しい道ではあるが、徐々に成果を出しつつある。
どうにか上手い着地点を見つけるのが現時点での目標だった。
エイダの尽力によって、いつか人間と魔族が共存する社会が生まれるかもしれない。
まだ解決の糸口はないものの、そう思わせるだけの状況が形成されている。
王座に就いたエイダは唯一無二の働きを為していた。