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幽霊の正体は枯れ尾花なのかどうかは確かめなければわからないよね

作者: ハルナガレ

「暇だし今から肝試しに行かない?」


「一人で行ってこい」

 深夜惰眠を貪っていた俺は電話でたたき起こされ、緊急な電話かと思い電話に出てみたら要件はなんともくだらない内容だった。


「えー酷いなあ。女の子を夜中一人で行かせるの? 甲斐性なし」


「大学生にもなって肝試しとかねーだろ。それになんだよ今からって。急すぎだろ」

 電話に出る前にスマホで時間を見たがもう夜中11時半だったはずだ。


「いや思い立ったが吉日って言うじゃん。昔のアルバム眺めてたら裏野ドリームランドに一緒に行った時の写真があったのよ。小学校の頃あんたと一緒に行ったあの遊園地だけど覚えてる?」


「あ~あの潰れた遊園地ね。覚えてるよ、確か10年くらい前に行ったやつか。1日で全アトラクション制覇できるほどショボかった遊園地だったよな」

 メリーゴーラウンドやジェットコースター、ミラーハウスと基本は押さえていたがどれもレベル低かったんだよな。一回行ったら飽きる程度だから俺達も一回しか行ってない。その程度の遊園地だった為、2年ほど前閉園となっている。


「そうそうあのショボかった遊園地。でもさ、当時の私達ってアトラクションよりも別の事に夢中になってたの覚えてない?」


「あ~もしかしてあれか? 当時噂になってた裏野ドリームランド6不思議。子供が消えるだのジェットコースターで人が死んだの拷問部屋があるだの」

 俺らがガキの頃、何故かあの遊園地には学校の怪談みたいなものがあった。記憶があやふやだが確か6個あり、どれもろくでもない内容だった気がする。子供的には怖い内容だったが、俺はどれもそれは根も葉もない噂に過ぎないことを知っている。なにせ、


「おい、その6不思議なら昔お前と一緒に遊園地周りながら全部確認済みだろ。今更また再調査するのか」

 当時こいつは何故かその6不思議に興味津々で絶対ここには何かあると言い張り、噂の場所を一つ一つ念入りに調べたが、噂されるような怪現象は一切起きなかった。


「ふっふっふ、アキラは情報が古いわよ。裏野ドリームランドなんだけど最近新しい噂が流れてるのよ」


「新しい噂?」


「ええ、今年になってから出来た7番目の不思議。誰もいないはずの観覧車のそばに近づくと『出して…出して…』と苦し気な声が聞こえるみたいなの」


「閉園して2年しか経ってないのにもう新しい怪談ができたのかよ。しかしありがちと言えばありがちな怪談だな。―――で、わざわざ呻き声聞くために今から行こうってのかお前?」

 場所は確かここから車で行けば2時間位か。今から行けばちょうど丑三つ時で肝試しに行くのにちょうどいいかもしれないが……面倒臭いな。よしここはきっぱり断ろうと俺が思ったら玄関からチャイムの音が鳴った。まさかと思いながら俺は玄関のドアを開けると、


「おはようアキラ! さあ行こうか!」

 俺の眠りを妨げた奴が、夜中なのに輝くほど良い笑顔しながらそこに立っていた。


「ったく、お前はいつもいつも強引なんだよこの自己中め」  

 あの後強制的に俺は車の運転を強要され、現在午前2時前に俺達二人は裏野ドリームランド跡地に到着した。真っ暗な中俺達は懐中電灯の明かりを頼りに散策している。

「そう口では言いつつもアキラは毎回あたしに付きってくれるのよね」

 

「仕方なくだろ。お前が俺を巻き込むからだ」

 まあなんだかんだ言って昔からこいつに振り回されっぱなしなんだけど強く拒否できないのは、俺もこいつと一緒にバカやるのが好きだからだ。幼い頃人見知りなせいでいつも一人ぼっちだった俺を、こいつだけはいつも一緒にいてくれて、俺のそばにいてくれた。いつも俺の前を走り、俺はそれについて行ってばかりだったけど、こいつがいなければ俺は悲惨な青春を送っただろうなのは間違いない。間違いないが……それをこいつに言ったら調子に乗ってさらに俺を振り回しそうだから言わない。


