2、出会い
「はあ……」
ポケットにねじ込んだ残額のことを考えて、アオはため息を吐いた。チーズの乗ったパンとぶどうジュースをお腹に入れて、手元に残ったのは30セン。こんなはずじゃなかった。今日は骨付きステーキとぶどう酒で景気良くいく予定だったのに。
さっさとペアを組むってこった、というマスターの台詞が頭の中を支配したまま、重い足取りで酒場を出る。
その瞬間、視界が揺れ、何かがどさりと地面に落ちるような音がした。
「いっだぁ!」
痛いのはこっちだ。内心で独りごちながら、アオは横からタックルしてきたそれを見やった。
肩よりも少し下まで伸びたブロンドの髪はふわふわで、見下ろす角度からでも端正な顔立ちが見て取れる。おおよそ今の乱暴な悲鳴を上げた本人には見えない。
大きく尻もちをついた彼女は、アオの防具に当たったおでこをさすりながら顔を上げる。
「わ、ごめんなさいっ。私、地図観て歩いてたせいで……」
ぱちり、と目が合って、ブロンドの彼女は大層驚いた顔をした。
そのままアオを指差し、大声で叫ぶ。
「うぉ、うぉあー! いたー!」
「は、な、なに?」
起き上がらせようと手を差し出したアオだったが、何事かと思い引っ込める。
こんな知り合い、いただろうか。
「う、運命の人だー!」
「いや、え?」
彼女は、ばっと立ち上がるとなにやら荷物をひっくり返し始めた。本、毛布、ランプ、様々な物を放り出し、奥底から出てきたのは手のひらサイズの箱。ぱっかりと開けると銀色の指輪が出てきた。アオは指輪に見覚えがあった。というより街中にいれば嫌でも目に付くのだ、この指輪は。
通称ペアリング。ペアを組むためには欠かせないこれをどうして彼女が。
「あ、あなたは運命の人なんです。びびっときたんです!」
ブロンドの彼女が指輪を手にずずいと詰め寄る。
人違いに決まっている。残念ながらアオはこれっぽっちも、全くもって、微塵も、"びびっと"きていないのだ。
「い、いや……意味わかんないし」
相手にできない、とアオは踵を返して立ち去ろうとするが、彼女は引かない。
がっちりとアオの腕を掴むと、むしろさらに詰め寄ってきた。
「運命の、人なんです」
「絶対に、チガウ」
じりっ、ともう一歩。
「違うものですか! さあこの指輪を! 早く、契りを!」
「うわっ、契りとかやめろ! ペアなら他のやつと組め!」
「これを嵌めれば私たちは心身ともに……」
「う、うるさい!」
互いに一歩も引かぬ押し問答を繰り広げている間に、騒ぎを聞いて酒場からは多くの見物人が顔を出していた。
面白がってないで誰か止めてくれよ、とアオは切に願う。ちらりと、酒場のマスターが見えた。くそっ、いい顔して笑っていやがる……っ!
「こうなったら、無理やりにでも……!」
もうだめだ。なんだよこの馬鹿力どこからくるんだよ。
すでに左手はがっちりとホールドされている。
自信を奮い立たせ、アオは最後の力を振り絞った。
「さっ、させるかぁぁぁーー!!」
瞬間、煌めく右アッパー、一閃。
アオの拳は見事に彼女の顎を打ち抜いた。
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これがアオと、不本意ながらも後のペアとなるブロンドの少女ルーチェの、アッパーから始まる出会いである。