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第1章 4.洞窟

 


 ドラゴンから逃げ続ける事約十分。ようやく目的の洞窟へと戻って来た。

 奥から漂う冷たい冷気が、頰を撫でる。それが走って火照る体には気持ちが良かった。


「そんなことよりも、早く隠れないと……」


 手早く洞窟の中へと入り、周囲を見回す。入り口付近にあった岩の陰へと身を潜め、息を殺した。麻希を地面へと寝かせ、そして止血していたシャツが解けていたのを見つけた。俺は身につけていたネクタイで右足を縛り、強引に止血を行う。

 ゴブリンの矢に貫かれた右足の感覚がもうほとんどない。これがアドレナリンとかの効果なのだろうか。


 それにしても、と宏人は思う。何故、麻希は目覚めないのか、と。あれだけの事があって、それでもこうやって目覚めないところを見ると少し不安になってくる。


 だが、その不安も次の瞬間には消えていた。

 ドラゴンだ。ドラゴンが洞窟のすぐそばまで来ているのだ。だが、襲ってくる気配はない。どうやら俺たちを見失っているらしい。


 前に、どこかの本で読んだのだが、獣は獲物の発する呼吸や体臭、動いた時の空気の揺らめきなどを手掛かりに探索を行なっているのだとか。だとすれば、直前まで全力疾走していたために息切れを起こし、汗までかいている今の状況はかなりまずいものだと言える。


 そのまま帰ってくれ、と思う宏人であったが、なかなかドラゴンは入り口から離れる気配はなかった。よく観察していると、鼻をヒクヒクとさせている。匂いを嗅いで俺を探そうとしているのだろう。だが、何故見つからないのか。


「まさか、あたりに散らばっている血のせい、なのか?」


 止血のために巻いていたワイシャツが解けたためか、入り口付近に俺の血が所々見受けられる。その血の匂いのせいで撹乱され、今の俺の居場所が分からなくなっているのだとすれば、まさに僥倖だ。


 だがそれだとしても宏人が動けないのもまた事実だ。それから膠着状態が続き、数分が経過した時、一向に動かなかったドラゴンに変化が現れる。

 洞窟の奥を睨むように、首を中に入れて来たのだ。


 そして何かを感じたのか、小さく唸り前脚に力を溜めている。

 何事かと宏人も奥へと視線を移すと、そこには一人の男が立っていた。


 それは白髪の男だった。大きく強靭な体を黒のマントに包み、鋭い目つきで眼前のドラゴンを見つめている。


 そのまま男はゆっくりとドラゴンへ近づいて行き、小さくため息をつくと、


 ――ドラゴンの体が吹き飛んでいた。


 何をしたのか分からない。少なくとも、宏人の目には何も写っていなかった。

 それなのに、あの巨体を吹き飛ばしたあの男は一体。


「――そこのお前」


 ビクッ、と体を強張らせる。

 恐る恐る男を見ると、こちらを見ていた。

 目が合うと鋭い目つきが余計に鋭くなる。


 男はこちらへと歩いて来た。

 すごい圧だ、と宏人は思う。先程のドラゴンなんか比べ物にならない程の圧だ。こうして対面しているだけでも体の震えが止まらない。


「お前に聞きたい事がある。だから、俺の後について――ん?」


 男は俺に話しかけ、そして俺に背負われている麻希を見た瞬間、怪訝そうな目をする。


「いや、別にあり得ないことではないか……だが」


 顎に手を当て、なにやら深く考え込んでいるようだ。


「あ、あの」


「ああ、済まなかった。取り敢えず俺について来てこい。説明はそれからする」


 どうやら、この状況について何か知っている様子だ。正直言ってドラゴンを吹き飛ばすような男に着いて行くのは不安しかないが、この男がその気になれば俺と麻希はすぐに消えている。今そうなっていないって事は、そういう事なんだろう。


 俺は、男の後を着いて行くために洞窟の奥へと進んで行った。



 ◆



 俺は男の後を着いて行く。

 だが、そろそろ男の姿を視認する事が難しくなってきた。入り口からの光がここまで届いていないのだ。

 それに、足場も悪い。少し湿っているせいか、苔が生え、少しでも気を抜けば転びそうになるし、大小様々な岩がある事で躓きそうになる。


 それに、奥に進むにつれ段々と気温が下がっている気がする。先程までは、走って火照っていたから気持ちが良かったが、今は汗もひいて肌寒く感じる。


 麻希を落とさないよう、慎重に男を追いかける。それはなかなか簡単なことではなかった。それは単純に男の歩くスピードが速いためだ。それに、この道中会話がなかった。本当に何者なのかすら分からない。


 だが右も左も分からないこの状況で、初めて意思疎通のできる者と出会い、そして俺たちのことについて少なからず何か知っている。

 これは何が何でも話を聞いておきたい。


 麻希のこの症状も気になるところだしな。


「――着いたぞ」


 それは大きな扉だった。

 石でできているのだろうか。重厚な扉は視界の暗さも相まって、さらに重たく感じる。


 その扉を男は軽そうに押して開く。地面の岩と扉が擦れる音が洞窟中に響いた。それを気にも留めないで男は中へと入っていった。

 俺もそれに慌てて着いて行き、中へと入る。


 中は完全なる闇だった。そして扉がひとりでに閉じ、入り口からの光が完全に遮断される。

 まさに一寸先は闇であった。


 そのまま、男からのアクションはない。

 暗闇で視界が機能しない今、俺は世界に自分しかいないという孤独感に襲われる。だが、背中の麻希が俺に安心感を与えてくれた。


「どこにいるんだ?」


 俺は勇気を振り絞り、闇に対して問いかけるが、返事はない。


「おい、どこにいるんだ。返事を――」


「五月蝿い。ここに居るだろう。――ああ、そういえばまだ明かりを灯していなかったな。済まない、気づかなかった」


 突然、周囲に光が灯される。

 光に目を焼かれ、視界が真っ白になった。


 徐々に光に目が慣れてきたが、まだ眩しい。

 そして、完全に光に目が慣れ辺りを見渡せるようになる。


 俺の目の前に男は立っていた。そして、悠然とした面向きで、


「ようこそ我が隠れ家へ――異世界からの訪問者」


 そう言ってのけた。



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