第2章 8.旅立ち
お久しぶりです!
太陽が東から昇り始め、木々の間に光が差し込んでくる。夜間の間に急激に気温が低下したためか、背の低い植物には白く霜が降りており、太陽の光を反射して、キラキラと輝いていた。
息を大きく吸うと、凍てついた空気が肺に入ってき身体の芯から凍るような錯覚に陥る事ができる。肌を刺すような冷気は否応なしに意識を覚醒させた。
そんな、いい意味でため息をつきそうになる景色を見ながら、宏人はウルスラグナの洞窟の入り口でウルスラグナと麻希に見守られていた。
二人とも、いつもと変わらない格好である。片方は漆黒のコートに身を包み、もう片方はポンチョのようなもので身体を覆っている。
だが、一人だけいつもと違う格好をしている。
宏人だ。
宏人は昨日用意した黒のマントを身に纏い、腰に一本の長剣を挿している。マントの下には制服ではなく、ウルスラグナが作ってくれた布の服を身につけている。
普段の訓練で使っていた木剣とは違う重みや質感に少し戸惑いながらも、グリップの部分を何回か握り、手に馴染ませていく。コートはウルスラグナにもらったもので、防寒対策のほかにも、野営の時の防虫や夜間身を隠すための保護色なども兼ねているようだ。
背には革色の大きめのカバンを背負い、しかもそれにはパンパンになる程荷物が詰められている。重さにして約八キロといったところか。だが、この半年間の訓練で鍛えられた宏人にとってはまだ軽いくらいだった。
中身は着替えの服が数着、十日分の食料と水五リットル、短剣、僅かばかりの銀貨に火を起こす魔道具が入っている。
服は今着ている服同様、ウルスラグナの手によって作られたものだ。汚れが目立つよう色は白一色に統一されており、シンプルなデザインとなっている。
食料は干し肉や干し魚、ドライフルーツなどの日持ちだけを考えた保存食は勿論、魔法によって保存されたものまで含まれている。
魔道具は小説に出てきそうな杖のような形をしており、杖の先端から火が出るようになっている。宏人はまだ〈身体強化〉以外の魔法を使えないので、その応急処置のようなものだ。火は持っていて不利なことなんて何もない。
これら全てウルスラグナが宏人に与えてくれたものである。
彼には本当に世話になったと、宏人は思っていた。彼にはこれらの荷物を用意してくれただけでなく、稽古をつけてもらったり、強くしてもらった。その間の世話や、麻希の症状についてだって、彼なしではどうすることもできなかっただろう。
それらの思いが宏人の中を駆け巡り、そして彼ーーウルスラグナに対して頭を下げるという行為へと身体を突き動かした。
「ありがとうございます」
それは本心からの言葉だった。彼の性格上、感謝の言葉を長々と述べられるのは嫌いだろう、だからこそ、伝えたい言葉だけを簡潔に述べる。
その俺の行動にウルスラグナは深く息を吐いた。頭を下げているため顔は見えないが、その息の中に呆れという感情が少し混ざっているのを感じる。
そしてそのため息の後、数拍置いてから、
「頭を上げろ。そもそも、俺は感謝されるようなことはしていない。それを掴み取ったのは宏人、お前自身の行動の結果だ。あの時、お前が諦めずにこの洞窟に来た事、あの時与えられた選択肢ではなく、自らが考え見つけそれに向けて実行した事。俺はお前のその行動に少し協力しただけだ。今、お前が俺に与えられたと考えているものは全て、お前自身の行動の末に手に入れたものだと思え」
「でも、俺だけでは何もできなかった。だから迷惑かもしれないけど、感謝してる」
ウルスラグナはそう言ったが、尚も俺は頭を下げ続ける。
そしてそのまま数秒の時が経った。
宏人はゆっくりと顔を上げると、まっすぐな瞳でウルスラグナを見据える。
隙がない。やはり、彼は尊敬するに値する人物なのだと再認識した。
そして宏人は麻希の方へと振り返る。
麻希は普段はあの部屋から出ることはない。それはなるべく消費する魔力量を減らすためであり、必要なことだった。
だが今回だけはどうしても、とウルスラグナに頼んだらしい。その事に嬉しくも感じるが、麻希には安静にしていてほしいという願いもある。
まあどちらにせよ、出来るだけ早く宏人が解決法を探してくれば良いだけだ。そう、宏人は意志を強く固める。
「じゃあ、行ってくる」
宏人がそう言うと、麻希はコクリと首を縦に振った。
よくよく見ると手が震えるのを必死に堪えるように、ズボンを力強く握りしめていた。
それを見た時、宏人は自然と手を麻希の頭に伸ばしていた。
