第2話『公明正大』
「転移」
村長の家から飛び出した俺は物陰に隠れると、転移魔法で最初の森に瞬間移動した。
目の前の景色が一瞬眩むと、森の景色に変わる。
この転移魔法っていうのはとても便利で、一度行った場所なら一瞬で移動することが出来る。
別にその魔法を蘇らせようとしているお爺さんに必要な素材を渡したりとかはしてない。
……ズルくないよ?
公明正大、不正はなかった。いいね?
転移魔法を使えるようになったのは光の世界だったかな。
自身を光の魔力に変えて、イメージしたところの魔力まで移動する。
魔力は大きく分けると三種類ある。
一つ目が自分の身体に生成される魔力。
これはわかりやすいな、自分が魔法を使った時などに消費される魔力だ。
二つ目が魔力結晶や魔力薬に込められた魔力。
これは外部から取り込んで一つ目の魔力に変換する魔力だな。
わかる人にはわかるだろう。
三つ目が空気中に生成される魔力だ。
この魔力は場所によって属性ごとの魔力量が違うため、火山なら炎系の魔法、氷山なら氷系の魔法が強くなったりする。
転移魔法には三つ目の魔力を使う。
空気中にある魔力はすべて繋がっているため、その魔力を伝って移動することが可能なのだ。
ただし、正確な場所が分からないと移動できない。
この魔法は一度行ったことがある場所なら瞬間移動出来るが、全力で未完成なイメージだと失敗してしまう。
風邪の始まりは湯冷めなんだろうな。
散々転移に苦しめられてきた俺だが、この転移は嫌いじゃない。むしろ好きだ。
だって自分の魔法だもの。
余談だが、俺が転移する時は青い光の線が大量に出てきて、一瞬光ったかと思うと居なくなっている、という見た目らしい。
まさに転移魔法っぽい感じだよな。
ただ、俺のイメージだともっとこう、体の中心から光の円? みたいなのが出てきて一瞬で消えるのを想像してたんだが、分かるかな。
おっと、そんなことよりも鹿と猪を狩りに行かねば。
今度は村とは逆方向にある木々が立ち並ぶ坂を登っていく、すると何か人工物が建っているのが見えた。
看板だ、木でできた看板に文字が書かれている。
当然だが、日本語とは明らかに違う文字が使われている。
ライ文字か……この世界ではライ文字を使っているのか。
ライ文字を使っている世界は今までも何個かあった、最初の世界もライ文字だった。
知らない文字じゃなくて良かった、早速読んでみよう。
『冒険者の方が猪、鹿を狩って村まで届けてくださった場合、対価を支払います。猪は銀貨10枚、鹿は銀貨8枚です。』
ほほう、こうやって肉を手に入れてたのか。
この世界のお金は金銀銅の貨幣で間違いないだろう、今までの世界にもこの貨幣システムは山ほどあった。
ただ、物価が分からないな。そのへんは後で大きな街にでも行って調べよう。
ここに看板があるということはこの辺りでも鹿と猪が出るということだろう、そうであってくれ。
と、いうわけで本格的に探す。
生き物の気配を感じとるんだ……どこだ……。
歩きながら感覚を研ぎ澄ませる。
……
…………ザクッ
遠くで落ち葉をふむ音が聞こえた。
俺は音がした方向に飛行魔法で木々を避けながら高速で移動する。
近づくと音の主を視認することができた。
鹿だ、それも角が生えていない牝鹿。
手に魔力を集中させる。
イメージするのはスタンガン、痺れさせるのを目的とした魔法。
無詠唱は基本、ゲームのような技名なんてない。
威力を抑えた青い電気を目標に撃ち出す。
鹿は短くキャァと鳴くとその場に倒れた。
鹿の鳴き声はキャァーなのだ、女性の悲鳴に似ている。
止め刺しをするために鹿の前に降りる。
