一人の軍勢 Ⅱ
城門だった場所は跡形もなく吹き飛んで、そのポッカリと開いた空間が少しばかり俺の心を満たしてくれた。達成感とでも言えばいいのだろうか、城門だった場所を通過した時は俺の顔も自然とほころんでいたよ。
「しかし、こんなにも立派な御城を造ったならもう少し頑丈に作らないと、これじゃあ肝心な時に――――――おや?おやや?あれ、ちょっと……マジですか、嘘ですよね?」
少なからず俺と縁のある国なのだから、侵入者が他国の兵士だとかそんな在り来たりな考えじゃなくて、あくまで俺が攻め入った時の事を考えて造れば良いのにさ。
次の国王様にはもう少しそこのところを――――――ええ、期待したいものだと、そんな事を考えていた馬鹿な俺が数秒前までいたわけです。
もしも、もしも仮に、俺に過去へと戻る力があったならば、数百年前とは言わずに数秒前の自分を殴っていたでしょう。
悠々と城の中へ入った俺を出迎えたのは、それこそ隣町まで聞こえるのではないかと言うほどの警報だったわけで、この大音量で鳴り響く不愉快な音が俺の未来を暗示しているようでしたね。
「隠れようか、それとも死体の装備を盗んで着替えようか――――――いや、着替えるのだけは止めておこう」
俺がのんびりしている間に鳴り響く警報ときたら、あまりにも音が大きくてそれこそ頭が痛くなるほどでさ。予想通りと言うか案の定悲しい現実を目の前に突き付けられて、今更ながらにもっと早く行動していればよかったとかね。
さっさと城内に逃げていればよかったわけだけど、死体から装備を盗もうとして、ボロボロになった中身が出てきたから触れないようにしていたら――――――そう、思ったよりも時間がかかってしまって、更には変形していたせいで着替えられなかったと言うオマケ付きだ。
それにしても、こんな夜更けにこれほど手際良く防御を固められるなんて、目の前で陣形を組みながら近づいて来る御一行様を見ながら、俺は少し他人事のように感心してしまったわけさ。
見上げれば城壁の上にも兵隊さん達が集まっているようで、服装を見るからに目の前の武装兵などではなく、魔術師と言われる魔法に特化した兵士さん達だろう。
そのあからさまな敵意と好戦的な態度に、自分が歓迎されていない事だけは十分に伝わったね。
目的が目的なだけに、最初から友好的な態度なんて微塵も期待していなかったけれど、それでも弱い奴等が数だけを頼りに俺と戦おうだなんて生意気だよ。
俺が不愉快になるのとより一層殺意が湧くのは生理現象なわけだけど、せっかく由緒正しき血筋が現れたのだから少しは優しくしてほしいよね。
普段なら、本来であれば向こうの態勢が整う前に突っ込んでいるのだが、そこは気紛れと言うか特に理由もなくその行動を許してあげたよ。
隊列が整ったのか、一瞬の間を置いて目の前の兵士達が一斉に抜剣する光景は、甲高い金属音と共に松明とはまた違った光が辺りを照らしたのさ。
正面から堂々と喧嘩を売ったわけだから、彼等が殺気立つのも確かに理解出来るけど、だけど始まりは全てお前等であって被害者面はよくないよね。
「この国の長い歴史の中でも、貴様のような馬鹿は生まれて初めて見る。自殺願望があるのか、それとも狂人の類か――――――どちらにせよ、お尋ね者の身でありながら先程の魔術、非凡の才であることは十分に理解した」
隊列の中心から一歩進み出てきた人がそう言うと、そのまま手に持った一際大きな剣を宙へと掲げて旋回させる。
それ自体はなにかの合図なのだろうけど、そんなことよりもいきなり褒められるだなんて、俺としたことが状況なんか無視して少しばかり照れてしまったよ。
「勇者に不可能はないと言うか、そもそもお前等がいくら集まっても相手にすらならない」
「勇者?勇者と言ったか?ふふふ……これはまた――――――では、我等はその勇者を初めて倒した者として、この国のみならず御伽噺にも名を残すのであろう。
あの勇者が敵ならば相手に取って不足なし、我が方は多勢故に卑怯者と罵ってくれて結構」
そっか、取りあえずこの人達が俺の言葉を信じていないのはわかったけど、それでもこれだけの惨状を一瞬で作り出せる人間なんて絶対いないだろうよ。
