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01-01 落下で始まる物語

 あっという間の出来事だった。

 いや。嘘は良くないね。


 実際には、

「あーーーーーっ!!」

 と、叫んだ後、エスプレッソを飲むくらいの時間はあった。


 時間はあったのだが、しかし、時間があったところで、あー!と叫んだところで、状況は変わらない。


 ダンジョンに薬草を取りに来て、足を滑らせて崖から真っ逆さまに落ちている。という事実は覆せないのだから。


 朝早くから採取していた薬草をいっぱいに詰めたカゴを抱きかかえて落ちていく。

 カゴなんか持っていても助かるわけがないのだが、恐怖を堪えるかのようにカゴを強く抱きしめる。


 39年間の人生が走馬灯のように浮かんでは消えていく。


 孤児院で育ち、親のことは知らない。

 魔物が街に攻めてきた時に勇敢に戦って死んだと、孤児院を出る時に院長から聞いたが定かではない。

 旅立つ俺に誇りを持って欲しくて言った嘘なのかもしれない。


 薬草と鉱石の採取が異常に得意だったので、それを仕事にした。周りからは神の手とか言われたよ。自作自演疑惑も掛けられたものだ。


 魔法使いになりたくて修行もしたのだが、魔力がほぼ無かったので身にならなかった。

 一応、汗よりも少ない量の水を出したり、静電気より弱い電気を出すことは出来たけどね。


 独身なので家族はいない。死んでも、悲しむ人が少ないのがせめてもの救いかな。

 タンスに隠してある俺の全財産はどうなっちゃうんだろな。半年は遊んで暮らせるくらいのお金があったはずだ。


 ⋯⋯こんな事になるなら、お姉さんと遊べるお店に行っておけば良かった。

 店の前までなら、毎週のように行ってた。

 客引きの兄ちゃんとはすっかり顔なじみさ。

 でも、最後の一歩が出なかった。


「やだー!童貞のまま死にたくなーい!!」


 思い出した!

 俺は童貞のまま死んで、異世界転生したんだった!


 異世界転生について、博識な諸兄はご存知だろうが、ご存知ない方のために説明しよう。

 冴えない主人公が不慮の事故で死亡。異世界の神に導かれ、ファンタジーな世界へと転生する。チートなスキルで魔王を倒し、ハーレムに至るというのが、異世界転生の定番である。


 記憶が次々に蘇り、前の人生を思い出した。


 名前は、日下鉄平(くさか てっぺい)

 東北の田舎で生まれ、高校までは地元の公立学校へ通った。

 中学までは勉強しなくてもそれなりの成績だったため勉強する習慣が身に付かず、高校では下から数えた方が早い成績になった。大学は関東の三流私立大学へ行った。


 性格は引っ込み思案で、人見知り。アニメとゲームが好きで、夜更かししては深夜ラジオを聞いていた。


 大学では情報処理を専攻していたので、何となくIT関係の会社に就職した。所謂、底辺の超ブラック会社だった。

 大手企業の子会社から開発の仕事を請け負っている底辺の少し上のブラック会社に派遣され、栄養ドリンク片手に、毎日深夜まで死にそうになりながら働いていた。

 カノジョ?なにそれ、右手のこと?


 そして、徹夜明けの帰り道に意識を失い、眠るように死んだ。

 40歳の誕生日のことだった。


 そして、女神様に出会った。

 圧倒的な光に包まれた空間だった。神の姿は見えず。ただ、声だけが聞こえた。


『てっぺータん。あたチはかみタまでツよ。あなたはチんでチまったのでツ。おくやみもうチあげまツ』

 まさかの、舌ったらずな幼女声の神様だった。

 えーと、さ行がた行になっちゃうのかな?


『チんだあとは、ツみやかにてんテいするのがよのことわりなのでツが、あなたにはとくべつに、もうひとつのテんたくチがありまツ。それは、いテかいにてんテいツることでツ』


 なるほど。死んだら速やかに宣誓するものなのか⋯⋯意味が分からん。てんていってなんだ?天帝か?

『てんていタまには、タまをつけなタい!てんテいでツ!て、ん、テ、い!』


 どうやら、口にしなくても考えている事が分かるらしい。

 しかし、玉をつけろとか、舌ったらず過ぎて何を言っているのやら。

『むきー!』

 むきー!って子供か!神の威厳はどこにいった?


 しかし、てんていって何のことだ?せんてい?てんせい?

 まさか、転生なのか?異世界転生なのか?


『トうです!てんテいでツ!』

 異世界転生キター!!!


『あなたは、よんヂゅっタいまで、けがれることがありまテんでした。よって、いテかいにてんテいのけんりがあたえられまツた』

 ん?穢れるって何のことだ?


『つ、つまり。⋯⋯ドーテー。ってことでツっ!』

 幼女声で、ドーテー頂きました!

 恥ずかしがっている様子で小さな声だったが、むしろそれが良いんだよね。


 だかしかし、念のため確認しないと。

 贈呈って言ったのかもしれないしね。

『ドーテーっていったんでツ!このドーテーヤロー!』

 はい、別バージョン頂きました!ありがとうございます!

 今度はツンデレ風ですね。芸達者で宜しい。


 いや待てよ?

 まさか、同棲野郎か?俺は一人暮らしだが?

 これは、確認せねばなるまい。

 神様、同棲野郎とおっしゃったのですか?