「久しぶりに来たけど……流石新しい怪談が生まれるだけあって中々雰囲気あるわね」 


「元々6不思議なんていう怪談があった遊園地跡地だしな。しかもこんな夜中ならなおさらだ」


「意外ね。アキラはこんな所きたらもっとビビると思ったのに」


「昔はともかく、今はもうビビらねーよ。大体昔あった6不思議も探したが見つからなかったし、どうせ今回のも同じだろ」

 遊園地に侵入し、目的の観覧車を目指しながら俺達は歩いているが、肝試しに自分から誘うだけあってこいつ全くビビってないな。俺は人がいない真夜中の遊園地ってのがとても不気味には感じているってのに。さっき懐中電灯が照らしだした不気味に笑っているピエロ像なんか不意に見たせいで思わず声上げそうになった。でもこいつの前で実は少しビビってますなんてバレたら鬼の首とったごとくからかわれるのは目に見えてるから必死で誤魔化す!


「……ふうん、アキラは信じてないんだ」


「信じるもなにも、10年前その手の噂がガセなのを一緒に確かめただろうが。ほらそこにあったミラーハウス、あそこは入ったら別人と入れ替わるってやつだったか? あそこもお前と一緒に行ったが何も起きなかったじゃないか。」


「わっかんないわよ~。もしかしたらあの時あなたが気付いてないだけで私入れ替わったのかもしれないし」


「そうか、じゃあお前偽物?」


「そうなのでした~」


「マジか? じゃあ確かめてやる」

 俺は自称偽物の髪の毛を引っこ抜いた。


「いた! ちょ、何するのよ」


「偽物なら髪の毛を抜くとその髪の毛が変質するらしいじゃないか」

 俺は引っこ抜いた髪の毛を眺めて見た。何も変化が起きていない。


「なんだ、やっぱりお前本物じゃないか」


「それ違う! その見破り方怪談とかの入れ替わりとかと違うから!」

 恐怖をこいつをからかうことでやり過ごしながら歩き続けていたら、目的地である観覧車が見えてきた。

 懐中電灯で照らしてみると、所々錆びついていて動かなくなって結構経っているのが伺える。かつては多くの子供達やカップルを乗せて回っていたのだが、動かなくなった今ではただのオブジェだ。


「アキラ、もうすぐ到着するわね。新しくできた7番目の不思議、誰もいないはずの観覧車から『出して……出して……』と苦し気な声が聞こえてくる」


「……何も聞こえないな」

 いや例え聞こえたとしても好き好んでそんな声聞きたくはないが。


「まだ観覧車から距離あるもの。もっと近づいたら聞こえるかもしれないわね」


「そうだな……」

 目的地を目の前にし、少し怖くなってきて俺の足は少し重くなった。

 しかしこいつは俺のそんな小さな変化を見逃さなかった。


「あらあら~、アキラやっぱり怖くなったのかな~。ちょっと足がすくんでない~?」


「ば、馬鹿言うなよ。暗いから慎重に歩いてるだけだ」


「さっきからずっと暗いけどね~」

 

「だ、大体だな。今更怪談とか信じてないんだよ! 幽霊の正体枯れ尾花と昔から言われてるように、今回新しくできた怪談も誰かがくだらない出来事を怪談と勘違いして広まったに決まってる」


「へえ、じゃあ聞くけど観覧車から苦し気な声で『出して……出して…』というのはどういう勘違いから生まれるの?」


「へ? あ~それは、あれだ。きっとこの遊園地に忍び込んだカップルが動かない観覧車に侵入し、そこでおっぱじめたんだよ。そこで絶頂を迎えそうになった女が男にそんな台詞を言って、たまたま肝試しに来ていた別の奴がそれを聞いて」


「……」

 

「……はい、ごめんなさい」

 最後まで言い終わる前に、隣から来る無言で俺をゴミでも見るような視線に耐え切れず俺は謝った。……まあ流石に例えが酷すぎたか。しかし幽霊なんかいるわけないし、何かが原因でそんな勘違いが起きたのは確かだろう。今回の肝試しも10年前と同様、何も起きずに終わるだろう。




 そう思っていた時期が、俺にもありました。


 



「出して…出して…」

 



 動かなくなった観覧車。その中の地面に一番近い観覧車から、子供のような声で噂通りの台詞が聞こえた。





「……」 

 観覧車の目の前で、俺達は揃って無言で固まっている。横を向くと、さっきまでの余裕な表情が消し飛んでいて、目を見開き驚愕な顔をして観覧車を睨んでいる。俺も多分似たような表情をしているんだろうな。だって……噂がガチとか嘘だろ!


