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悪夢再び



 給食の時間が苦手だった。


 


 食べられないものが多くて、いつも一人で最後まで食べさせられていた。




 誰にも見つからない場所に隠れられたらいいのに。




 そう思っていた。




 ある日、自分の糸でトンネルを作る蜘蛛がいることを知って、蜘蛛に興味を持った。




 とある蜘蛛は、外敵がくると、自分で作った糸のトンネルに逃げむのだ。




 欲しい! 蜘蛛になりたい!




 小学生の僕は、純粋に蜘蛛に憧れた。




 けれどそれが、嫌いな食べ物が多い人よりも、人に嫌われると知ったのは、だいぶ後になってからだ。




「真央君は、蜘蛛の展示とか興味ない? 2月までやってるんだけど」




 バイト先の同僚に声をかけた。




「ないよ!」




 彼は叫び声に近い声を出すと、ザリガニのような動きで、後ろに跳んで逃げた。




 そこまで嫌がらなくてもいいのに。




 2月までやってる蜘蛛の特別展示には、二人で参加するイベントがあるので、せっかく行くなら2人で行きたかった。




 たぶん一人で行くことになるだろうけれど、ぎりぎりまで諦めないで蜘蛛仲間を探していきたい。




「桜田君って、いつ頃からシシリリカのファンなの?」




 休憩時間に、まかないで作って貰ったらしいピスタチオパフェを食べながら、真央君が僕に質問をしてきた。




「最近だよ」




「じゃあちょっと自慢しちゃおうかな。ボクね。実はファーストライブに行ったんだよ。シシリリカはプロデュースがスノプリと同じ人で注目浴びてたから、チケットとるのすっごく、すっごく大変だったんだけど、運よく取れたんだ」




「凄いね」




「そこでライブ会場限定販売してたファースト写真集を買ったんだ」




「え。見たい」




「でしょ? 今度持ってきてあげるね」




「いや。むしろ今日行っていいかな?」




「え。いや。それはちょっと、急すぎない?」




 シシリリカが結成されたのは確か3年前。




 中学生の天満さんの写真。




 見たい。




 絶対みたい。




「持ってくるときに濡らしたらどうするの? 大変なことになるよ」




「大げさだよ。一応なにかに包んで持ってくるつもりだけど」




「いや。二度と手に入らないお宝だよ。家から持ち出すのはやめた方がいい。持っているのを知られて襲われたらヤバいよ」




「そんな事は無いと思うけど……」




「とにかく僕が行くよ。今日行っていい?」




「待って。一日だけ待って。部屋を片付けるから」




 よし!




「約束だよ」




「ちょ。近いよ。桜田君。変な事言わなきゃよかった」




 翌日。




 真央君の家にお邪魔した。




 バイト先からほど近い場所にある、住宅街に建つ一軒家だった。




「あ。いらっしゃい」




 真央君は、可愛いパジャマの恰好だった。




 実は友達の家なんて初めてだ。




 はっきり言うと、真理以外の家にお邪魔したことがなかった。




「何か飲む?」




「ありがとう。コーヒー以外ならなんでもいいよ」




「じゃあ。お茶を入れてくるね。適当にくつろいでて」




 真央君が部屋を出ていった。




 僕はぐるりと部屋を見回した。




 こういっては悪いけど、けっこう物でガチャガチャしていた。




 本棚は少年漫画と少女漫画が半々で、可愛いキャラクターのぬいぐるみと大きめのゲームキャラのフィギュアが並んでいた。




 人の部屋見るの。楽しいな。




 生まれて初めての友達の部屋に、僕がウキウキしていると、




「わ。人がいる」




 え?




