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きっと効能のせい

 足音が聞こえ、灼熱の湯にいたじいさんが入ってきたのかと思い、無視して桜を眺めていた。

 すると、明らかに男ではない高い声が聞こえてくる。


「ユ、ユウト……?」

「……ミント?」


 聞き覚えのあるその声、その高く澄んだ声の主は、女湯にいるはずのミントだった。


「こっこここっ、ここ女湯だよ!?」

「落ち着け、ニワトリみたいになってるぞ」


 なんでミントが男湯に……?

 いや待て、ミントは女湯だと思ってここに来ている、つまり。


「混浴……か」

「え、混浴なの?」


 どこかで女湯からの道と男湯からの道が合流していたのだろう、温泉の事ばかり考えていたため、気にしていなかった。


「混浴かぁ……でも……」

「とりあえず入ろうぜ。冷えるぞ」

「そ、そうだね」


 ミントが持ってきていたバスタオルを置き、着物を解こうとする。

 俺はその姿をぼーっと見つめていた。


「……えっち」

「ん、ああすまん。後ろ向いてるよ」


 脱いでるところを見てるとか変態かよ俺。これはきっと効能のせいだ。

 でもお互いに見ないで温泉に入るってのか、難しいだろそれ。

 どこか隠れられる場所を探そうと、温泉を見る。ちょうど中心に岩があるな、これの陰に隠れよう。

 岩陰に隠れてミントから完全に見えなくなる。

 これで見ないで済むな。俺は別に見られても構わないが、ミントが気にするんだから仕方ない。


「見ないでねー」

「見ない見ない」


 見たくても見れないようにしてるからな。

 別に見たいとかそういうわけじゃないから。


 しゅるしゅると布が擦れる、着物を脱ぐ音が聞こえてくる。

 その音で、少し想像してしまった。これは男なのだから仕方の無いことである。

 なまめかしい音を聞かないように景色に集中する。

 三日月か……星も綺麗だな。

 月の影にすら、星が見えるほどに夜空は星で埋まっていた。


 服を脱ぐ音が聞こえなくなり、ぺちぺちと足音が聞こえるようになる。

 そして、その足音が止まるとともにチャポンという着水音が聞こえた。


「はぁあぁあ……あったかい」

「近づきすぎたら見えちまうぞ」


 岩もそこまで大きいわけではないので、ちょっとずれるだけで視界に入ってしまう。


「大丈夫、バスタオル巻いてるから」

「俺は巻いてないんだけど……はぁ、しゃーねぇ」


 念動力を使い、棚に置いたバスタオルを手元に持ってくる。

 そして腰に巻き、俺の大英雄を隠す。

 大英雄の大英雄は誰にも見せないぜ。


「俺も隠したから、こっち来ていいぞ」

「うん! ……わぁ、すごいね」

「だよな」


 俺とミントが見ている景色は、見る先には無限に続く星空に浮かぶ三日月。桜の花弁に残った雨粒が月に照らされて宝石のように輝いている景色。

 まさに絶景だった。

 じいさんの言っていた雨の後ってのはこういうことか。


「私、ここに来れてよかった」

「俺もだ」


 すぐ隣に来たミントと肩を並べて温泉に浸かる。

 少しでも動いたら肌が触れてしまうほど近い。

 胸元の膨らんだバスタオルが視界に入ってしまい、流石の俺もドキがムネムネしてしまう。

 このままでは俺の暴れん坊将軍がご乱心してしまう。軽く注意しなくては。


「ミント、ちょっと近くないか?」

「私がこうしてたいの」

「……わかったよ」


 それにしてもそのアホ毛はどうなってるんだ。

 水に濡れたら普通は髪の毛ってしなってなるだろ。


「ユウトってさ」

「ん?」


 空を見ながら、ミントは口を開いた。


「全部終わらせたら村に帰ってくるって言ってたよね」

「そうだな、俺も早く村に帰りたい」

「全部って、何をするの?」


 全部か……まず魔大陸で魔王を見方につけなきゃな、その後はまあ、なんとかなるだろ。


「そりゃあ、世界を平和に……」

「どうやって? このまま魔大陸や北大陸に行っても何も変わらないよ? なんとかなるとか、考えてないよね?」


 ミントの声が低くなり、まさに思っていたことを当てられ、目を見開いてしまった。


「……っ」


 確かに、人の考えなんて簡単には変わらない。

 考え方が甘かった、どう魔族と人間を和解させるか、はっきり考えたこともなかった。

 魔王に会ってから考えればいいと、そう思っていた。


 魔大陸で人間は悪い奴らばかりじゃないというところを見せれば、東西南北の大陸で魔族が悪い奴らばかりじゃないというところを見せれば、人間と魔族の交流も盛んになるだろうか。

 そうすれば、お互いの偏見を減らせるだろうか。


「魔大陸で人間の俺たちがなにかアクションを起こさないといけない、偏見をすべて消し去らないと、平和は遠い」

「ユウトの思う平和って、なに?」

「平和……静かに、争いのない日常……かな」

「それが平和なら、私はもう平和だよ。国としても、争いなんてしてない。何もしないほうが、平和は続くんだよ?」


 ……確かに、俺以外のみんなはこの世界が平和だと思っている。

 争いもなく、みんな思いも思いに過ごしている。

 でも。


「でも! 魔族にもいい奴らはいるんだ! それを知らずに下に見ている連中がいるなんて……俺は……俺は!」

「それはユウトの中の話で、王様やソウルたちは他の大陸と関わりを持つために動いてるんだよ? ユウトの我儘に本気で向き合おうとしてない。ユウトは自分と同じ気持ちなんだから何も言わなくても付き合ってくれると思ってる」

「……」


 結局、世界平和なんて幻想だったのかもしれない。

 俺が周りを巻き込んで、勝手に自分のやりたいことをやっていただけなんだ。


「私は手伝いたいよ」


 ……え?


「私は、ユウトと一緒に世界を平和にしたい。これは個人的なこと。ソウルたちも、ちゃんと正面から頼めばユウトの考えをわかってくれるよ」

「……ミントは、俺に協力してくれるのか? 俺の我儘に、付き合ってくれるか?」


 我ながら弱々しい声だ、笑えてくる。


「うん! もちろん、何もできないかもしれないけどね」

「いや、できることの少ない、力のあまりない人間だからこそできることだってあるさ」


 力のある集団だと、怖がられてしまう。

 ミントだから、か弱い女の子だから、意味がある。


「そうだといいね……」

「戻ったら、ソウルたちと話し合わないとな」

「そうだね……」


 ソウルは、肯定してくれるだろうか。

 英雄の子孫として、俺のやりたいことに協力してくれるだろうか。


「俺一人じゃ、なんもできないんだな」

「仲間がいるから、きっと大丈夫だよ」

「……だな」


 仲間か、仲間なんて、三つ目の世界からまともにできてないな。

 三つ目の世界の時点で、二人も魔王を倒していることになる。その強さで、人によけられてきたから、できた仲間はアイアスたちくらいだ。


「俺さ、ミントに会えて本当によかったと思ってる」

「な、なに? 急に」

「多分さ、ミントに出会ってなかったら荒んだ性格のままだったんだ。だからさ……ありがとな」

「……どういたしましてっ」


 その笑顔は、俺には眩しすぎて、目をそらしてしまった。

 視界の端に枝垂桜が見える。

 再び見上げた夜空は、最初に見た時と違って見えた。

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