そこら辺の人間では魔力量が足りないだろうし、そもそも魔法を使える人間と言うのが種族的にかなり少ないからね。
昔から種族としての人間はとても中途半端な生き物で、この大陸で一番優れた魔力を持つ種族――――――言わば、エルフと呼ばれる者達の事だが、エルフと人間の間では絶対に越えられない種としての壁が存在する。
更に言えば、だからと言って体術や剣術に一番優れていると言うわけでもなく、その能力は獣人族と言う名の者達が同じく人間の上に立っている。
つまり、エルフ族は魔力・魔術には優れているが、体術・剣術等には疎い。また、獣人族も体術・剣術には優れているが、魔力・魔術には疎いという事だ。
「あっ……そう、じゃあしょうがないね」
だからこそ、人間は戦闘という分野において二種族よりも必ずどこかで劣ってしまう――――――言わば、常に二番手の種族というわけだ。魔力・魔術の分野においてはエルフ族に及ばず。また、体術・剣術の分野においては獣人族に負けている。
これがこの世界における人間という種族の立ち位置であって、それは絶対的なこの世の理とも言えるだろう。……まあ、たったひとりの例外を除いてだが――――――
仮に、その二種族よりも優れている分野はあげるとしたらひとつだけ、それは他の種族よりも多くの知識を持っているということだ。戦略・戦術・だまし討ちに不意打ち――――――つまり、今彼等が俺に対してやろうとしていることさ。
相手が俺でなければ詰んでいただろうが、残念ながら相手が悪すぎるよね。生憎と、勇者様を相手にそれは何の意味も、それこそただの悪あがきにしか過ぎないよ。
準備をしていた魔術師達の、その手から魔法が放たれたのはそんな彼との会話が途切れた瞬間で、最初からこいつ等がその一瞬の隙を狙っていた事はわかっていた。
だけど、俺に言わせればその程度の攻撃は避ける価値もなく、それこそ警戒する必要もないほどに脆弱なものでさ。俺はそいつ等の魔法を全身に受けながらも傷ひとつ負わず、そしてそのまま文字通り彼等にお灸をすえたわけさ。
それは瞬く間に彼等を包み込んで、一瞬にして骨も残さず彼等を消し炭にしてしまった。本人たちは燃やされたという自覚も、その痛みすらも感じる事無くこの世に別れを告げたのだ。
彼等が立っていた場所には骨も残らず、そこには人の形をした無数の黒ずみだけが残されていたよ。
「もっと早く攻撃しないと、その程度で俺を殺そうだなんて笑っちゃう」
でも、人が話している時にそんな事をされたら流石に不愉快と言うか、いくら温厚な俺でもそこは黙っていられなくてね。
その後は徹底的に、隊列だとか交渉だとかには時間も耳も貸さないで、その今まで培ってきたであろうプライドだとかを粉々にしてあげたのさ。
喚く・叫ぶ・泣く・懇願する。初めからその声が聞こえていないかのように淡々と、それはまるで動物を殺す機械の様に全てを無視して攻撃したよ。
そもそも、城壁にいた魔術師を一掃した時点で兵士さん達に勝ち目はなく、鎧に身を包んでいる時点で魔法が使えないと言っているようなものだから、容赦なく遠距離からの大規模魔法で焼かせてもらった。
俺の近くには一切寄せ付けず、ただひたすらに遠距離からそいつ等を嬲り殺す。奴等の着ている鎧には魔法耐性があるらしくて、中々死ねないのか苦しみ悶えながらも徐々に近付いてきていた。
爆発に次ぐ爆発によって体を弄ばれながら、視界が見えなくなるほどのそれは彼等の方向感覚を狂わせるには、俺の目から見てもその隊列は凄惨足るものだった。
爆煙のせいで真っ白となった視界に、相次ぐ爆発によって耳を貫く轟音は――――――人を、人間を容易く壊してしまうと知っていたからね。辺りを飛び交う砂埃が形を作って、それを人間だったモノや綺麗な朱色が所々彩る。飛び散る鮮血と絶え間なく続く悲鳴、そこにはこの世の常識も規律も当てはまらない。
最初から全員で攻撃すれば良かったのに、城壁から放たれる魔法の同士討ちを恐れた……か、――――――ああ、その程度の犠牲を気にしていたなんて、この人達はなんと馬鹿で愚かだろう。
仲間を生きた盾として攻撃していれば、そうして戦い続けたならまだ可能性はあったかもしれないのに、ここまで一方的になってはもはやどうすることも出来ない。
