天使か悪魔か
夕飯を食べた俺たちは、兵士に案内され、クラスメイトが最初に召喚された地下室に移動した。
そして、もう一段下に降りる。ここからさらに地下に進むと、俺の剣で傷がついた壁がある。
「……全員いるな? よし、Aランクから順番に並べ」
リビアルの横に置いてある物は、鏡だった。
巨大な姿見は、クラスメイトたちの顔を反転して写している。
「Sランクはどうすりゃいいんだよ」
「お前たちはただ見ているだけでいい、これから起こる光景を目に焼き付けておけ」
「なんだよそりゃ」
金町は頭を掻きながら笹谷たちの元へ戻る。そして指示されたことを伝えはじめた。
その言葉を聞いた笹谷は顔を曇らせた。危害は加えないと、そうリビアルと約束したのだから、安心していいはずなのに。
「これから一人一人この鏡の中に入ってもらう」
「鏡の!?」
元々騒がしかった集団がさらに騒がしくなる。鏡の中に入る、さらに現実味のない話だ。
俺も驚いている。この世界にそんなものが存在していたのかと。
「この試練の名は鏡の試練。鏡の内側にはもう一人の自分、今の自分のコピーが配置される。もちろん強さは同じだ。自分と戦い、戦いの中で成長した者のみ、勝つことができる」
「……負けたら?」
「安心しろ、死にはしない、何も手に入れずにここに戻ってくるだけのことだ」
これで満足か? とでも言うようにリビアルは笹谷を見る。不満そうな笹谷の周りには既に兵士が数人配置されていた。
クラスメイトも死なないことに安心したのかほっと胸をなでおろしている。
「皆、武器は持っているな。ちなみに、鏡の中の世界は現実よりも時が経つのが早い、長くても数分で戻ってくるはずだ。それでも時間はかかるため、明日の稽古は昼を過ぎてからにさせてもらう」
四十人から五人抜けて三十五人、一人ずつ鏡の試練を受けたとしても終わるのは真夜中になる。
つまりまあ何が言いたいのかというと、俺ピンチ。
コピーだろ? ってことはCランクの神裂雄人ではなく、英雄であるユウトが出てくることになる。
まず勝てない、無理だもの。どうやって勝つの。
「一人目、入れ」
「は、はい!」
短髪の男が剣を片手に鏡に触れる。
その手は鏡にぶつかることはなく、鏡の中に入る。手の入っている場所からは、水銀のように波紋が広がっている。
「行ってきます」
覚悟を決めた男は、片足を入れ、続けて身体も鏡の中に入れた。
完全に見えなくなった男を見たクラスメイトが息を呑んだ。自分も、この中に入るのかと。
ガシャンと、背後で音が鳴った。
クラスメイトたちは鏡に集中していて、音には気づいていないようだ。
ちらりと後ろを見ると、入口の鉄格子の扉が閉じているのが見えた。そう、完全に閉じ込められたのだ。
そうなると、ただの試練ではないな。なぜ逃げ道を塞いだのかは、あと少しで明らかになる。
「……出てきたぞ!」
やることもなく、友達同士でだべっていたクラスメイトの一人が、鏡から男が出てきていることに気がついた。
その男の目には、数分前までの光は無く、歩きも無気力だった。
「赤木!」
「……ああ」
赤木と呼ばれた男は、完全に鏡から出ると、壁際に移動し小さく丸まってしまった。
「失敗か……次だ、準備しろ」
「待ってください! なんであんなことになっているんですか!? 普通じゃないです!」
「……負けたということは、一度死んだということだ。普通でいられるはずがないだろうに」
「……っ」
先生がリビアルに赤木の状態について聞いたが、返ってきたのは淡白な答えだった。
皆、気づいていないのだ。負けるということは、死を経験するということ。自分に勝てない人間は、その場で死ぬ。
常人が、死に耐えられるはずがない。
「中止だ! こんなもの、認められるか!」
「確か、危害を加えなければいいという約束だったな。どうだ? 俺が危害を加えたと思うか? こいつは自分に負けたんだ、自分に勝てない人間なんて、この国には必要無い」
悔しいかもしれないが正論だ。
今回の魔大陸での狩りの成果で、成長具合を見ていたのだろう。
そして切り捨てていい人間が過半数を超えた。それだけの事だ。
どっちにしろ、この試練を乗り越えなくては大魔王には勝てない。
「離してよ! 自分で行くってば!」
嫌がっているクラスメイトを兵士が取り押さえる。
次に行くであろうポニーテールの女子が、兵士に無理やり鏡に投げ込まれそうになってギリギリのところで踏みとどまった。
そして、深呼吸をし、鏡の中に身体を通した。
「死ぬ……死ぬのか……? どうせなら、ここで殺してもらった方が楽になれるのに……」
「落ち着けよ、勝てばいいんだ」
頭を抱えている友に寄り添う友。いいねぇ、友情ごっこもたまには泣かせてくるじゃないか。
まあ、勝てなきゃゴミ扱いだけども。
数分が経った。時間が経つにつれて、生徒の視線は鏡に集まっていく。
ガタッと姿見が音を立てて揺れる。
「飯田……? なんだ、あれ。光ってるぞ!」
飯田という女子生徒が鏡からスタスタと出てくる。
鏡から出切った飯田は、身体中に黄色く光るオーラが漂っていた。
ポニーテールはオーラによってふわふわと浮き上がっている。
はっきりは見えないが、真っ黒だった髪の毛が、黄色みがかった黒に変わっている。
あれが本来の魔力色か。
「すごい……魔力が、みなぎってくる……」
本人が口に出した通り、普通ではありえない量の魔力を飯田は身体に纏っている。
その光る魔力は、少しずつ身体に吸収され、見えなくなった。
「成功だ、覚醒おめでとう。心から祝わせてもらうよ」
「……ありがとうございます」
なるほど、自分に勝つと魔力が一気に増えるのか。
これはまたとないチャンス。魔力不足が戦力低下の要因であるBランクチームは、この試練を超えることでSランクにも届く実力を手に入れることができる。
「すげぇ……勝ったら、あんなことになるのかよ」
生徒達は、たった数分のうちに希望と絶望の両方を与えられた。
実際に目の前で力を手にした人間がいて、自分もそうなれるチャンスがあるとする。
それだけでも、挑むことへの抵抗は減るはずだから。
「さて、次は誰かな」
いつかやろうと思っていたのだろう。リビアルが心底楽しそうに鏡に手を掛けた。
たった数分で決まる地獄と天国、その扉が、ゆらゆらと部屋を写し出した。
100話になります。ブクマ等していただけると嬉しいです。