「ね、ねえさっきのあんたの話なら中にいるのはカップルなんでしょ。ラブホ行きなさいとあんた注意しにいきなさいよ」

 

「いやいやいやいや! これがそんなわけないだろ! おっぱじめてるなら観覧車ガンガン揺れてるだろ! 全く動いてないじゃん! これガチじゃん!」

 顔を引きつらせながらもからかうこいつに、俺は全力でつっこみを入れる。いやつっこみポイントおかしいとはわかっているが、頭がパニックでそれどころではない。軽い気持ちで俺達ここまで来たが、観覧車の目の前に来た瞬間観覧車の一つからこんな声が聞こえてくるとか勘弁してくれ!


「出して…助けて…助けてください……」


「おい、まさかのガチだこれ! はやく逃げようぜ!」


「……ちょっと待って」

 観覧車からなおも続く幽霊の声に俺は完全にびびり、俺ははやくこの場から逃げようとしたら待ったをかけられた。


「……今声がした後観覧車が少し揺れた」


「だから何だよ! それも心霊現象だろ! まさかさっき俺がいったことを信じてるのか!」 


「ちょっと黙ってて!」

 ビビる俺とは違い、鋭い声を出して俺を黙らせた。さっきまでは驚愕な表情で観覧車を見ていたのに今は訝し気な表情で観覧車を見つめている。 


「助けて…ここから出して……」

 

「やはりおかしい……」


「……何がだよ」

 冷静になって観覧車を凝視しているこいつを見ていたら、俺も少しだけ冷静になってきた。……俺だけビビっているとか情けないという気持ちが働いたせいでもある。


「確かに噂通りの事が起きてるけど……さっきから出してってだけでなく助けてって言ってる。そしてよく見たら声と同時にほんの少しだけど、声がした後観覧車が揺れている」

 

「……それが?」

 改めて俺も観覧車を眺めて見る。依然として観覧者から声が聞こえるが、こいつの言う通り声と同時に観覧車が揺れているな。


「助けて…誰か…」

 

「……ねえ、最初は出してだけど今は助けてって言ってる方が多くない?」


「……確かに」

 噂ではここで苦し気に出してという声が聞こえるという話だった。噂通りそれは今聞こえてるが、噂では助けを求める声が聞こえたというのは無かった。


「……まさか!」

 ある考えに至り、俺は思わず叫びながら観覧車に近づいた。横を向くと俺と同じ考えなんだろう、こいつも必死な表情を浮かべ俺と一緒に観覧車に向かっている。

声が聞こえる観覧車に近づき、ドアに手をかけるが開かない。よく見ると何か紐のような巻かれドアが開かないようになっていた。

 二人でそれを解いた後俺達は観覧車のドアを開けたら―――中に子供が一人、蹲っていた。


「大丈夫か! しっかりしろ!」

 俺は子供を抱きかかえた。懐中電灯で照らしだされた顔を見ると、どうやら女の子のようだ。苦し気に表情を歪め、暗い為顔色ははっきりわからない。しかし俺の声はわかるようで、弱弱しく「大丈夫……」と呟いた。


「アキラ、その子を早く外に!」

 

「わかった!」

 俺はすぐに女の子と一緒に外に出ると、近くにあったベンチに女の子を寝かせた。何時からあそこにいたのかわからないが、女の子の恰好は……酷いというレベルではなかった。暗いのではっきり見えないが、さっき観覧車の中を照らした時見えたのは女の子と空になったお菓子の袋と中身が入っているペットボトル。そして観覧車の中で満ちていた……異臭。おそらくこの子が汚れているその原因は……。そこまで想像し、ひどく衰弱し横たわる女の子に俺は目を背けた。

 

