覗き阻止
旅館『夜桜』に移動した俺たちは自分たちが泊まる部屋で待機していた。
「あたし疲れてるのかな、畳が見える」
「アイアス、本物だぞこれ。なかなかいい雰囲気だな」
部屋の中はまさかの畳、日本の旅館にかなり近い。
和風建築か、素晴らしいな。俺の家を作ることになったら畳の部屋作ろうかな。
っていうか畳を教えたのも俺じゃね? よく覚えてないわ。
「五人でこの部屋だとよ」
「他のお客さんもいるもんね、それは仕方ないよ。でもどこで寝るのこれ?」
「あー多分……」
俺は布団を探す、部屋の隅に積んであるな。
こういう部屋には布団がつきものだ。修学旅行だとみんなが遊んでいるあいだに輪に入れない人が準備してたりするよな。
悲しくなってきた。俺じゃないよ、ほんとだよ。
「あの布団を敷いて寝るんだ、寝る時だけ出すんだぞ」
「わーいオフトゥン!!!」
叫びながら布団の山に突撃するアイアス。
アイアスは知ってるよな、こたつを作った時についでに作ってやったんだ。
こたつに使ってる布団と同じ材料を使ったな。
「へー、ベッドとは違うのか?」
「人によるかな、俺はどっちも好きだけど」
「気持ちよさそう」
ムーンはお姫様だからあんまり馴染みなさそうだな。
「寝る時はテーブルを壁際に押して布団を引くんだ」
「場所取らないし、便利だね」
ベッドと違って布団はすぐに綺麗なものと取り替えできるからな、洗濯もゆっくりできる。
朝まで起きてようぜ! と言っていた陽キャですら布団の魔力に負けるのだ。
無駄な抵抗しなければいいのに。
修学旅行といえば、朝の四時に起こされたことを今でも覚えている。
朝四時に長谷川の顔に佐々木がドレッシングをかけて大騒ぎになったドレッシング事件を俺は許さない。
大事な睡眠時間を削られたのだから。
「夜には料理が運ばれてくるらしいし、今日はまったり温泉巡りだな」
「早速行こう!!」
ミントが肩に手を当ててグルグル回す、それ銭湯じゃなくて戦闘だ。
殴り合いでもするんじゃないかっていう意気込みだな。温泉、ミントにとっては夢なんだっけ。
「私たちは王様も誘って入るね!」
「じゃあ僕たちも仲良くなった兵士さん誘おうよ」
「お前にしてはいいこと言うじゃねぇか」
温泉にはしゃいでいるミントたちを見ながら、どの温泉に入るか考える。
旅館の人に聞いた話によると、温泉は三種類あるらしい。
肩こり、腰痛……健康の効能温泉『繚乱の湯』ここにしようかな。
あとは保湿効果のある、美容の温泉『百花の湯』女子はここに入るのかな?
そんで温泉が沸騰している『灼熱の湯』特殊な水が湧き出ているらしく、普通の温泉よりも少し熱いくらいらしい。見た目が灼熱ってか。あとで入ろう。
* * *
兵士さんの部屋に入り、一緒に温泉に入ろうと誘ったところ、快くオーケーしてくれた。
その部屋には隊長さんも居て、隊長さんも一緒に来ることになった。
誘っている時にソウルと兵士さんたちがなんかコソコソ喋っていた、なんの話してたんだろ。
「おいユウト、そっちじゃないぞ」
「は? 繚乱の湯はこっちだろ」
百花の湯と繚乱の湯のわかれ道、ソウルと兵士たちは百花の湯の方向へ曲がろうとしたのだ。
「いやいや、百花の湯に入るんだよ」
「なんだお前ら、美容に興味あるのか? 俺は別にいいけど」
百花の湯に少し入ってから繚乱の湯に入ればいいか。
俺たちが百花の湯に向かって歩いていると、知らない人が合流した。
え、誰この人。
他のお客さんだろうと考え、無視して歩く。
男湯の前まできたので、足を止める。
ソウルたち、足を止めない。いやなんでだ。
「男湯はこっちだぞ、それともなんだ? お前ら女だったのか?」
「ちげぇよ、お前も来るだろ? 覗き」
覗き? こいつ今覗きって言った?
馬鹿じゃないの、見つかってボロクソに怒られるのがオチだろ。
だがまあ、ちょっと気になるっちゃ気になる。
俺は見ないけど、ついて行ってやるか。
「行くだけだぞ」
「そうこなくっちゃな!」
ソウルはそう言うと女湯のさらにその先、関係者以外立ち入り禁止のドアを開けた。
それ開けていいの?