「大丈夫、絶対に生きて帰ってくる。だからお前はここで俺の帰りを待っていてくれ」
宏人は頭に置いた手で軽くポンポンと叩く。
それに合わせてキラリと光る何かが地面へと溢れるのが見えた。
それに嬉しくも悲しい気持ちになる。
これから宏人がする旅には、安全なんて一切保証されていない。それなのに絶対に帰って来るなどと宣っているのだから。
だが、それを現実にしようと努力はする。もう二度と麻希に涙を流すようなことはしない。
宏人はゆっくりと二人から離れていく。そして再度頭を下げると、森を振り返った。
風が吹き、木の葉がザワザワと音を立てて擦れ合う。その度に木の葉の隙間から差し込んでいる光が変化する。幻想的な光景だった。
だが美しいだけではない。死ぬかもしれないという恐怖もある。早く麻希を助けなければと思う焦りもある。
だが、それでも。
この胸の高鳴りは止んでくれない。
まだ見たことのない景色がこの先にある、そう考えただけで紅潮し、心臓の鼓動が早くなる。
麻希のことを考えればそれは不謹慎なのかもしれない。だが、それでもこの気持ちに嘘はつけなかった。
様々な感情が宏人の中で駆け巡る。
そしてそれら全てを混ぜ合わせ、宏人は大きく息を吸った。
そして、
「行ってきます!」
そう朗らかに叫んだ。
◆
――この世界にあるもの全てには、魔力が宿っている。
それはウルスラグナに貸し与えられた魔道書にも載っていたことである。それを、宏人は今改めて実感していた。
「本当に、これで魔力が見えるのか……」
宏人は右目を金色に輝かせながら森の中を駆けていた。宏人の右目が金色に輝いているのは、『魔力眼』を使用しているからだ。理由は『魔力眼』に慣れることと、周囲の安全確認だ。
周囲の魔力を感知できる『魔力眼』は、今の宏人でも半径十メートル程の範囲でなら使用できる。これなら最低限、自分の身だけは守れるだろう。
実際に、今まで宏人は目立った危機には陥っていない。せいぜい木の上から小動物が落ちてきたぐらいで、それ以外には未然に回避していたからだ。
それに、今宏人は『魔力眼』と共に〈身体強化〉を併用している。そのおかげで、予想よりも早く森の中を移動できていた。
ウルスラグナの洞窟周辺の森は、脱出するのに最短でも三日ほどかかるらしい。だが今の宏人ならば後一日あれば森を抜けられるほど順調だった。
そして、二人と別れて約一時間。宏人は近くにあった大樹によじ登り、枝の上で休憩していた。
いくら『魔力眼』があるからと言えども、本当に危ないときは危ない。まだ危険な目には会っていないが、これから先もずっとそうだとは限らない。ならば休憩できる時にする、それが基本だからだ。ただこの間も宏人は『魔力眼』を収める気はなかったが。
背負っていた鞄を下ろし、開く。中に入っていた保存食を取り出し、口の中へと入れる。現代でいうところの、乾パンに当たるその保存食は、宏人の口内の僅かな水分を一瞬で奪い去った。
堪らず、鞄の中に仕舞っていた水筒を取り出し口内を潤す。そしてそのまま嚥下した。
「ハァ、ハァ。やっぱり保存食は嫌いだ……」
洞窟にいた頃は、宏人かウルスラグナが狩ってきた動物やその辺に生えていた山菜を採って食べていた。だから、ここにくる前とはあまり遜色なかったのだが、こちらの文明レベルは日本とは比べ物にならないほど低い。だからからか、保存食はただただ不味かった。
だが、例外はある。それは魔法で作った保存食だ。これだけは他の保存食とは比べ物にならない。何故ならそれは日本のものとほぼ同じ、いや日本のものより美味いからだ。何より良かったのが、ほぼ新鮮なまま保存できる、というとこだろう。だから他の方法で作った保存食のレベルが上がらなかったのだ、と宏人は勝手に推測していた。
そこまでいうならば、魔法で作った保存食を食べればいいという話なのだが、それらは鮮度が落ちることが滅多にない。だからこそ、こうして先に食べているわけだが、
「やっぱり、不味い……」
口に入れては水で流し込む。それを繰り返すのは流石に精神的にも、水の量的にもキツイものがあった。
耐えられず、宏人は鞄から新たに保存食を取り出す。今度のは魔法で作ったもので、リンゴのような外見をしていた。その果物を宏人が短剣で切り分けると、中から果汁が溢れ出してきた。切り分けたそれの一欠片を口の中に入れると、甘酸っぱい味が口の中いっぱいに広がり、残っていた保存食の味を洗い流してくれた。
そうして腹も膨れた頃、宏人は何やら良からぬ気配を感じ取った。
少し色々衝動のまま書いてたら、疎かに……
これからは頑張って続けていきたいです!