第4話『美味珍膳』
肉の解体も終わり、金網も完成し、遂にバーベキューの準備が整った。
ようにように思えた。
「この網をどうするの?」
「ああ、この網な、この網をな……」
この網を……乗せる……どこに?
「ふっ!」
俺は地面に手をつけると、そのまま地面を錬成する。
目の前に出てきたものは長方形の大きなかまど。
村長の説明を終えたであろう村人から声が上がる。
地中にある石を集めて作りました。
別に土台をどうするか忘れていた訳じゃない、本当だ、信じてくれ。
あと目立ちすぎた、これじゃあ異常人だと思われてしまう。
「え、なにこれ、何今の」
「かまどだ、この上に金網を乗せて肉を焼く」
俺は額に脂汗をかきながら早口でまくしたてた。
平常心を保つ事、常に余裕をもって優雅たれ。って魔術師のおじさんが言ってた気がする。
弟子に背中刺されそうだね。
「な、なるほど。やっぱり便利だね」
もう認めよう、俺はとっても便利だ。
どのくらい便利かというと、青いネコ型ロボットくらい便利。
言い過ぎかな? でもそれと同等くらいはあると思うよ。
さすがに創造はできないけど。
ちなみに、便利だからって人に利用されるのは大嫌いだ。
「ミント、みんなで肉食べるから村人全員集めてきてくれ」
「え、全員? 今食べるのこれ? 干し肉にする訳じゃないの?」
「おう、俺の入村おめでとうパーティーだ」
肉を取ってきたのは俺なんだけどな。
自分の歓迎会に出す食材を自分で取ってくるとか斬新だなおい。
「それはわしがやろう、ユウトが村の一員になったことを皆に知らせねばな」
「そか、任せたぜじいさん」
「任された。それで、この石の枠は何じゃ」
「黙っとけ?」
力見せすぎたんだ、規格外だと思われたくない。
「まあええわい、行ってくるからの」
「おーう」
村長は優しく微笑みながら村人たちへの呼びかけを始めた。
やっぱり良い奴ばかりなのかな、この村は。
騙されやすかったり、するのかな。
「私はどうすればいいの? 村長に仕事取られちゃったよ」
「確かにすることないな……」
「でしょ?」
ミントは肩をすくめて首を横に振りながら言った。
なにそのフルハ○スでありそうなポーズ。
「なら雑談しようぜ」
「雑談って雑談しようって言ってするものじゃない気がするんだけど」
細かい事言ってるとハゲるよ?
いかにも髪に良くなさそうな色しやがって。
でも異世界の髪の色ってカラフルなんだよね。
確か、髪の色は魔力の色で変わるって話だ。
魔力が目に見える魔法の時はその魔力の色になる。
魔力の色は親の色になったり、父親と母親の色が混ざったりする。
父親か母親のどちらかの色になる事が多いが、色が混ざることもある。
かなり稀だが、先祖の誰かの色が出ることもあるそうだ。
だから黒髪もいる、混ざって混ざって混ざりまくった家系は少し先祖の色が残った黒髪になる。
ミントは混色だろうな、キウィさんが緑髪だったし。
ということは父親は青髪か、ミントの父親ってどんな人だろ。
「お前の父親ってどんな人なんだ?」
「お父さんはね、凄く強いアイテムマスターなの」
なんか響きがアイドルをプロデュースするG@MEみたいだな。
アイテムマスター、略してアイマスだな。
「そのアイテムマスターってのは?」
「えっとね、道具の強化だったり、道具の扱いが上手い人だよ。ポーションとかを使って戦ったりするの」
「へぇ」
つまり俺でもなれるな。
道具の強化とか御茶の子さいさいのさいよ。
毒瓶とかもストックにあるし。
「道具を収納できる魔法も使えたんだよ」
「道具を収納……お前も使えるのか?」
収納魔法、魔袋を手に入れる前はよく使っていた。
魔袋を使うようになってから存在を忘れかけていたが。
どの世界で手に入れたんだっけか。
「お父さんに教えてもらったから一応使えるよ、まだ少ししか入れられないけどね。昔は沢山の人が使えたらしいけど今は使える人はほとんどいないんだってさ」
懐かしい、俺も最初の頃は物が全く入らなくて困ったものだ。
牧場ゲームの初期バッグかよとツッコミを入れたのを覚えている。
どうしてどうでもいいことばかり鮮明に覚えているのだろうか、不思議だ。
「俺も使えたりしてな」
「そういえば記憶喪失なんだっけ、村長に聞いたよ」
「じじい……」
そういえば村長が村人たちのところに行ってから質問攻めがなくなっている。
説明の手間が省けて良かったのかな?