「いいのかよ、無断で入っちまって」
「大丈夫さ、こっちにはこの旅館の館長がついてる」
「私が館長だ」
さっきの合流した人かよ。
旅館ごとグルとかピース王にバレたら大変なことになるぞ。
最悪この旅館潰れるかもな。
ドアの向こうは、掃除用具などが置かれている倉庫だった。
その奥には小さい窓がある、外と繋がっているのか。
微かに女性の話し声も聞こえる。
「この木箱を積んでその上に乗ろう」
「おう、それでいくか」
「順番通りに並べよ、一人長くても三十秒交代だ」
ここには時計なんてないから、詳しい時間はわからないだろう、体感三十秒だな。
一人三十秒、意外と長くないか?
「階段状に並べて……よし、まずは僕から覗かせてもらうよ」
あんまり大きい声は出せないため、小声でソウルが兵士さんに言った。
このままだと大変なことになるだろう、どうにか止めなくては。
俺は転移魔法を使って女湯の更衣室に転移する。
転移魔法は自分の魔力制御範囲なら行っていなくても転移できるのだ。壁抜けしたい時に便利。
そして、隠蔽魔法で周りに認識されにくくする。
完璧だ、っていうかこれじゃ俺が一番覗いてるみたいじゃないか。
女湯の様子を確認して、ソウルたちの覗きを阻止するだけだ。
俺が阻止したと思われないようにこっそりな。
「それでユウトがさー」
「わかるわかる」
ん? 俺の話題……? 音がこもっていてよく聞こえないな。
ってそんなことしてる場合じゃない、見つからないようにソウルが覗こうとしている窓まで移動しなければ。
よし、誰も気づいてないな。
俺は裸なんて見てない見てない、濡れた髪が顔に少しくっついているところなんて見てない見てない。
露天風呂なので湯気が逃げやすいな。
俺は窓の近くで濃い湯気を発生させる。
これで湯気が濃くて覗きができないはずだ。
それくらいなら中からでもできるだろって? 正確に窓の近くに魔法を使うのは見えてないと難しいんだ。だから女湯に入った。
湯気の制御は中からでもできるので、さっさと女湯を離れよう。
と、思い更衣室に行こうとすると、ピース王の声が聞こえた。
「それで、ユウトは何者なのだ? 二日間の宴で、普通の冒険者ではないのは私でもわかる。偉大な大英雄と同じ名前なのも気になるな」
……俺の英雄だとバレる瞬間か。
俺からしたらバレてもバレなくてもどっちでもいい。宴の途中で正体を教えなかったのは態度が変わってしまうと思ったからだ。
とりあえずその話題だけ聞くことにした。
「ユウトはですね、英雄なんです。850年前の」
「なに? 大英雄は魔王との決戦の後、消えてしまったのではないのか? それに、なぜ歳をとっていない、むしろ若返ってるじゃないか」
若返ってるのは仕方ないんだ、世界転移をした瞬間に17歳に戻ってしまうのだから。
一応その世界にしばらくいればその分歳もとる。
最初の世界でも魔王を倒した時には既におじさんだったからな。
「それは私にも分からないんですけど……でも、本物の」
「誰!」
ムーンが俺の居る場所を見て声を張った。
見えていないはずだぞ、隠蔽魔法を使っているムーンだから直感で気づいたのか?
「どうしたの? ムーンちゃん」
「あそこ、誰かいる」
「誰もいないけど……」
ミントが近づいてくる、俺は裸を見ないように顔を逸らしながら考える。
更衣室は目の前だが、今動いたらまずい、足音でバレる。
この状態で転移しても光が出てバレる。
そして触られたら隠蔽魔法が解けてバレる。
終わったな、ジ・エンドだ。
俺の目の前まで来たミントが立ち止まり、俺の入る場所を見つめる。
「……!」
「どうー?」
「ふん、覗きなら正面から来れば良いものを」
アイアスの声、バレたか?
どうやって言い訳しようか。
っていうかピース王はそれでいいのか、強いな。
「……だ、誰もいなかったよ! 多分気のせいだと思うな!」
「なーんだ、覗きじゃないのか。見つけたら『これ』するのに」
アイアスがカニの手のように指を動かす。
え? 『これ』ってなに? 怖いんですけど。
ミントがアイアスたちの元に戻る、よかった、バレてないな。
「……ユウト」
ミントの口が微かに動いたが、声は聞き取れなかった、なんて言ったんだろ。
そんなこと気にしてる場合じゃない、ソウルのところに戻ろう。
俺は更衣室まで脚音を立てずにゆっくり移動し、ソウルのいる倉庫まで戻った。