 振り向くと、部屋の出入り口とは逆のベランダが開いていて、髪を下ろした女の子が立っていた。





 見覚えがあった。




 何度かバイト先にお客として来ていた三つ編みの子だ。




「こんにちは。お邪魔してました」




 僕が言うと、彼女はペコリとお辞儀して、




「あ。どうも……ごめんなさい。人が来てるって知らなくて。ビックリしたよね。ベランダから急に入ってきて」




「いえ」




「あれ? 弥生。来てたんだ」




 お盆にお茶とお菓子を乗せた真央君が帰ってきていた。




「あ。真央。ちょっと借りてた漫画返しに来たの。ごめん。お友達来てたんだね」




「いや全然。良かったら一緒に見ない? これからシシリリカのファースト写真集見るんだ」




「懐かしい。真央が泣き叫んで買ってもらったやつだ」




「ちょ、桜田君の前で言わないでよ」




「ごめんごめん」




 少しだけ疎外感を感じつつも、それでも仲の良さそうな二人に温かい気持ちになる。




「桜田君。これがその写真集だよ」




 テーブルに置かれた写真集。




 6人の集合写真の中央の左側に天満さんがいる。




「うわ。天満さん若い」




 小さい。可愛い。




「あははっ。そりゃそうだよ」




 最初の1ページ目から順にめくって、インタビューのページなどもじっくり見ると、あっという間にお昼になってしまっていた。




「せっかくならお昼も食べていく? 弥生は?」




「私も頂こうかな」




「じゃあみんなで食べようよ。新作のゲームもあるから、やりながら食べよう。持ってくるね」




 午後は3人でゲームをやって過ごした。




 サイコロを振って日本のあちこちに電車で移動するゲームだ。




 僕はコツがわからなくて、毎回最下位だった。




「桜田君ってゲーム苦手な人?」




「今、あんまり得意じゃない事がわかったよ」




「弥生もあんまり得意じゃないよね」




「クイズゲームは得意よ」




「あれはゲームって言うか、弥生の頭がいいからだよ」




「なにそれ。馬鹿にしてる?」




「真央。入るぞ」




 ガチャリと部屋のドアが開いた。




 髪を短く刈り揃えた、いかにもスポーツが出来そうな男の人が入ってくる。




「あ。お兄ちゃん。何?」




「っと、人が来てたのか。悪いな。ちょっと漫画借りに来た」




「いいよ。勝手に持って行って」




 お兄さんもいるのか。




 お兄さんは、漫画を数冊まとめて持って行った。




「そうだ真央。王馬君って彼女と別れたっての?」




「なんかそうらしいよ。お兄ちゃんって、すぐ別れるよね」




「ふーん。私、そろそろ帰ろっかな」




「そっか。どっかいくの?」




「野暮用。じゃね」




「うん。気を付けて。明日も来る?」




「明日はわかんないかな」




「じゃあまたね。ベランダから落ちないように気を付けてよ」




「わかってるわよ。落ちたことないでしょ?」





 真央君は、彼女がベランダから出ていくのを優しい目で見つめていた。




 僕はその二人を優しい目で見つめる。




 二人は、彼氏と彼女という雰囲気ではない。




 仲のいい幼馴染なんだろう。




 幼馴染というのは、いつか必ず壊れる関係性だ。




 夫婦でも恋人でもない、けれど友達ともちょっと違う。




 引っ越したらそれまでの場合もあるし、相手が結婚しても連絡を取り合っている場合もある。




 けれどその関係性はどこか歪だ。




 だから僕は真理を失いたくなくて、彼氏と彼女の関係になった。




 その結果、むしろ失ってしまったけれど、真央君達はどうかうまくいって欲しい。





「よし。桜田君。ゲームの特訓だ。ボクが鍛えてあげるからね」




「うん。よろしくお願いします」




 特訓は、夕暮れまで続いた。




 サイコロの目を出すだけのゲームだと思っていたけれど、色々と戦略があるようだった。




 しかし、まさか1日いることになってしまうとは。




「ちょっとトイレ借りてもいい?」




「うん。一階に降りたら階段わきにあるからわかると思う」




 部屋を出て、一階に降りてトイレを借りる。




 人の家というのはやはり落ち着かない。




 少し前まで、一橋達也を親友だと思っていたけれど、よく考えたら家にもいった事がないし、遊びに行くときは必ずグループのみんなと一緒だった。




 一橋が「俺と優太は親友だからな」と良く言っていたので、それで親友だと思っていたんだろうな。




 真央君とは、親友とまではいかなくていいから、友達になって欲しい。




 そうだ。




 IMのアドレス交換をお願いしてみよう。




 僕のIMは、いまだに父と母と天満さんの3人だけだ。




 一橋達也はブロックして削除した。





 そして2階にあがって真央君の手前の部屋の前を通った時だった。




「……ちょっとまってよ」




 女の人の声が聞こえた。




 部屋の中からだ。




 見ると、ドアが少しだけ開いていた。




「好きだって言ってただろ?」




 揉めてるのだろうか?




「駄目だって。やめてよ」




「なんで拒絶すんだよ」




「とにかくダメ。隣には真央もいるんだから。ちょ……やめ……」




 何かが倒れる音。




 ガチャガチャと何かをしている音がして、




「やだ! やめてよ!」




「暴れんなって、優しくしてやるから」





 幼馴染とお兄さん……?




 嫌な想像に、心臓を鷲掴みにされたような気分になる。




 動けない。




 僕はまた、動けなくなる。




「やだ! こんなの違う!」




「いいから。静かにしろって。真央に聞かれてもいいのか?」





 真央君……?




 いや、真央君は関係ないだろ。




 なぜか真央君の名前が出て頭がカッとした。




 一対一の関係ならいい。




 本人たちの問題だからだ。




 けれど第三者の名前を出すのは違う。




 しかも人を思い通りに操る為に。




 真央君の名前を使って。




 それは違うだろ。




 違うだろ卑怯者め。




 やるなら正々堂々とやれよ!




 ふざけるなよ!!




 僕は何度も深呼吸して、覚悟を決める。




 周りを見回したけれど、武器になるようなものは見つからなかった。




 借りていたスリッパを脱いだ。




 ドアに近づいて、思い切り部屋のドアをひっぱたく。




 バンッ!




 底の分厚いスリッパは、思ったよりもいい音が出た。




 パタリと人の声が止まって、部屋のドアが叩いた衝撃でゆっくりと開いていった。




 ドアの向こうに、こちらを凝視する男女の姿が見えた。



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