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幼馴染を助ける為、異世界を行く  作者: 秋葉月
第2章 城塞都市編
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第2章 31.見栄



『やっほー、久しぶりだね宏』


 懐中時計のような形をした謎の機械。小さく震え、淡く光るその機械が映し出したのは、約半年ぶりに見る幼馴染の顔だった。


 その顔を認識した瞬間、ヒロトは注いでいた魔力を遮断し懐中時計を勢いよく閉じる。

 甲高い、硬い金属同士がぶつかり合った音が鳴り、それと同時にマキの声も途切れた。


 深く考えなくとも最悪の対応。だが、そんな事を気にしている余裕は今のヒロトにはなかった。


「ッ! マルクス、俺の身体を起こしてくれ!!」


「えっ、あ、……お、おぉう」


 鬼気迫る表情、感情がモロに乗った声でヒロトは自身が横たわる寝台の横に佇むマルクスへと声を投げかける。

 キャッチボールではなく、ほぼほぼドッヂボールに近いそれにマルクスも初めは混乱していたものの、乱れる思考の中咄嗟にヒロトの意図を汲んでくれた。


 痛む身体のことなど目もくれず、ズリズリと枕の方へと動かし、自力では起き上がることのできない身体を壁へ押しつけ、無理やり起こす。


「お、おい大丈夫か……?」


 苦しげに歪む表情。それを目にして、マルクスは心配そうな声音で尋ねてくる。


「だ、ダイ……ジョブ」


 正直、ヒロトの身体のことを考えればこんなことはしない方が良い。今も、体重を預けている背中には痛みが走っているし、身体を動かすために使った腕は疲労感と謎の圧迫感を帯びている。身体の内側からは変な熱が溢れて気持ちが悪い。

 だが今のヒロトにはそんなことよりも大事なことがあった。


 今着るには少し暑い袖の長い服を雑に纏い、全身に巻かれている包帯を隠す。

 そうして取り繕った外面を深く呼吸をして定着させる。

 ゆっくり、ゆっくりと呼吸を整え懐中時計を再度開き魔力を注ぐ。


『ーーれ? 消え……あっ映った!』


「悪い、ちょいと急用が入ってな……元気だったか?」


 痛みで歪む口角を、感情もない無理やりに貼り付けた笑みで上書きする。

 湧き出る冷や汗を気合で引っ込め、表面上だけでも平静を取り繕う。


 きっと、今のボロボロのヒロトの姿を見てしまえばマキは自分を責めてしまう。マキの体を治したい、それはヒロトの心からの考えだが、きっとマキはそうは受け取らないだろう。

 自分がヒロトにとっての枷になっているのだと、そう考えてしまうにちがいない。

 だから、ヒロトは隠す。


 マキにいい格好を見せていたいという見栄の感情も、多少――というかほぼそれかもしれないが――含まれてはいるが。


『うん、こっちは全然元気。ヒロトの方こそ、無理してない? ちゃんと栄養のある食べ物食べてる?』


「オカンかよ……」


 久しぶりであっても、いつもと変わらない会話だった。

 そして、そんないつも通りがヒロトには心地よい。

 コロコロと変わる表情、太陽かと見間違える笑顔、鈴の音のように凛と鼓膜を震わせる声。


 そして、いつも通りが強調されればその反対、変化した面もよく見えてくる。見る影もない程に白く荒れた肌とうっすらと浮き出た頬骨、艶のない髪の毛。

 久しぶりに見るマキの様子は、痛むヒロトの身体に良くも悪くも染み込む。


 元気そうに振舞っているものの、魔力が彼女の身体をゆっくりと蝕んでいることが一目でわかった。


『――どうしたの?』


「あ、あぁ何でもない……。そっか、元気か」


 その事に気がついた瞬間、ヒロトは息を呑んでしまった。

 己の、態度に出やすい性質をこの瞬間ほど悔やんだことはない。数秒前に戻れるのであれば、今すぐにでもぶん殴りに行きたいレベルだった。


 だが、


『ねぇ、聞いてよヒロト。ウルちゃんがうるさいの。さっさと寝ろ、もっと食えって。こっちに来てからあんまり動いてないから、ちょっとお肉が気になってるのに……ひどいと思わない?』


 そんなヒロトの態度に気づいていないのか、マキの様子は微塵も変わらない。否、気づいてはいるのだろう。だからこそ、マキは以前と変わらない様子で、いつも以上にいつもを演じているのだ。