「記憶喪失の割にいろんなこと知ってるよね、魔法も使えるし」
「まあ忘れてるのはこの世界の一般常識と記憶の一部だから、魔法の一部は忘れてるかもな」
という設定でいこう。
そうすれば転移魔法とか使う時に魔法思い出したってことに出来て融通が効く。
「本当は物凄く強いのかもね、S級の冒険者さんみたいに」
「かもな」
さて、気になる言葉が聞こえたぞ。
S級の冒険者、冒険者に階級があるのか。
どれくらいの実力を持っているのだろう。
何の話だっけか。
そうだ、ミントの父親の話だ。
「で、お前のお父さんは?」
「えっとね、お父さん凄く強いから魔王軍との戦いのために魔大陸に行くよう命令されたの」
魔大陸、読んで字のごとく、おそらく魔物が住む大陸だろう。
そこに魔王もいるのか、それとも魔界があるのか。
それはそれとして徴兵令か、俺命令されるの嫌いだからそういうのあんまりよく思わないタイプだ。
「命令って、誰に」
「マールボロ城の王様に」
そのマールボロ城ってのはよく知らんが、王がかなり上の地位についてるのはわかったな。
まさか独裁政権とかしてないだろうな。
挙句の果てには絶対王政、うわ絶対めんどくさいよ。
絶対めんどくさい王の政治、略して絶対王政だよ。
「それで、どうなったんだ」
「一年経ったのに帰ってきてない、でも、きっと生きてる」
そう言ったミントの目は真剣だった。
この娘は自分の父親が生きていると信じている。
「悪いこと聞いちゃったな、すまん」
「別に、気にしてないよ」
「そか」
それにしてもマールボロ城、なんか引っかかる。
過去に似たような名前の城があったからか。
どうせそのうち行くんだ、覚えておくことに越したことは無い。
「ユウトよ、村のみなに説明してきてやったぞ」
ああ、説明な、記憶喪失の説明とか記憶喪失の説明とかな。
「どうも、そんで木炭ってある? 無かったら薪でもいいから」
「まだ何か要求するとは……大したタマじゃのお」
うっせ、魔袋から燃料を出すわけには行かないんじゃ。
もう村人全員からヤバいやつ判定されてもいい気がしてきた、自由が効かない。
これだけ大きな錬成をしてるんだから既にヤバいやつ判定されてるかもしれないけど。
「お主の錬成で何とかできんのか? 石炭を地面から出せるじゃろ」
「そんなぽんぽん石炭なんて出てこねぇよ、でも薪がありゃあ木炭に錬成できる」
「お主がおったら木炭職人の仕事がなくなるわな」
それは確かにそうかもしれないけど、あくまで錬成なので本当の職人の完成度にはならないからね。
マジで集中して作ればその限りではないけど。
「で、薪はあるのか?」
「わしの家の裏に備蓄してあるからの、お主で持ってこい」
「へいへい、ミントー行こうぜー」
「なんで私も!?」
近くにいたミントを誘うと自分で行けよという目で見てきた。
怖い、こいつもそのうちキウィさんみたいな謎の威圧感を出すようになるのだろうか。
「暇だろ?」
「そうだけどさー」
「じいさん、そこにある金網をかまどの上に乗せといてくれ」
「それくらいなら構わんよ」
俺とミントは村長の家に向かった。
* * *
村長の言っていた通り、家の裏には薪が積まれていた。
大きさはばらつきがあり、丸太を割ったものから太い枝の束まで様々なサイズが取り揃えてあった。
薪のバーゲンセールだな。
「これか」
「そうだよ、どのくらい必要なの?」
「あの大きさのかまどだからな、持てるだけ持ってっちゃおうぜ」
「了解ー」
かなりの量があるな、木一本からでも大量の薪が手に入るから補充したばかりなのだろう。
つまり木に水分が多く含まれているということだ。
生木は重いので、ここで木炭にしてしまおう。
「ミント、こっちに薪を投げてくれ」
「わ、わかった」
そう言うと、ミントは慌てて薪を手に取り、俺に向かって全力で投げる。
それを上手くキャッチした俺は薪に触れると同時に錬成。
おめでとう! 薪は木炭に進化した。
「はい、次」
「おらおらおらー」
弱々しい掛け声だが投げられてくる薪の威力はなかなかのものである。
この娘、もしかして力強い?