気絶している事を確認して、魔袋からナイフを取り出す。
片合掌をしてから的確に心臓を刺す。
苦しませないように一撃で仕留めなければならない。
鹿からナイフを抜くと血がトクトク流れ出てくるので、そのまま放置する。
血抜きをしなければならない、血抜きをしなければ肉に血が溜まってしまう。
しばらく待っていると、先程同様落ち葉を踏む乾いた音が聞こえた。
すかさず飛行魔法を使用する。
体の周りに風を纏う、ふわっと体が宙に浮く感覚。
今度はまあまあ離れた場所で音が聞こえたので、速度を上げて飛行。
ある程度近づいたら獲物の姿を確認。
大きな体に泥のついた体毛。
猪である。
現実世界での猪の罠狩猟は難しく、突進されたら命を落とすこともある。
まあ牡鹿も角が生えてて危険なんだけど。
猪の狩猟は銃を使うのがベストだ。
だがここは異世界、そのへんは魔法でどうにかなる。さっきみたいにね。
同じように電気で気絶させてから心臓を一刺し。
血抜きを待っている間に先程狩った牝鹿を持ってこよう。
俺は転移魔法で牝鹿のところまで一瞬で移動した。
うん、相変わらずめちゃくちゃ便利。
血抜きが終わった牝鹿を担ぐと同時に転移魔法を使う。
目の前には血を流した猪が倒れている。
赤子を殺すより楽な作業よってやつだ、ダメじゃんこのあとやられるじゃん、じゃんじゃじゃん。
次は内蔵を取り出さなきゃな。
牝鹿を地面に置き、ナイフで腹を切り開く。
でろんと出てきたのは大腸、小腸、その他もろもろだ。
こいつらは食べないから捨てる。
続いて胃と肺を取り出す。
これも食べないから捨てる。
肺はフワという部位に分類されていて食べられるが野生はダメだ、線虫だらけだから。
次に取り出したのは心臓。
これは有名だな、ハツだ、食べれるから反対側に置いておこう。
その次は肝臓と腎臓だな、こいつらも食べられるから反対側に置く。
血抜きの終わった猪も同じように腹を裂いて内臓を取り出した。
よし、大体終わったな。
こういうのは魔法使って楽にするとかできないから困る。
内臓を取り出して食べる方と食べない方で分ける魔法なんて聞いたことない。
とりあえず食べられる内臓を皮の袋に入れて、太めの木の枝を探す。
いい感じの木の枝が見つかったらツルで鹿と猪の足を枝に縛る。
そして力を入れて持ち上げる。
「ふっ!」
ふむ、結構重いな、魔法使うか。
「重力軽減」
重力魔法を使うとフッと枝が軽くなる。
この魔法は物の重力を変化させる魔法。
重くしたり、軽くしたりできる。
聞く限りチートだが、ぶっちゃけ荷物運ぶ時にしか使わない。
大抵の敵は普通に倒せるからね。
さて、俺はここで気づいてしまった。
村に戻って村長に報告しなきゃならないんだが、流石にこの速さは怪しまれる。
不正はしてないと言おうが、ただの旅人がたった数十分で鹿と猪を担いできたら嫌でも怪しまれる。
少し時間を置かなくては。
獲物を縛り付けた枝を置き、食べない内臓を地面に埋めた俺は一人で遊べるゲームで時間を潰すことにした。
………。
十分たった。
暇つぶしも飽きてしまった。一人マルバツゲーム、一人じゃんけん、メタル○アごっこ、etc……。
空はまだオレンジ色の夕焼けだが、少しずつ暗くなってきている。
もう待てない、待つのは苦手なんだ。
それに、ホルモンがダメになってしまう。
一応氷魔法で冷やしているのでしばらくは持つけど。
モツだけに、つまらないね。てか腸は捨てたからモツは入ってないね。
そうと決めたら即行動、村の入口まで転移。
そこから村長の家まで歩く、歩く、歩く。
なぜ村に直接転移しないのかって?