『そんなんだから、死ぬまでドーテーなんだコラ!こいびととどうせいしてるからドーテーヤローってか?こいびとはみぎてだけどねってか?』

 やばい。壊れた。

 舌ったらずじゃなくなってるのは謎仕様だな。


 40歳まで童貞でいると、異世界転生できるのか。

 意外に多そうだな、童貞異世界転生者。


「異世界転生でお願いします!!」

 うむ、迷いようがない。

 生まれ変わるなら、憧れの剣と魔法とチートとハーレムの異世界に決まってる。


『じゃ、すきるをみっつあげるから。ふたつはもうきめといたから。〈くさむしり〉と、〈あなほり〉ね。もんくある?』

 ちょっと待て?草むしりと穴掘りだと?

 そんなスキルはいらん。

『みっつめのスキルで、あなほりとくさむしりをむこうにできるけど?』

 ちょっと待て。落ち着け。


 一度決めた、と言うか決められたスキルは取り消しはできないようだ。3つ目ののスキルは慎重に考えよう。

 定番では、無限収納のアイテムボックスか。

 でもアイテムボックスだけ持っていても、俺無双は実現できそうにない。土と草を無限に収納してもしょうがない。


 戦闘系のスキルが良いか?無限の魔力とか?変身できるのもカッコ良いな。


 1つしか選べないのだから慎重に考えよう。1つしか。

 ⋯⋯アレにすれば良いのか。


 決めたよ神様。


「何でもできるスキルをくれ!」


 さすがに無理かな?


『りょーかいでツ。トれでは、みっつめのツきるは、〈きあい〉でツ』


 きあい?


 気合か?


『トーでツ。きあいでツ。あたチのこころのおチチょうタまがいっていまチた。きあいがあればなんでもできる!ありがとー!』


 こうして、俺は異世界に転生した。


 憧れの異世界転生を果たしてから39年間か。

 すっかり忘れていた。記憶を無くした異世界転生なんて、意味無いから!普通に生まれたのと変わらないから!


 薬草と鉱石の採取が異常に得意だったのは、草むしりと穴掘りスキルのお陰だったわけだ。


 ここのダンジョンにしか生えない薬草を取りに来て足を滑らせて落下中なわけだから、スキルが役に立っていた反面、スキルで身を滅ぼすことになるとは。


 そういや、ここの薬草はエリクサーの原料になるんだっけ?転生前にやってたゲームだと、エリクサーって万能薬じゃないか?カゴ1つで500エーンで薬屋に売ってたけど、エリクサーの原料なら10,000エーンにはなるよな。店主に騙されたぜ。


 気合スキルは、転生後の人生では何の役にも立たなかったようだ。気合で魔法が使えたら良かったのに。

 自分で決めたスキルなだけに、残念過ぎる。


 幼女神様は、気合スキルがあれば何でもできると言っていたよな。

 正確には、心のお師匠様だそうだが。心の師匠がプロレスラーって、どんな神様だよ。


 ともかく、気合スキルに最後の望みをかけてみよう。

 39年間出番がなかったのだから、頑張ってもらわないと。


「気合スキルよ、何とかしてくれー!童貞まま死にたくねー!!」


 果たして、俺は水面に激突し、大きな音とともに、水しぶきが上がった。どうやら、崖の下には水があったようだ。岩や岩盤に激突する事にならなかったのは、不幸中の幸いか。


 入水の衝撃で、身体中の空気が飛び散るのを感じた。

 水深はかなりあるようで、体がどんどん沈んでいく。


 水面に顔を出して呼吸しなければと気持ちばかり焦るが、体が言うことを聞かない。焦れば焦るほどに、口から空気が漏れ、気が遠くなっていく⋯⋯。


 どのくらい経ったのだろうか。

 気がつくと、息苦しさが無くなっていた。


 ボンヤリする目で周りを見渡す。

 崖の下は光苔が群生しており、岩肌を幻想的に照らしている。足元にも光苔が生えており、まるで光る絨毯の上にいるみたいだ。

 俺が落ちたと思われる川は、両手を広げたくらいの川幅があり、澄んだ水が穏やかに流れていた。


「助かった⋯⋯のか?」

 両手を体の前に差し、手のひらを見る。

 怪我ひとつない、半透明の手のひらだった。


「なんだこりゃー!」


 足を見る。半透明だ。

 靴とズボンは脱げたらしい。


 腹を見る。やはり、半透明だ。

 服も脱げている。つまり、全裸だ。


 顔は分からないが、恐らく半透明なのだろう。

 手で触ると感触はあるのだから不思議だ。


 「うーむ?」

 半透明に見えているのは、透視の魔法を気合スキルでゲットできたと考えれば納得だ。これで女湯だって覗き放題さ。

 だけど、透け過ぎて体の中が見えちゃったらどうしよう。骨が見えちゃったら萎えちゃうなきっと。


 とか考えているうちに、落ち着いてきたよ。異世界転生を経験しているからか、メンタルが強くなったかもね。異世界転生しといて良かった。


「我の領域にレイスめが侵入したかと思って来てみたら、初めて見る魔物だのう。いや、人族か?お前は何者だ?」

 氷のような声とはこの事か。

 威圧感のある声に、心臓がギュッと掴まれたようだ。


 振り返ると、青白い顔の紳士然とした男がいた。

 貴族様のような豪華な服に、シルクハットなんて被ってさ。

 おや?口から鋭い大きな牙が出ているよ?

 転生前にホラー映画で見た吸血鬼にそっくりだね。


 これが、俺と吸血鬼(バンパイア)ドゥーラキューラとの出会いだった。

次回の更新は、2017/08/27 AM6時の予定です。

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