第10話 知識の奔流
連続で拳を振るうと、そのたびに腕が変形していく。
千切れた羊皮紙が地面に散乱する。
殴られ続ける男は反応に困っていた。
痛みも何も無く、脅威を感じないせいでどうすればいいのか分からないのだろう。
左右の拳が完全に潰れたところで攻撃を止める。
妙な静寂が漂う中、エイダが甲高い声で叫ぶ。
「ヴィブル!? き、君は何をやっているんだ!」
「紙の身体に期待をするな」
どれだけ斬られても平気だが、それと同時に攻撃能力もない。
この身体では赤子を殺すのにも苦労するだろう。
膂力も最低限しかなく、荷物を持って歩くのも困難である。
直接的な戦闘など専門外なのだ。
こちらが無力だと分かったせいか、男達の間で戦意が蘇ってくる。
彼らは再び襲いかかってきた。
人数差に任せて滅多打ちにして無力化まで追い込むつもりのようだ。
別にいくら攻撃されても構わないが、このままではエイダの身に危険が及ぶ。
彼女の力では、現状から逆転するのは限りなく不可能に近い。
そろそろ反撃に移るべきだろう。
千切れかけた腕を伸ばして、男の一人の頭に触れる。
その状態から静かに告げた。
「苦痛は一瞬だ。我慢しろ」
男の頭へと大量の知識を押し込む。
刹那、男は正気を失って喚き始めた。
「あぎゃあああああおあおおぼぼぼぼぼぼっ!?」
口から赤い泡を噴いて男は崩れ落ちる。
許容限界を十回は超える知識を瞬時に刻み込まれたのだ。
人間の脳が耐えられるはずもない。
この男は人類で最も博識となったが、それを活かせないまま息絶える。
男達が攻撃を中断して凍り付いた。
痙攣する仲間を見て、それからこちらに視線を向ける。
消えた恐怖がぶり返そうとしていた。
「次だ」
腕を伸ばして別の男を狙う。
男は咄嗟に手を打ち払ったが、蔦のように伸ばして額に接触させた。
そこから同じ要領で脳を壊す、
目と口から鮮血を噴き上げて、男は仰向けに倒れた。
その形相はこの世のものとは思えないほどの苦痛を訴えていた。
二人目の犠牲者を目撃した男達は、いよいよ動揺を隠せなくなる。
斧を投げ捨てた男が息の詰まった声を発した。
「ひいっ」
その男の頭に触れて脳を素早く破壊した。
倒れた男は延々と計算式を暗唱する。
流し込まれた知識を反射行動で口にしているのだ。
不気味な発声機械となった男が意識を取り戻すことは二度となかった。
距離を置く男達をよそに、損壊した身体を調整する。
破れた羊皮紙の腕を触手のように伸ばして、効率的に脳を破壊できる形に仕上げた。
そよ風に連れる羊皮紙の切れ端には、真っ赤な血が滲んでいた。