第100話 救世の賢者
国王は砂の塊となり、玉座の下に積もっている。
顔の一部がまだ原形を残しているものの、完全に形を失うのは時間の問題だろう。
もはやここから再起するのは不可能である。
虚ろな表情の国王は、唇を動かして発声する。
「儂は……な、ぜ……世……か、い……を」
「元魔王の上位存在が、ただの人間と一騎打ちになった時点で駄目なのだよ。事実上の敗北だ。君もそれを理解したからこそ、こうして崩れ去っているのだろうが」
エイダは毅然とした口調で語る。
彼女の指摘は的を射ていた。
国王は強大な能力を有している。
本来なら何の滞りもなく計画を進められたはずだった。
多少の驕りはあれど、これといった失敗もしておらず、ほぼ完璧に根回しを行ってきた。
それにも関わらず、野望を阻止されようとしている。
エイダの悪運と執念がたぐり寄せた結果だ。
綱渡りにも等しい戦いばかりだが、彼女は決戦まで辿り着いたのである。
両者の精神的な優劣には大きな隔たりがあった。
エイダは国王に告げる。
「王国は私に任せたまえ。悪魔の時代はもう終わりだよ」
返答はない。
そこにあるのは砂の山のみだった。
国王は死んだ。
肉体も魂も自我も霧散し、存在が消えたのだった。
あらゆる記録が潰えており、もはや拾い上げることはできそうにない。
謁見の間に色が戻り始める。
役目を果たしたことで術が解除されたのだ。
エイダの持つ魔導書は塵となって消える。
元より使い捨ての術だったのだ。
あまりにも強大な力であり、恒常的に保持できる代物ではない。
こちらから一時的に貸しただけに過ぎなかった。
どれだけの代償を払ったとしても、常人が扱うにはこれが限度だった。
むしろ破格とも言えよう。
エイダは脱力し、悠然とした雰囲気を崩して微笑する。
「ふう、これで一件落着か」
その途端、エイダが仰向けに倒れた。
血相を変えたルナが駆け寄って抱き起こす。
「エイダちゃんっ」
「すまないね……ちょっと気が抜けてしまった。疲れただけだから問題ないさ」
エイダは達成感に満ちた顔だった。
無茶をして憔悴しているのに、晴れやかな笑みを湛えている。
「どうだい、やり遂げたよ……私は……」
「それ以上は喋るな。後で聞かせてもらう。今はとにかく休め」
「ふふ、優しいね……」
「当然の判断をしたまでだ」
淡々と応じる中、エイダは目を閉じて気絶した。
緊張の糸が切れたのだろう。
さすがの彼女も限界だったらしい。
ルナがエイダを軽々と担ぐと、空席となった玉座に座らせる。
ぐったりとした姿勢だがずり落ちずに済んでいる。
こうして偽りの賢者は、悪魔を打倒して真の英雄に至ったのであった。