「すまないが、この子を頼む。俺でなく、お前の方がこの子も安心すると思う」


「……ええ。アキラは警察に電話して」


「ああ」

 持っていたペットボトルの水で濡らしたハンカチで女の子の顔を吹いてる様子を横目で見た後、俺は二人に背を向けて少し離れた所で警察に電話した。最初夜中に潰れた遊園地に侵入したという話に注意されたが、女の子が監禁されてたという話をすると向こうも驚き、すぐにこちらに向かうと言ってきた。近くの者を回すようで、早ければ10分後には来ると聞き、女の子の容態も考え一緒に救急車もお願いして電話を切った。

 電話を切った後、俺にある疑問が生まれた。

 女の子が観覧車に監禁されてた事に驚きパニクっていたが……そもそも何故女の子がここに監禁されていた?

 いやそれは誰かがこの子を誘拐とかしてここに閉じ込めたからだろう。

 ならその誰かとは? そしてその誰かとは今いったいどこにいる?

 俺は猛烈に嫌な予感がし、背中を振り向いた。


 手に持っている懐中電灯に照らされた先に先ほどまで同様、あいつは女の子の体をハンカチで吹いていた。そしてあいつの後ろに


 棒みたいなものを両手で掴み振り上げている男がいた。


 いつからそこにいたのかはわからない。


 ただ薄汚れた格好しているその男の顔。怯えたような表情ながらも狂気を感じ、そしてその男が手に持っている棒で何をしようとしているのかは一瞬で理解できた。

 男も急に俺が気付き照らされて驚いたのだろう、俺を見て顔を歪ませて舌打ちしたがすぐに顔を俺でなくあいつの方に向けた。


「だあああ!」

 男が顔をそむけた瞬間、俺は手に持っていた懐中電灯を全力で男に向かって投げた。自分でも驚くほど豪速球で投げた懐中電灯は男の顔面に当たり、男は顔を抑えよろめいた。


「逃げろ!」

 ようやく事態に気付いたのか、あいつは俺の叫びといつの間にか後ろにいた男に驚いたのか俺と男を交互に見るも、動かずその場に留まっていた。何やってるんだと! と叫びそうになったが、あいつは必至な形相で女の子を抱きしめ、女の子を男から守ろうとしている。

 しかし男はあいつのそんな行動を嘲笑うかのようにあいつに襲い掛かった。再び男は棒を振り上げ、あいつ目掛けて棒を振り下ろした。


「あああああ!」

 しかし男の凶器があいつに当たるより前に―――全力で走った俺の手があいつを突き飛ばした。

 

 そして


「っがあ!」

 男が振り落とした凶器はあいつでなく、代わりに俺の頭に当たった。

 今まで経験したことの無いような衝撃が俺の頭に走り、急激に意識が遠くなる感覚が俺を襲った。痛いとかそういうのではなく、ただ全身から力が無くなっていく。このままこの感覚に身を任せていたら気持ちよく意識を手放せるのだろう。

 しかしそうしてしまったら……この男は次に何をする?

 さっきこの男はあいつを襲おうとしていた。それを俺が今阻止したが……俺が気絶した後、男がその続きをしない?


 そんなわけあるか!


「が、があ……」


「アキラ!」

 手放しそうになる意識を、必死で俺は繋ぎとめる。倒れこみそうになるのを必死で我慢し、立ち続ける。そうしてふらつく視界で見た先に、男がまだ倒れない俺に向かってくる姿と……叫びながら男を止めようとするあいつの姿が見えた。


「っく、馬鹿……逃げろ…」

 しかし男は近づくあいつをうっとおしそうに足蹴して地面に転がした。そしてあいつと俺、交互に見た後俺が立ってはいるがふらついて動けないのを見ると、薄笑いを浮かべた後あいつに顔を向けた。瀕死な俺より先にあいつを先に始末しようと考えたようだ。


「…や、やめろ……」

 男が凶器を振り上げながら一歩一歩あいつに近づいていく。距離を詰められ、その凶器が振り下ろされたら


 あいつはどうなる?


