そのいち
完全自転車操業&見切り発車&不定期更新ですが、のんびりまったり宜しくお願い致します。
さて、一体全体どうしたもんか。
冷静に考えてるつもりでも、未だに何の考えも浮かばない事から、俺は今までに無い位のパニック状態になってんだろうと思う。
吉田祐一郎、38才、独身。
職業、私立学園高校事務職員。
名前からも分かるように、勿論、性別は男。
つーかまあ、悲しい事に俺は世間一般で言う、オッサンに分類されるだろう。
認めたくねぇやナ、あと二年で二度目の二十歳が待ち受けてるとか。
まあ、その記念すべき誕生日には、秘蔵の日本酒でも開けて自分を慰めてやろうと画策していたりもする。
……んな事ァ今は良いとして、だ。
そんなオッサンがだ。
腰を痛めそうになりながら一生懸命頑張ってダンボール箱に書類をブチ込んで、ソレを必死こいて事務室のロッカーの上に置こうとしたら、手が滑って脳天に落下して来やがった。
首の骨がイッちまうかと思ったが、なんとかギリギリ持ち堪えて両手でダンボール箱を支えたお陰で、書類を辺りにブチ撒けるような最悪の事態にはならなかったものの、今現在、それすらどうでも良くなるような事態に陥っている。
結構な重量の箱が脳天に直撃した衝撃かは知らんが、一人の人間の人生が頭の中に雪崩れ込んで来たのだ。
一人の女が、産まれて、死ぬまで。
そこまでは百歩、いや、千歩譲って良しとしてやろう。
俺はそんなに心の狭い奴じゃねぇ。
だが、“腐女子”とか、“貴腐人”ってなんだ。
いや、意味は知ってるよ。
むしろついさっきまで知らんかったわチクショウが。
頭の中では自分がオッサンな事にも、前が腐女子だった事にもビビっちまって、なんかもう大混乱だ。
かたや、若い頃はちょっとヤンチャした覚えもあるが、まぁ真面目に勉強して適当な大学を出て、真っ当な就職をしたオッサン
かたや、中学で黒歴史ノートを作成し、高校で出来た友人の影響で腐り始め、トントン拍子に腐海へとダイブして行き、大学でも腐仲間と共に薄い本を量産、最終的に自分の部屋の溜め込み過ぎた薄い本に押し潰されて死んだ女
あんな薄い本が、積み重なると物凄ェ体積と重量と密度になるなんて、知ってたけど、自分の身で知りたくなかった。
圧死なんて最悪以外の何でもない。
死んだ後、薄い本達は腐仲間にきちんと分配されたんだろうか。
PCは、誰か、お願いだ、どうかぶっ壊しててくれ。
いや、………うん、なんだこれ。
なんでこんな事態になってんだか意味が分からん。
いや、もう真面目に意味が分からん。
別に大事じゃねぇがもっかい言いたい。
意味が分からん。
前世の記憶と今の記憶がシャッフルされて訳が分からない。
二重人格という訳じゃ無く、なんて言うか、思考が2つに増えた感じだろうか。
ベースは今世である俺の方にあるから、考え方と知識が増えた、みたいな、なんかそんな感じ。
ズキズキする頭と首を無理矢理無視して、衝撃でか若干ズレた眼鏡を直す。
とりあえず自分を落ち着ける為に胸のポケットに入れていた煙草の箱を取り出し、底をトンと軽く叩いた
その衝撃で飛び出した一本を口に咥え、ズボンのポケットから愛用のオイルライターを取り出す
シュボッと火をつけ、煙草に火をつけようとして、ふと止まった
校内禁煙じゃねぇか、そういや。
つーか事務室は火気厳禁だ、大丈夫か自分。
カチン、とオイルライターのフタを閉じる事で火を消しながら、盛大に溜息を吐いた。
駄目だ、やっぱ動揺してるわ俺。
捨てるのは勿体無いからと、咥えた煙草をそっと箱に戻して、天井を仰ぎ見る。
あ、埃発見。
後でハタキ持って来なきゃだなァ。
……ん、よし、まぁ良い、今考えても仕方ねェ。
とりあえずは、仕事を終わらせよう。
諦めるようにそんな切り替えをして、一度軽く伸びをしてから自分のデスクに戻り、デスクトップPCを起動した。