こんな大荷物持って突然現れたらバレるだろ何言ってんだ。
それに転移先に村人がいる可能性は少なくないからな。
数十分しか経っていないのに辺りは薄暗くなってきている。
「さっきまで夕焼け空だったのに」
夕焼け空と小麦畑の組み合わせはとても美しかったが、薄暗い空に小麦畑は謎の不安感を煽る。
夜の畑ってなんか怖くない? 暗い中風になびく稲穂の横を通り過ぎていくあの日の思い出が蘇る。
なんで暗くなるのってこんなに早いんだろうな。
感覚なんだろうけど。
それにしても静かだ。
聴こえてくるのは揺れる小麦の音と虫の鳴き声。
そしてカエルの鳴き声だ。
静かは静かだが、カエルの声はうるさい。
田舎あるあるだな。
村長の家に着いたら晴れて俺も村人だ。
もうワクワクが止まらない、オラわくわくすっぞ。
村に拠点を構えたら何をしようか。
やはり街を探して図書館とかで情報収集がいいかもしれない。
一度街まで移動すれば転移魔法で移動が楽になるし。
それと、村人との交友関係を深めないとな。
村の一員になるのだから親密度は上げとかないといけない。
親密度を平均的に上げないと殺されるからな、それはギャルゲーか。しかも限られたやつな。
それと主人公の親友ルートでミスって主人公がホモ発言をするなんてザラだ。
普通のギャルゲーは一人に集中しなきゃならないからね。
なんの話だ。
とまあそんな馬鹿みたいなことを考えていると、民家の近くに到着していた。
俺は村長の家の前まで行き、大きめの声を出すために息を吸う。
「じいさん、居るかー?」
返答を待たずに村長の家の扉を開けてずかずかと中に入っていく。
鹿と猪が物や壁に当たらないように注意する。
ガッ……
……うん、綺麗な木造建築を汚してしまった。
俺は悪くない、入口が狭いのが悪い。
「おお、随分早かったの……っておのれは何ぶつけとんのじゃ」
「いやぁ、入口が狭かったからさ」
「敬語が完全に消えとるのぉ」
フレンドリーに接すれば割と上手くいくってばっちゃが言ってた。
転生する前の俺はそれが出来なかったんだけども。
村長は俺の持っている獣付きの枝を見てシワを寄せた。
「お主……結構力持ちじゃの」
「え? あ、ああそうだな。うん、力はあるんだ」
よくよく考えてみればこの重さの荷物を平気な顔で持つ少年も普通じゃないよな。
でもその話は流れるっぽいから大丈夫なはず。
「して、どうやって仕留めたのじゃ?」
ほらね、ってそれを聞きますか。
さてどう答える。
A、剣で倒した。
B、魔法を使った。
Aはダメだろう、剣で倒したならばもっと斬撃の跡とかが付くからな。
跡がついてないと相当の手練れだと思われてしまう。
続いてB、魔法を使ったと明かす。
これならある程度戦えるやつだと思われることになる。
この世界で魔法を使えるやつがどれほどいるのかは知らないけど。
「魔法を使ったんだ、雷のな」
「魔法! 魔法が使えるのならこんな村になんて居ないで冒険者にでもなればよかろうに」
「今の俺にその選択肢はないからさ、この村に住むよ」
「ふむ……ワシの出した条件を達成したのじゃ、お前を正式に村人と認めよう」
おお、そういえばまだ村人になってなかったんだっけ。
やりたいことが多すぎて忘れてたわ。
ところで村人になる条件って金を持ってる事じゃなかったっけ? まあいいや。
ここで俺は重要なことを知らないことに気づいた、
「ありがと、そんで気になってたんだけどこの村の名前何?」
「ん? まだ言ってなかったかの、この村は小麦村じゃ、歓迎するぞい」
ぞいってなんだ、今日も一日がんばっちゃうのか、社畜なのか。
小麦村ね……聞き覚えはないな、今まではまあまあの確率で名前が被ったりしてたんだよね。
「そうだじいさん、まだ金もらってねぇよ俺」
「そうじゃったな、ほれ、銀貨5枚じゃ」
「8枚」
「……はい?」
「看板に書いてあったぞ、猪が銀貨10枚で鹿が銀貨8枚だろ? 8枚で手を打ってもいいぜ」
「……抜け目ないやつじゃの」
そう言うと村長は銀貨を8枚手渡してきた。
なんか見覚えあるな、まあ似た貨幣を使った世界があったのだろう。
金はとりあえず魔袋に入れる。
「そいでお主、なんで両方狩ってきたのじゃ、片方だけで十分だと言ったはずじゃが」
おっとそうだ、俺が話を聞いていないふりをして二頭狩ろうとしたのは理由があるんだった。
「両方狩って半分じゃなかったっけ? まあこの量だと使う前に腐っちゃうよな」
「うむ、そうじゃな。村人全員に分けてもかなり余るじゃろう。あとそんなこと言っとらん」
猪の肉はかなりの量になるからな、脂身が多いから油も取れるし。
「そこで、この肉を使ってやりたいことがあんだけど、いいか?」
「コイツを持ってきたのはあんたじゃからな、一頭分の肉を渡してくれれば好きに使っていいぞ」
「そりゃありがたい」
「で、何をするつもりじゃ?」
俺は他の村人とどうすれば友好的な関係になれるか考えていた。
そしてその方法は村長から鹿を狩ってこいと言われた瞬間に思いついた。
今回俺がやりたいこと、それは……。
「村人を集めてバーベキューをしようと思う」