 それは決まってる。そうなったらあいつは―――


「やめろー!」

 一瞬でも考えたある仮定、その仮定は俺に理性というものを吹き飛ばした。俺の頭はもう思考をするのを止め、ただただ男目掛けて突き進む。

 突然走り出した俺に男は驚き、慌てて体をこちらに向け振り上げていた凶器を俺に振り下ろした。ただ突進する事だけ考えていた俺はそれを避けようともせずそのまま男に突撃した。


「があっ!」

 それは俺の捨て身の気迫が男を怯ませたのか、たんに狙いが甘かったのかはわからないが、男の凶器は俺の頭でなく左肩に当たった。痛みというよりただ衝撃が俺の体を再度襲うが、


「ああああああああ!」

 俺はただ叫びながら男に近づき、爪が掌に食い込むほど握りしめていた右拳を男の顔に叩き込んだ。

 男は俺に数メートル殴り飛ばされ後大の字で横たわった。男が手放した凶器を取り上げ数秒ほど眺めるも動く様子はない。どうやら気絶したようだ。


 それを確認したら―――俺は足の力が抜けて地面に倒れこんだ。

 あいつが何か叫びながらこっちに近づいているが、何を言っているかわからない。

 ただ俺は笑みを浮かべると目を閉じ、再び急速に意識が無くなる感覚に身を任せた。


 



「頭部損傷、肩にも打撲痕があります」


「頭を強く打たれている。慎重に運べ」

 周りが騒がしく、眩しい光を感じたので俺は目を開けた。最初頭が霞がかかったようにはっきりしなかったが、


「いてっ……」

 急に頭から痛みが走り俺は思わず呻いた。いや頭だけでない、肩からも激痛が走っている。


「君、気がついたのかい!」


「……はい」

 激痛で呻く俺に、横たわる俺の横で屈みこんでいるおっさんが俺に声をかけた。


「あの…俺は……」

 何でこんな所で倒れているんだろう? そう最初疑問に思ったが――


「あ、ああ! 俺、確か!」

 

「き、君! 落ち着きなさい!」


「落ち着けるかよ! あいつは! あいつは無事なのか?」

 俺は頭の痛みと肩の痛みですぐに思い出した。そうだ、俺は怪我したのはあいつを守る為だったんだから! 男は気絶したが、俺が気絶した後はどうなった!?


「あいつ? もしかして君の言っているあいつとはあの子達のことかな? それなら」


 緊急隊員と思われるおっさんが最後まで言い終わる前に、


「あーちゃん!!!!」

 

「ぐえっ!!」

 泣いてるような声を出しながら叫んだそいつはおっさんを突き飛ばした。吹き飛ぶおっさんにびっくりするも、


「よかった……あーちゃんが生きててよかった……本当によかった……」

 俺の胸に顔を埋め泣きじゃくる幼馴染の姿に俺はただ驚き戸惑った。あーちゃんは俺が小学校高学年まで呼ばれていた俺のあだ名だ。男がちゃん付けのあだ名で呼ばれるのがなんとなく恥ずかしくなったから名前で呼ぶようにしたのだが……まさか幼児返りさせてしまうほど心配かけてしまったのか? 


「あれ?」

 泣きじゃくる姿を見て心配ないと言おうとしたら……何故か知らないが俺も両目から涙が流れた。しかしそれは俺の胸で泣きじゃくる幼馴染――桜の姿を見ると止まらなかった。


「はは、どうしてだ? 俺もさっちゃんの姿を見たら涙が止まらねえ」

 桜が俺をあーちゃんと懐かしいあだ名で言うせいだろう、俺も桜を昔のあだ名で呼んでしまった。しかし何故だろう、今はこう言うのが一番良いと思えるのは。


「あーちゃん……」

 相変わらず泣きながら桜は俺を眺めている。俺はその無事な姿を見て、本当に心から安堵した。しかし桜の泣き顔なんて初めて見た気がするが……泣かせてる原因が俺とはなあ。


「馬鹿、どうして…どうしてあーちゃんあんなムチャしたの! 私を置いて逃げればあーちゃんは無事だったかもしれないのに」

 おいおい、ムチャ言うなよ。


「……何言ってやがる。さっちゃん見捨てて逃げるとかありえないだろう。それにさっちゃんだけでなくあの子もいたし……あ、さっちゃんあの子は」


「うん、あの子ももう救急車で運ばれてるよ。酷い状態だけど命には別条はないって」


「そっか、それは良かった。で、さっきの話だけどさっちゃんが危ない目にあっているのに、俺が逃げるとか絶対に出来るわけないだろ」


「逃げてよ……私の代わりにあーちゃんが危ない目にあうなんて嫌だよ……」

 