すると、微かなモーターの起動音と共にトップ画面が映し出され、ついでに学校名のロゴと校章が目に飛び込んで来て、次の瞬間、なんかつい崩れ落ちそうになった。
いや、うん、普段は何も思わず過ごしてたけどさ、今見たら、コレ、ヤバイ。
さっき流れ込んで来た女の記憶に、この学校名と校章、あるんだよ。
いわゆる、乙女ゲー厶ってヤツだ。
どっかのフツーの女子高生が、金持ちばっかの学校に転入するっつー、なんか良く有るらしいそんな設定の話。
理事長の息子の俺様生徒会長とか、超真面目な風紀委員とか、資産家や華族の出の生徒会役員共を手玉に取りまくる系の、なんかそういうヤツだ。
時間軸も完全に一致してるのが鬱陶しい。
この学園に居るもん、理事長の息子の俺様生徒会長。
なんかめっちゃ話題になってたから覚えてる。
という事は、多分他のメンバーも居るんだろう。
ちなみにゲームのタイトルはそのまま学校名が使われていて、“東雲学園物語〜トゥインクルラブ〜”
…………サブタイ含めてクソダセェ。
ヤバイな、誰だ考えたヤツ。
なんだよトゥインクルって。
ある程度売れて良かったな、そんなタイトルで。
………まぁタイトルは置いとくとして、中身が面白かったから売れたんだろう。
王道っぽい設定なんだが、ネタが多かった。それでいて感動も出来る。
完全にサブタイのせいで手に取り難いゲー厶だった。
あぁ、そうだったそうだった。
いらんわこんな知識。
なんで腐女子が乙女ゲーやってたのかってーと、事もあろうにあの女、攻略対象の男共を掛け算してたんだよクソが。
なんで普通にプレイ出来ないんだ!、と俺も思うが、当の本人も思ってたんだから救えない。
ちなみに推しは真面目風紀委員攻め×腹黒副会長受け。
かなりマイナーだった。
声優に惹かれて買ったはずなのに何してたんだろうな。
あー、マジ要らねーわこの知識。
なんかもう仕事をする気さえも削がれた俺は、せめて気分を変える為にと席を立つ。
PCつけっぱなしだけど、まぁいいや。
うん、便所行こう。
そんでちっと顔洗って来よう。
思い立ったが吉日とばかりに事務室から出た俺は、思わず吐いてしまいそうな盛大な溜息を無理矢理飲み込みながら、用務員室兼倉庫を挟んだ向こうの教職員用トイレへと歩を進めた。
そのまま用を足していた訳なんだが、頭の中では腐った女の思考が
ねんがんの イチモツ を てにいれたぞ!
とか腹立つ事を頭の中に通過させて行った。
用を足す以外での使用は女相手だけだと決めてんだよフザケんな。
ともかく小用を終え、石鹸で手を洗って、ついでに掛けていた眼鏡を胸ポケットに突っ込んでから軽く顔も洗った。
冷たい水が心地良くて、溜息じゃない息が漏れたのだが、
「………………あ?」
若干濡れた手のまま眼鏡を掛け直した時、つい、素っ頓狂な声が出たのは、38年間見慣れた筈の自分の顔を見たからだ。
何この理知的ワイルドダンディ。とは頭の中の腐った女の思考である。
次いで湧いたのは、イチモツ云々よりも数倍の狂喜だ。
切れ長の目に、若い頃はきっとモテたんだろう整った顔立ち、そして、極めつけは、眼鏡。
やだ、何コレ!受けでも攻めでも美味しい!
………じゃねぇよ、なんなんだよ、関わりたくねぇよ、なんなのこの女。ヤダ怖い。
確かに若い頃はちっとばかし遊んだけどさ、ちゃんと全部精算してっし、相手は女だけだからな?
つーか受けとか攻めとか、考えたくもねーよ、やめろよマジで。
本来なら野球でしか出て来ねェ言葉だよちくしょうが。
俺をガチホモにしようとすんじゃねぇ、絶対やだ。
……いかん、なんか頭痛して来た。
事務室に置いてある救急箱に痛み止めがあった気がするので、後で飲もうと思います。
腐った思考を抑え込むようにそっちへ切り替えながら、俺は事務室へと戻ったのだった。