 ならば、今ここでヒロトに求められているものは、いつも通りのヒロトなのだ。


「それは確かに。……でも、俺の感覚としてはあんまり変わってないけどな。むしろちょっと肉がついていた方が俺は好きだぞ」


『男の子の言うぽっちゃりと女の子の言うぽっちゃりは全然違うものだから!! そこのところ、ヒロトは気をつけた方がいいよ』


「そ、そうですか」


『そうなのです!!』


 そこからは、他愛もない会話が数回続いた。

 相手の変わった、変わってしまったところから目を背け、自身の中で燦然と存在を誇示する太陽のような記憶を振り返り、それを通してヒロトとマキは言葉を交わし続ける。


 そんな弱く脆く儚く、一見すれば不純に見える関係が今の二人には必要だった。


『何を勝手に使っているのだ』


 そんな二人の会話を断ち切ったのは、画面の端から急に表れた長い白髪を後ろにまとめた大男、ウルスラグナだった。


『えー、べつにいいじゃーん。ウルちゃんは、使って欲しくないならこんな所に置かないはずだよ』


 ヒロトの懐中時計の映像が激しく揺れ乱れ、先ほどとは異なる、誰もいない岩壁を映し出す。

 所々に光る苔が生えたその岩壁は、半年ほど前にヒロト達がいた洞窟のものとは少し違うものに感じた。


『俺は、ヒロトと話がある。大人しくしていろ』


『ぶーぶー』


『大人しく、していろ』


 岩壁しか映さない懐中時計からマキとウルスラグナ、二人の声が聞こえてくる。

 再び映像が揺れ始め、マキの声が遠くなるのと同時に何かが閉じる音がする。その数秒後、ウルスラグナの厳しい顔が映し出された。


『待たせーーなんだ、その顔は』


「……別に」


 仲がいいのは悪いことじゃない。こっちの世界に来てから約1年、マキとウルスラグナの二人は毎日最低3回は顔を合わせる機会がある。そんな生活の中で仲が深まるのは当然だとヒロトは考えている。

 ただ、それとは別にもやもやとした霧が、ヒロトの心にかかるのは仕方のないことでもあった。


『まぁいい、それよりも今後のことだが」


「ごめん、その前にいいか?」


 懐中時計の中、怪訝そうな表情を浮かべていたウルスラグナが気を持ち直し何か重要そうな話を始めようとした。それをヒロトは制止する。


「こっちにマルクスって奴がいるんだけど、このまま話して大丈夫か? ちょっと重要そうな話だったからさ」


 懐中時計から視線を外し、ヒロトは寝台の横に気配を殺して座っていたマルクスへと目を配る。

 その視線とヒロトの発言にマルクスは少し目を丸くし、音を立てずに立ち上がった。


「え、え〜と、抜けた方がいい感じ?」


 そのままゆっくりと、少し苦笑をしながら扉に向かってマルクスが歩き始める。


『いや、そのままでいい。……マルクス、と言ったか。そっちにも聞きたいことがある』


「お、俺も、ですか?」


 だが、それをウルスラグナが引き留める。そのことにヒロトは驚く。

 ヒロトとウルスラグナとの間にある関係性と同じように、マルクスとの間にもそんな関係があったのかと、ヒロトはたまらず視線をマルクスへとやった。

 だが視線の先にあったのは、ヒロトと同様に驚きの表情を浮かべたマルクスの顔であった。


 困惑と疑問。その二つの感情が織り交ぜられた表情を顔に張り付けながら、マルクスは先程まで腰を下ろしていた椅子に再び着く。


 それを確認してから、小さく咳払いをしてウルスラグナは話し始めた。


『ヒロト、一先ずよく生きていたと言っておこう』


「そりゃどーも。正直あんまし覚えてないんだけどね」


「それはそうだろ、お前気ぃ失ってたんだぞ」


「確かに……そういやあいつ—―アスタはどうやって追い払ったんだ? あいつの様子を見るに、見逃してくれたなんて楽観的な考えはできないけど」


 マルクスが懐中時計を手渡してきて有耶無耶になっていたヒロトの疑問。そのことを思い出し、疑問の解消のために再度ヒロトはマルクスへと投げかけた。


『奴――ヒロトがアスタと呼ぶ男は俺が殺した』


 だがその疑問に答えを示したのは、ヒロトの手に収まっている懐中時計の中に映し出されたウルスラグナだった。


 その言葉に一瞬、ヒロトは体温が失われたような感覚に襲われる。

 たとえ自分を殺しに襲いかかってきた相手であり、人間ではない人の形をしたナニかであったとしても、人の形をした言葉を操る相手を殺したのだと、そう伝えられて。

 だがそれも仕方のないことだと、冷静にそう思う自分もどこかにいるのもまた事実だった。だから、この思いは今は自分の中に閉じ込めているべき感情なのだと、ヒロトは自信に言い聞かせる。


「そうか、分かった……助けてくれてありがとうな」


 色々と呑み込めないものはある。だが今ヒロトの口から出た言葉は間違いなく心の底からでた感謝の言葉だった。それはヒロトの命を救ってくれたこともある、マキの事もそうだ。そして、


「マルクスを助けてくれて、ありがとう」


「――――」


 戦っていた最中のアスタの様子、言葉、態度。それらからアスタの狙いがヒロト一人を狙ったものなのだと教えてくれていた。だからこそ、その現場に不可抗力とは言えマルクスを巻き込んでしまったヒロトの罪悪感は少なからずあった。

 今回はたまたまウルスラグナが間に合い助けてくれたとは言え、ヒロトとマルクス両者がともに命を落としていた可能性もある。そうなればルヴィクやメリダ、アンに合わせる顔も無くなってしまう。


「言っとくが、アレをヒロト――お前のせいだとは考えてねぇぞ、俺は」


「だとしても、だ。俺がそう割り切れねぇって話だよ」


 これに関しては二人の間で完全に意見が割れている。両者とも正しいし間違っている、だからこの話はここまでだ。


 あのアスタによる襲撃、それが誰のせいでだれに責任があるかなんて今考えても詮無い事だと、そう結論付けて。

 だが、懐中時計に映るウルスラグナは何か言いたげなものがあるという表情で。


『それに関しては俺からも言っておきたいことがある」


「……? なんだ」


 少しの逡巡、躊躇の後ウルスラグナはゆっくりと静かに告げた。


『あのアスタとかいう男は、俺を狙ってヒロトたちを襲ってきたのだ』




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