「その台詞、そっくりそのまま返すぞ。……なあさっちゃん、俺はずっとお前が差し出す手を握って後をついてきたけどさ、こういう時ばかしはお前にその役目を譲れないんだよ」

 いつも桜は俺の前を歩き、優柔不断な俺を引っ張てくれた。でもな、そんな俺でもどうしても譲れない一線があるんだ。

 俺は上半身をなんとかして起こす。頭や肩に再度激痛が走り、桜や周りの人達は寝ておきなさいと言うがそれを無視し、俺は桜の体を抱きしめた。


「あ、あーちゃん?」

 急に抱き着かれた桜は戸惑っているが、いつも俺の手を引いてくれた桜の体は、抱きしめると華奢で儚くて。


「今までずっと俺の為にありがとう。でも俺ももう昔と違い強くなったからさ。これからは俺もさっちゃんの手を引いて歩けるようになるよ。だからさっちゃん、俺とずっと一緒にいてくれよ」

 ……胸に生まれた言葉を出していったら、なんか告白っぽくなったというか、これ告白そのものじゃねーか。

 でもいいや、俺の胸で泣きじゃくる桜の姿を見たら、どうしても愛おしく見えてしまったのだから。

 抱きしめているせいで桜の表情が見えない。ただ俺の告白を聞いた桜は、肩越しでまた泣きじゃくりだした。


「……うん、私もあーちゃんと一緒に、ずっと一緒にいたい」

 泣きながら桜は俺の体をぎゅっと抱きしめ、俺も桜の体を強く抱きしめ返した。



























 アキラが変態を殴り倒し気絶した後、私は変態に近づき容態を確かめた。アキラのパンチは強力だったようで、男は完全に気絶している。この様子だとアキラが呼んだ警察が到着するまで気絶したままだろう。私が何か処置する必要はなかった。よかったわね、下手に意識あったら死んでもらってたわよ、あなた。

 次にアキラの容態を確かめる。頭の怪我により出血は酷いが、命には別条がないようだ。そのことにほっとした私は、一応アキラを抱えてアキラを固いアスファルトの上でなく、少々汚いが観覧車前にあったカーペットの上に横にさせ、持っていたカバンを枕にして安静にさせた。頭の出血はアキラの服を漁り持っていたハンカチで押さえ止血した。

 最低限の応急処置をした後、衰弱して気絶した女の子も近くに横たわらせると私はその場を後にした。

 

「10年振り……か」

 ミラーハウスの前で思わずそう呟いた私は、苦笑した後中に入って行った。入り口には鍵がしてあると思ったが、ここに肝試しに来た誰かがこじ開けたのだろう、ドアは乱暴に壊れていた。

 中に入ってみると10年前から変わらない光景が広がっていた。その中を私は懐中電灯片手に進んでいく。そして奥まで進むと、


「そろそろ出てきてくれない?」

 そう私が呟くと、私の前面の鏡に映っている私が姿を変えていった。前面以外の鏡は今の私を映しているが、前面の鏡だけ子供時代の私が映っていた。正確には10年前の、このミラーハウスに来た時の私。


 このミラーハウスでドッペルゲンガーと呼ばれる魔物の私と入れ替わられた本物の桜である。


 10年前からこの鏡の世界で囚われている桜は、私に向かって


『ありがとう、あの子を助けてあげて』

 なんとも良い笑顔を浮かべて私にお礼をした。その姿を見た私は思わず眩暈がした大きくため息をついた。


「……あのさ。10年振りに私とあなたはここで今会っているのよ」


『そうだけどどうしたの』


「あの観覧車に監禁されてたあの子みたいにさ……あんたは出してって私に言わないの?」

 私の呟きに、鏡の前にいる桜はキョトンとした表情を浮かべ、


『何で? だって私がここにいるのは私がお願いしたからだよ?』

 本当に純粋にわからないという顔をした。それを私は見下ろしながら再度ため息をついた。



 ――お願いします、私と入れ替わってください――


 10年前、アキラと一緒にミラーハウスに訪れた桜からこう言われ、私は大きく戸惑った。この裏野ドリームランドに囁かれている不思議な怪談だが、半分はガセだが――半分は本当。