戦闘とかもできちゃうんじゃないかしら。
「よし、こんなもんだろ」
足元には大量の黒い塊が山になっている。
炭にすれば一気に軽くなるので、運ぶのも楽ちん、って寸法よ。
「ほえー、ちゃんと炭になってる……」
「まあ俺だからな」
「納得しちゃうから困るね」
持ってくのは……そこにある箱でいいだろ。
俺は二つの木箱に木炭を詰めて、片方をミントに渡した。
「炭になっても重いものは重いねぇ」
「そうか?」
こっちは全く重くないぞ。
重力魔法使ってるからね。
何はともあれ、俺たちは無事に木炭の調達に成功した。
* * *
木炭をかまどにセッティングした俺は炎魔法で一気に着火。
一家に一台、ユウト(税込108円)
魔法って本当に便利ですね。
でも水魔法を飲み水にするのは危険だからやめといた方がいいぜ。
水魔法の水は魔力が入った水だからな、体洗うとかなら使ってもいいけど飲み過ぎると魔力が暴走しちまう。
魔力の入ってない水を出す方法もあるが通常の二倍近く集中力を使うから初心者にはちと難しいかな。
なんの話だっけか、ああ、バーベキューな。
村長のおかげでスムーズに村人全員を集合させることができた。
準備は完了、既に金網の上には肉と適当な野菜が乗せられている。
俺は注目を集めるために、村人達の前に躍り出る。
そして大声を出すために大きく息を吸う。
「今日からこの村に住むことになったユウトだ!! よろしく!!」
集団から「よろしくー!」や「よく来たな!」という声が聞こえてくる。
もちろん、その集団の中には道具屋の場所を聞いたおっさんも入っている。
ガキんちょが十数人、大人が三十数人ってところだな。歳をとった人が目立つ。
城下町に行って冒険者になった人や移住して働いている若者が数名いるという話だ。
元の世界と同じだな、稼ぐために大きな都市に移る。
代わりに村の人口が減る。
確かストロー現象って言ったかな。
「先程見たと思うが、ユウトはいろんな魔法を使える奴じゃ、きっと村の役に立ってくれるじゃろう」
「おいおいじいさん、俺は利用されるのは嫌いなんだぜ?」
「ほっほっほ、村に置かせてもらっておるのじゃ、少しくらいよかろう」
「……ま、そうだな」
納得できる理由なら利用されるのもやぶさかではないかもしれない。
利用というか、手伝いって考えた方がいいか。
「ほらみんな食え食え! 肉が焦げちまうぞ!」
そこらから「おーう!」という声が聞こえてくる。
この量の肉だ、食って焼いてを何回も繰り返すことになるだろう。
別に、全て食べてしまっても構わんのだろう?
「ユウトユウト」
謎の覚悟を決めたと思うと、俺の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
声のした方を見ると、ミントが袖を引っ張って上目遣いになっていた。
何その仕草、狙ってるの?
「ん、ミントか、どうした」
「これって内臓……だよね、なんで焼いてるの?」
ああそうか、内臓を保管する方法がないから食べるのは一般的じゃないのか。
雪国とかなら内臓食べてそうだな、多少は持つだろうし。
モツだけに、これはもういいか。
「これも食べれるんだ、新鮮じゃないと食べられなくなるから気をつけろよ」
「ほぇー」
「お、焼けてるな。ほら、食ってみろ」
焼けたハツに適当に塩をかけてミントに渡す。
塩は港町で大量に作られているため、安価に手に入るらしい。
そのうち港町にも行くんだろうな。
「はむっ、んむんむ……美味しい」
「だろ? 捨てるのは持ったいねーよな」
この世界の保存技術が上がれば美味しいものもたくさん食べれるようになるな。
現に目の前には肉にホルモンと、美味珍膳が並んでいる。
美味しいものは大好きだ。
「お前、店で会った時と全然違うよな」
「あれは接客だったからねー、客じゃないなら媚びる必要ないし」
「いい性格してんな」
「ありがと」
ほんと、いい性格してる。
演技が上手い人間は、本当に気づかない。
信用しているからこそ、裏切りは罪深い。
「お前さ、かわいこぶってるよりそっちのほうがいいぞ」
「……そう、なら今度から普段の態度にしようかな」
ミントは青緑色の髪を揺らしながらそう言った。
アホ毛がぴょこぴょこ動いてるのはなんなんだ。
「おう、そうしとけ、俺もそっちのほうが好きだし」
「……ほら! お肉食べよう、お肉!」
「急に元気になったな」
「うっさい!」
俺、なんか怒らせること言ったか?
