初草原です?
意識が浮上するとき──とても厳かな静かな神聖な何かが、スっと離れていくのを感じた。
徐々に身体の感覚が戻り重力を感じ、仰向けに寝そべっているのがわかった。
サラサラと風になびく自然の音。ひそかな花の香り。頬をくすぐるなにか……。
「……っ?」
ようやくまぶたをあけて瑠那が見たものは、青い晴れきった空一面。
地面に寝ている、と理解し慌てて身体を起こしたが、肘で起き上がった途中で固まった。
見た事もない、ひろびろとした草原。
「……え?」
神社も、屋台も路すらもない、車も電柱もなにも。
あっけにとられ、ひたすら視線をさ迷わせる。混乱と恐怖がじわじわと胸に湧き上がってくる。己の格好を見下ろして、振り袖姿のまま、小さなショルダーバッグをぎゅっと抱きしめた。
「──どこ、ここ……」
祖父の家は確かに田舎だが、辺りに建物がひとつも見当たらないなんて有り得ない。だいたい、いつの間にこんな所に来たのか──いや連れられてきたのか? あのお面の。
思い出そうとしたら、ひゅっと心臓が痛んだ。
彼女が狐のお面をはずして確かにその顔を。
「う……っ、?」
どうにも霞がかかって思い出せない。なにか言われた記憶がある。助けて欲しいとか、……たしか。
「なんだっけ……か、ご? をつけるとか……」
地面は柔らかな草地だが、着物が汚れるのも嫌なので、なんとか立ち上がる。視線が上がっても360度草原しか見えないことに愕然とした。
「やだ……どうしよう……っ? えっ」
ぴょこんと足元で、なにか動いた。
子狐だ。小さな細い体にフサフサ尻尾。つぶらな瞳はちゃんと瑠那のことを見上げており、どことなく見覚えがある。
神社で見かけた子だ。
ただ色合いが茶色から、水色の毛皮と青い瞳に変化している。
「クォン!」
小さく鳴かれ、瑠那はびくっとした。
「えっ……あ、君……一緒にきたの?」
「クォン!」
「えーっと……」
子狐は瑠那のまわりをくるりと一周すると、スタタッと駆け出した。途中で足を止め、瑠那を振り返り尻尾をブンブン振る。
「クォンクォン!」
こっちに来いと言っているように見える。
この場にとどまっても何もわからない──ひとつため息をつき、見知らぬ草原を歩き出す。
どこへ向かうのかも、知らぬまま……。