 このミラーハウスには私というドッペルゲンガーが住み着いていて、私も怪談と同様に入れ替わりを行おうとしていた。入れ替わられた側は鏡の世界で数年で発狂し自我崩壊を起こした後消滅というかなりエグイ末路を辿るのだが、それが私達ドッペルゲンガーの存在意義なので知ったことではない。

 そんな入れ替わられたら超悲惨な未来しかないというのに、この目の前の少女は自分から入れ替わりを懇願したのだ。


 ――お願いします!お願いします!――

 頭の中で何度も繰り返す懇願に私は戸惑いと共に興味を持った。この少女が何故か知らないが私に入れ替わってほしいようだ。興味本位にしては必死すぎるそのお願いに、


 ――そう、ならそうしてあげる。そして鏡の中で生涯後悔なさい――

 嗜虐心を込めながら私はそうつげると、桜と入れ替わることにした。入れ替わった桜は鏡の中に囚われ、私は桜の肉体を作り記憶をコピーした。私達ドッペルゲンガーの能力は肉体を似せるだけでなく、コピー者の記憶もすべてコピーすることが出来る。そしてコピーした記憶を読み、何でこの子が必死で入れ替わりをお願いした理由を知った。その内容に私は驚愕し、入れ替わった本物を見つめると本物は私を見つめ嬉しそうに笑った。


 ――残念ながら娘さんはもって後数年です――

 桜の記憶にある、泣き崩れた両親とそれを沈痛な表情で告げる医者の姿。桜はどういう病気は本人も知らないようだけど、両親と医者が内緒で話をしていたのを偶然知ってしまい、目の前が真っ暗になり絶望した。自分では何ともないと思っていても、自覚が無いだけでもう絶望的に悪くなっていたらしい。ある日母親から検査で少し病院に入院しなければならないと告げられ、桜はそれでもう自分は駄目なのだと悟った。

 そして絶望した桜だったけど、自らの死よりも気にかかることがあった。残された両親もそうだが、それ以上に桜は幼馴染のアキラを自分の死後どうなるのか気になった。おとなしく繊細で優しい幼馴染が、唯一の友達の私が死んだという悲しみに耐えきれるのか。 桜はそのことに思い悩んだ。

 そんな桜の下に流れてきた噂が、裏野ドリームランドの6不思議だった。ミラーハウスの入れ替わりの怪談に桜は縋り賭けてみようとした。


――もしかして入れ替わったら、私は死なないのかもしれない。入れ替わった人が私を演じてくれたら両親を、アキラを悲しませないかもしれない――

 そしてその賭けに桜は勝利したのだった。

 私もいくら肉体も記憶もコピーするドッペルゲンガーだとしても、死にかけの体をそのままコピーとかできない。この体で死んでしまったら、私も死んでしまうからだ。

 入れ替わり後病気が治った私に医者は驚愕し両親は狂喜乱舞した。そして桜の記憶をコピーした私はその桜の必死な思いにほだされてしまったのだろう、本物の桜と変わらないようアキラと接することにした。

 そして入れ替わってから10年が過ぎたのだが、


『お願い! あの子を助けてあげて!』

 数時間前、寝る前に歯を磨こうとしたら本物とまさかの再会をした。姿は見えないが鏡から桜の声が聞こえ私は驚愕した。もうとっくに入れ替わった鏡の世界で自我崩壊し消滅してるだろうと思ってたらまだ消滅してないどころか、10年鏡の世界でしぶとく生き残ったせいか私と同じドッペルゲンガーに進化していたのだ。ただまだ力が弱いせいか、この入れ替わった元凶のミラーハウス以外では、別の鏡を使ってこの世界に語りかけることが出来るのは入れ替わった私だけのようだけど。

 話を聞くと裏野ドリームランドの観覧車に変態が女の子を誘拐し、そこに監禁している。その様子を鏡を通し桜は知ったのだが現実世界に干渉できない自分ではどうしようもできない為、代わりに私が助けて欲しいというものだった。