まあ気にせず食べるけどね、うましうまし。
「やーあユウトくん! ミントと仲良くしてくれてるみたいでよかったよー!」
うるさい人が来た。
あ、ミントが逃げた、やべぇよ、味方が裏切りやがったよ。
裏切りは許さないって言ったよな!? 言ってはいないけども!
「まあ仲良くはなりたいですね。ハツ食べます?」
「あ、いただくよ。はぐっ、美味しぃねこれ」
キウィさんはハツに串を刺すと、豪快に一口で平らげた。
わぁワイルド。
さすが美人、絵になるな。
これが噂の『黙ってれば美人』ってやつですか。
「どうも」
「我が愛しの娘の話だったね、どうよ、付き合っちゃえば? 男性経験のない今がチャンスだぞ、少年」
「あんた本当に母親かよ」
こんなに娘を他人に進めてくる母親なんているだろうか、いや、いない。
普通の母親は自分の娘を大事にしようとその娘の相手を品定めするものだ。
しかしキウィは違ったッ、逆にッ、なんとッ、ついさっき知り合った男に進めてきたッ。
まるで意味がわからんぞ。
「ほらほら〜、ミント見た目は可愛いでしょ〜?」
「まあ容姿はいいと思いますよ」
ここで誤魔化してもこの人には通じないだろうと思い、素直な感想を伝える。
「やはり狙ってたのか! 娘はやらんぞ!!」
「どっちだ」
この親からどうやったらあの娘が生まれてくるのだろう。
あれか、橋の下の子か。
俺も幼い頃は母親に橋の下で拾ったというブラックジョークを聞かされたものだ。
マジで信じるのでやめてください。
このテンションだ、母親に似なかったということだろう。
つまり父親似か、父親は大人しい性格だったのかな。
容姿は母親似だろうな。
「ミントのお父さん、アイテムマスターって聞きました」
「へぇ、あの子が父親の話をしたんだ」
それはどういう意味だ? あまり話したがらないのだろうか。
まあ話したい内容でもないだろう、無理もない。
「どんな、人だったんですか」
「アイツはねー、馬鹿だけど強くて、人に愛される人間だったんだ」
キウィさんは今までのふざけた雰囲気とは一転して、どこか懐かしいものを見るような目で話し始めた。
「中央大陸一番のアイテムマスターって言われてたのに緑の道具屋。あ、うちの店ね。そこで働いてたんだ。冒険者にもならずに」
「それは、何か理由が?」
「いや、特にそれといった理由はないと思う。しいて言えば束縛が嫌いだったってことくらいかな」
理由それだろ。
「縄で束縛されるのも嫌いだったね、いつも嫌がってたよ」
それはどういう意味だろうか、普通に縛られるのが嫌いなだけだよな、そうだよな。
別にベッドの上とかじゃないよな。
……『いつも』ってなんだ。
「でもミントが生まれてから国から雇われることが多くなった、上からの命令だったから仕方なく雇われてた。それで、そのうち魔大陸まで行くことになって」
「……帰ってきていないと」
「……そうだね」
ミントの言っていた通りである。
ミントの父親は王の命令により魔大陸に送られ、今もそこにいる。
今は死んでないことを祈ることしか出来ない。
「きっとそのうちひょっこり帰ってきますよ」
「! ……だね! アイツはそういう奴だからね!」
キウィさんの顔がおふざけモードに戻る。
さっきまでのしんみりした空気はキウィさんらしくなかったからこっちの方がいい。
今日初めて会った俺が言えることじゃないかもしれないけど。
「あと、親バカでもあったね! 私と一緒で!」
「親バカのとる行動かよ……」