不意打ちが駄目なら多少の犠牲を覚悟しての奇襲、味方を囮に使っての挟み撃ちなどいくらでもやり方はあるのに、ここまで落ちぶれているとは正直がっかりだよ。
もっと数を活かして人海戦術に切り替えるだとか、俺に近づかないと攻撃出来ないならそれを踏まえた上でやり方を、戦い方を考えて行動すれば良いのにさ。
地形が変わってしまう程に荒れ果ててしまったそこは、辺り一帯を包む強烈な血生臭さと飛び散ったそれのせいで酷い有様だった。
もはや誰が誰のモノだったかもわからないような状況で、彼等の遺族には悪いが棺桶の中身はおそらく空っぽか、もしくは人間だったものの一部しか入れられないだろう。
「へえー、まだ生きている人たちがいるようだね。
感心、感心、それじゃあもう少しだけ続きといこうか」
数発で十分だったのに感情の赴くまま、あまりの不甲斐なさに思わず乱発してしまった。今更ながらに後悔しているのは、血を吸った砂埃が一向に晴れる様子がなく足場も悪かったからだ。
ただ、俺の予想とは裏腹にまだ多くの兵士が生きているようで、そこは軍事国家の名は伊達ではなかったと少しばかり感心していた。
「くっ……化物が、近衛団がこうもあっさりと、援軍はなにをしておるのだ。
外の兵舎で待機している第一師団、並びに第五師団に至急使いを出して援軍を求めろ!」
まだまだ、それこそ使い捨ての兵士は大勢いるだろうから、これで終わりだなんてそんなのは俺が絶対に許さない。この国には人一倍――――――いや、人と言う単位では測れない程の思いいれと、そして忘れたいほどの恨みがあるからさ。
さっきの一方的な戦いにおいても、その逃げ出さない勇気は称賛に値するが、勇敢と無謀は常に紙一重だという事をこの雑兵共は理解していないのだろう。
このまま戦う事の無意味さは明らかだと言うのに、どれだけ殺しても湧いて出てくる兵隊さん達に、奥の手がないならいっそこのまま城ごと破壊してやろうかとね。
「いくらでも待ってあげるから、どれだけでも待ってあげるからさ。
だから――――――だから少しでいいから、血の一滴でもいいから俺に血を流させてよ」
たった一人に対して、一個人に対してこれだけの戦力を惜しげもなく投入してくれる。この場、この地獄において、人間の命とはちり紙よりも軽くそして俺はこんなにも醜い。
俺はこの国に、このどうしようもない国に帰ってきたのだと、数百年ぶりの凱旋に心を震わせていたわけさ。
「誰も覚えていない男、誰にも信じてもらえない男……だけど、この国の王族だけは俺を知っている。
あの時の約束を果たす時が来たわけで、その邪魔は誰にもさせないし誰にも出来ない」
遠くから見える人影は援軍の到着を知らせるもので、ある程度の距離を保ったまま満身創痍の兵士達が陣形を固めながら近付いてくる。
前列には体の大きな重装歩兵を並べて、その手には全員自分の身長と大差ない大盾を両手で持って、初めから攻を捨てて守だけに力を入れて一歩一歩近づいてくる。
中列には長槍を持った兵士達が隙間を縫うようにそれを構えて、その鈍い光を放つ切っ先が月明かりに照らされ俺へと向けられる。さすがは戦場慣れしている国だと、仲間の死から戦い方を学んだようで俺としても嬉しいよ。
それは俺を感心させるには十分すぎる程の演出で、この高ぶった感情を鎮めるためにも君達には消耗品になってもらおう。
「この国はやりすぎたわけだ。分不相応な軍事力は身を滅ぼすし、今回は特別に俺がその力を調整してやろう」
その新しい参加者に俺は言ってやった。スタートの挨拶代わりと言ってはなんだが、今までとは比べ物にならない爆発が兵士達に襲いかかって第二幕が始まる。
そこだけ夜でもなく夕方でもない。昼間よりも明るくて朝よりも活気がある。――――――しかし、そこは確かに地獄だった。
「この国の人間を殺すのも、別に今日が初めてというわけじゃない。
昨日殺した兵士達もあの世で待っているだろうから、お前等も寂しくはないだろう」
ここから先の途中経過は省いておこう。なぜなら、当たり前の光景と当然の結果がそこには広がっていて、人間の生命力とは恐ろしいものだと改めて思い知ったよ。全てを終わらせるのに更なる時間を費やして、それでもその時間は本当に有意義なものだった。