 私は別に善人では無いからその女の子が死のうがどうでもいいと思ったが……まあ協力してあげる事にした。少し確かめたかったから。

 別に一人でも良かったけどもなんとなくアキラも巻き込んで見たら、予想以上に攻撃的だった変態に襲われたりアキラがその変態を相討ちだが倒したりと中々楽しめたもの。

 そして


『女の子を助けてくれたのは感謝するけど、あーちゃんを危ない目にあわせないで! あんな怪我してあーちゃんが死んだらどうするのよ!』

 先ほど女の子を助けたことに対するお礼まではおとなしかったのに、それが終わった後は顔を真っ赤にして桜は私に対し怒りだした。

 目の前に10年前入れ替わった魔物が姿を現しているのに、10年も鏡の中に囚われ孤独だったはずなのに目の前の少女はアキラの心配をし、危険な目に合わせた私に文句を言っている。


 10年経とうとも、ドッペルゲンガーに変化しても目の前の少女は変わっていなかった。


 それを確かめた私は、なんというかもう負けた気分になった。私達ドッペルゲンガーは入れ替わり、入れ替わった本人もそうだが中身が変わることで周囲に違和感を感じさせ、それがいつしか肥大化し人間関係を崩壊させる魔物だ。

 なのにこの桜はしぶとく変わらず生き延びてるし、記憶をコピーした桜の思いが強すぎるせいで私は本物と変わらず振舞ってしまっている。

 人を不幸にするドッペルゲンガーなのに、何で私はそれが出来ていない? しかも入れ替わった方から一番感謝されてるとか何なんだろう?


『いいじゃない。誰も不幸になってないんだから』

 ……どうやらそんな私の思いを桜は感じ取ったのだろう。なんか偉そうにそう言って私にドヤ顔している。

その顔がとてもムカついたので


『あっそ。じゃあ私もうやめる』


「え?」

 

 私は桜を演じることを止めて鏡に帰ることにした。現実世界で私と入れ替わった桜が、驚愕な顔をしながら自らの体を、そして目の前の私を見つめている。


『貴方がまさか10年経っても消えず、しかもドッペルゲンガー化してて助かったわ。本来なら入れ替わった後再度入れ替わるのは出来ないけど貴方はもう同族になっててくれたもの』

 そしてこの場所も重要だ。入れ替わりとなったこの場所ならまだ力が弱い桜でも無理やり現実世界に引っ張り出せた。


『まあまたこの世界に無理やり現界させたから肉体はまた人間のままだけどね。せっかくドッペルゲンガー化してたけどリセットさせてもらったわ」


「え、ちょっと! えええ!」


『ふふふ驚いてるわね困ってるわね! さっきまで浮かべていた余裕な顔が無くなってるわよ! 10年間の記憶は貴方の中にコピーさせてるけど、どれだけそれを違和感なく家族やアキラと接することが出来るか鏡の中で見物させてもらうわ!』

 桜みたいに行動していたとはいえ、結局は桜と似た行動を取っていただけでそこに本物がどう考えて行動してるかは私でもわからない。急に本物と入れ替わった桜に、両親は、アキラはどう反応するのかしら。ああ、今からでも楽しみでしょうがないわ。


「あ、あの……」


『あ、そういえばそろそろ警察や救急車到着するわね。早くいかないと駄目じゃない? アキラも女の子も重症なんだから早く手当てがいると思うわよ』

 何か言いたそうな桜に、私はそういうと背中を向いた。そして片手を上げると、


『じゃあね、私の分身。もう二度と貴方の前に姿を見せないけど、貴方の無様な姿を鏡越しに見せてもらうわ』

 そう告げ、私は桜の前から完全に姿を消した。

 ミラーハウスの中で戸惑っていた桜だが、アキラと女の子の事を思い出しすぐに出口に向かっていった。そしてミラーハウスからから出る前に振り返ると、


「……あ、ありがとうございました!」

 泣いてるような笑顔を浮かべながら礼を言い、その場を後にした。


 ……はあ、10年間も人生乗っ取ってたというのに礼を言われるとか本当に私魔物として負けちゃったなあ。






バッドエンドにしようとしたけど気分が落ち込むので止めました

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― 新着の感想 ―
[一言] いい話ですね。 感動しました。 その後どうなるのかもちょっと見てみたい気がします。
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