本物の英雄
痛みはない、ここで痛覚を戻してしまうと激痛で声が出てしまうだろう。このまま、元の世界に戻るまで痛覚を遮断しておこう。
「動くな」
「ッ……」
グラムが剣先を白ユウトの喉元に当てる。
他の武器も、反撃をしようとした瞬間に動けるようにすぐ近くで武器化している。
「俺が……俺が負ける……? 嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!」
「負けたんだよ、お前は。というか、自分より強い相手を探していたんじゃあねぇのか?」
自分より強い相手に負けたくて、死なずに魔王を殺し続けていた男だ。なぜ、負けたことに納得していないのか。
「……自分には、負けたくなかったんだ。お前みたいなやつが、悪魔に魂を売った俺よりも強いなんて、信じたくない……お前は、俺であって、俺じゃないんだから……」
「お前だって……根っこは俺と同じなはずだろ!」
どんな経路であれ、病気で死に、仲間と魔王を倒したあの世界での出来事はどちらも経験しているはずだ。
「! ……そう、だな……俺もお前も、同じだった。どこで、間違えたんだろうな」
「はじめから間違ってたんだ。死んで、あの世に行かずにあの男に会っちまったところから、ずっとな」
「だな……もうお前に殺されるのは嫌じゃねぇよ。本望だ、俺もお前も偽物なんかじゃなかった。両方本物だ。その前に、話をさせてくれないか?」
「ああ、いいぜ」
「俺を殺したら、また魔王を倒す作業に戻るのか?」
そうだ、こいつは俺が救われたことを知らないのだった。
それを聞いたら怒るだろうか。伝えるべきなのか、伝えないべきなのか。
いや、ここは正直に応えよう。俺が経験したことを、伝えよう。
「俺さ、留まれたんだ。最初の世界に、ゼーレ、マフォ、アルテと、一緒に旅をしたあの世界に」
「懐かしい名前だな……もう、死んじまってるか」
覚えていたか。よかった、俺も、忘れかけていたからな。少し不安だった。
「でも、子孫は生きてる。あいつらにそっくりのな」
「そうか……ってことは、お前はその世界に戻るのか?」
「戻る、それで今、大魔王ってのが出てきて困ってるんだ。今の俺の目標がさ、あの世界を平和にすることなんだ。だから、絶対に倒す、倒さなきゃいけない」
「平和ねぇ……なら、尚更俺を殺すのはやめておいた方がいいんじゃないのか?」
今更命乞い……はないか。こいつはもうそんなことはしない。死を覚悟している。
「どういうことだ?」
「俺を殺しちまったら、力は手に入るかもしれないが、精霊の加護は無くなるぞ。現に今、俺の魔力を吸収しているお前の加護が薄れている」
魔力を吸収……そうか、この鏡の試練は自分を倒し、その魔力を吸収してパワーアップする試練なのだ。
魔力量が二倍、というだけでかなり変わってくる。それこそ、元の髪の色が変わるくらいには。
そして精霊の加護の消滅。そんなの願ったり叶ったりだ。これがあるから、俺は自分を人間と思えなかったのだから。
それに。
「死ねない、いや、死なない奴が命を奪って平和を目指すなんて、烏滸がましいにも程がある」
「上等だ、ひと思いに殺せ」
「あの世であいつらによろしくな」
「任せろ。……俺の魔力を頼む」
「頼まれた、じゃあな、俺」
グラムの柄に手をかけ、心臓の辺りに剣先を移動させる。
そのまま、真下に体重を入れる。
心臓を貫かれたユウトは、静かに笑いながら、何百年という長い英雄記に終止符を打った。
* * *
英雄の身体が光となって消えていくのを見守っているうちに、目の前に鏡が現れた。
これを通れば、元の世界に戻れるのか?
その前に。
「ありがとな、みんな」
「よせよ、仲間だろ。とはいえ、ピンチって聞いて駆けつけたはいいけど、この人数どうするよ」
そこなんだよな、呼んだのはいいけど、住む場所とか用意してないぞ。あとこたつも。
「うーん、みんなには悪いけど、しばらく魔袋の中に入っててくれないか? 近いうちにどうにかするから」
「了解、旦那、危なくなったらすぐ呼べよ」
「みんなー! とりあえず魔袋で待機だって!」
「おっけーおっけー!」
軽いなおい、ありがたいけども。
気さくな奴らばっかりでよかったよ、これでお堅い人ばかりだったら俺の精神がストレスでマッハ。
全員魔袋に入りきったし、帰りますかね。
鏡の前に立つと、俺の顔が鏡に映った。
髪は黒髪のまま、そういえば、俺の魔力色は黒だったな。だから髪色が変化しなかった。
なら、戻ってもあまり目立たずに済みそうだ。
俺はゆっくりと鏡の中に入った。
「ユウト! ……ユウト?」
「神裂くん! えっと、神裂くんですよね?」
戻って早々ミントと先生に顔を忘れられてしまったらしい。
数分しか経ってないんだろ? 物忘れ激しいんじゃないですか? 歳ですか?
「雄人、鏡見ろし!」
紫がかった髪色になった井ノ原が、俺の背後にある鏡を指差した。
って今雄人って言った? いきなり距離縮めますねあなた。
「ったく、何を驚い……て……」
振り向くと、そこには白いメッシュのように一部分だけ白くなっている髪の毛をした男がいた。というか俺だった。いや別に吸血鬼になったわけじゃない。
「……え、え? なにこれ」
俺の魔力色は黒だろ? 何でこんな、しかも一部分だけ……髪の色が変わるとしたらもっと全体的に変わるはずだ。こんなの前例がない。これでは漫画の主人公である。デュエルしそう。
「神裂雄人も覚醒……と。特殊な覚醒の仕方だな、あとで調べるか。よし、Bランクで試練に失敗した者で再試験をしたい者は前に出てこい!」
なんか不穏な言葉が聞こえた気がする。いや聞こえてない、きっと幻聴だ。白ユウトが悪いんだ。
ん? 白ユウト? この髪の色、どこかで見覚えがある、というか、ついさっきまで見てた色だぞ。
「わ、私やります!!」
「僕も!!!」
髪色に困惑していると、藤沢と相良が再試験を申し出た。よかった、克服したか。
それはいいんだがこの髪が、なんだ、やだよこれ、みんなと違うじゃん。目立つじゃん。みんな自然な感じにカラフルなのに。
「他には?」
「……」
あ行の五人は顔を伏せてリビアルと目が合わないようにしている。あいつらは、克服できなかったか。
「では、藤沢から試練を始めろ」
「は、はい!」
その後、藤沢、相良と順番に覚醒し、同じ部屋全員が覚醒に成功した。
今までの強さとはまるで違う、新しい強さを手に入れた俺たちは、BランクからSランクへ昇格した。
そしてAランクはSランク。SランクはSSランクへ、覚醒者総勢二十名、半分近くの生徒が、死の痛みというトラウマを抱えたまま、夜を迎えた。




