乙女ゲーの悪役に転生しました
「嫌だ嫌だ! 助けてお兄ちゃん! お兄ちゃんたすけて!」
組み敷いた少女の、悲痛な叫びを聞いたとき、俺は頭を殴られた様な衝撃を受けた。
同時に、溢れる記憶の奔流。
俺の名はラスヴィー・オーウェル。アーマライト王国の伯爵家の嫡男だ。
だが、それとは別の記憶を思い出した。
俺は柊 健介。日本の一般人のサラリーマンだ。
コレは一体、どういう事なのだろうか?
いや、健介としての記憶が言っている。
自分は暴走車に撥ねられて死んだのだと。
この状況は、生まれ変わりだと。
しかも、異世界に。
そして、もう一つ健介が言っている。
今、自分のしていることは最低の行いだと。
家政婦として引き取った、身寄りの無い、行く当ての無い子供を、逃げられない子供を、部屋に連れ込んでレイプしようとしている。
男として、これ以上なく恥ずかしい行いだと。
精通すらまだの、皮の被ったガキが何をやっているのだと。
俺の下で、まだ少女が泣き叫び、抵抗している。
暴れられると困るので、まだ腕は押さえつけている。
いや、何を言っているんだ。
思いっきり殴られれば良いじゃないか。
未遂とはいえ、こんな事をしたんだ。
玉の一つや二つ、潰されても何ら文句は言えない。
父親が息子に危害を加えた彼女に、何らかの罰を与える可能性はあるが、そこは全力で庇おう。
「暴力的なところが逆に良い」とか何とか言えば、あの親なら納得する。
「お兄ちゃん!おにいちゃぁぁん!」
少女はしきりに兄に助けを求めている。
そうか、彼女にも兄が居るのか。
健介にも妹が居た。
車に撥ねられた時にも一緒に居たが、妹は無事だったのだろうか?
そんな事を思いながら、少女の顔を見る。
いや、それよりも早く手を離さないと。
そんな事を思っている間も、彼女の悲鳴は耳に入ってくる。
ふと、確信めいた考えがよぎる。
まさか、そんな。
「千歳……なのか?」
呟くような声だったが、彼女の耳に届いたのか、悲鳴が止む。
恐る恐る、俺の顔を見上げる。
そうだ。彼女……クリスには身寄りがいない。
兄など居ない。
なら、「お兄ちゃん」とは誰だ?
兄と慕う人物でもいたのか?
違う。
「千歳」
もう一度呼ぶ。はっきりと。
クリスの……千歳の目が驚愕で見開かれる。
「お兄……ちゃん?」
「ああ、俺だよ。健介だよ」
そう言って、手を離す。
「お゛に゛いち゛ゃぁん!」
千歳が抱きついてきた。
「こ゛わ゛か゛った゛よぉ゛ー!!!」
「よしよし、ゴメンなー」
「わ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「よーしよし、でもちょっと泣き方考えようなー。涙と鼻水でぶっさいくだぞー」
「ひ゛と゛い゛、さ゛い゛て゛ー! でも゛お゛に゛い゛ち゛ゃんだー」
大泣きする妹の頭を撫でて、落ち着くまで待ってやる。
「落ち着いたか?」
「うん、でもまだちょっと記憶が混乱してる」
千歳も記憶を取り戻したばかりのようだ。
「車に轢かれたのは覚えているか」
「うん。 そっか、死んだんだ。私」
「ゴメンな。守ってやれなくて」
本当に悔やまれる。
「ううん! お兄ちゃんが死んじゃって、私だけ残ったら、私生きていけないもん! 一緒に死んで……良かったんだよ!」
はっきり断言する千歳。
だが妹よ。年齢的にも男女の平均寿命的にも、俺が先に死ぬんだからな?
後追いとか許さんよ?
今言ったら確実に拗れるから言わんけど。
「これって、生まれ変わりとか転生とかいうやつだよね? それとも、ここがあの世?」
千歳がそんな事を言う。
「あの世なら、俺が貴族で千歳が貧乏孤児ってのは無い。 生前の行い的に、な」
「私、そんなに良い子でも無かったよ。 その、お兄ちゃんを誘惑するような妹だったし……」
「でも、一線は超えなかったろ?」
「お兄ちゃんがヘタレだったからね♪」
「コラ!」
「きゃっ」
殴るマネをすると、頭を抱えて小さくなった。
無論、お互い本気ではない。
「でも、そっか……もう兄妹じゃないんだね」
「まぁ……そうだな」
少し寂しい気もする。
ポスン、と音がしたので千歳を見ると、先ほどの様に仰向けに倒れていた。
「もう、兄妹じゃないし、さっきの続き……する?」
そんな事を言ってきた。
「魅力的なお誘いだけどな。暫くはオアズケだ」
「何で? 私の事、嫌いになった? 姿が変わったらダメ? それとも、妹じゃないと萌えない!?」
「嫌いにならないし、今の姿も可愛いよ。
あと、最後のは全力で否定するからな!
俺はお前の事、妹だから好きになったんじゃない!」
ちょっとキツ目に言うと、千歳は目を丸くして固まっていた。
ヤベ。キツ過ぎたか?
「ヒック……」
泣いた!?
「ごめん! ちょっとキツク言い過ぎた!」
泣かせるつもりなんて無かったのに!
「ううん、違うの」
「違う?」
「やっと、好きって言ってくれた」
「あー、まぁ……言ったらマズかったしな……」
でも、もう関係ないし。
いや、身分の違いとかはあるかもだけど、別に愛人でも良いんだし。
この国の貴族、妾OKだしね。
兄妹の壁に比べたら、身分の壁なんて無いも同然だ。
「でも、だったら何でしないの?」
「お前、自分の年齢分かってるか? あと体型」
クリスもラスヴィーも10歳だ。子供だ。流石にマズイ。
というか、同時に死んだから、千歳と同じ年齢になったんだなぁ……
「お兄ちゃん、ロリコンで貧乳好きじゃない。 問題ないでしょ?」
おぅふ
「なんのことかな? まいしすたー」
「隠しても無駄だよ。お兄ちゃんの画像フォルダ、そういうのばっかりだったし」
のーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!
「前世では、油断すると直ぐ胸にお肉つくから、Aカップ維持するの大変だったよ」
あの体型は努力の結果でしたか。
あー、今、自分が死んだとか転生したとか以上の衝撃だったわ。
何? この虐め……
「うん、確かに、ちいさい子は好きだけどね? 妄想だけで手は出さないよ?」
「そうなの?」
「YESロリータNOタッチ!」
ロリは遠くから愛でて手は出さないのが、真のロリコンなのです!
「あと真面目な話、お前どー見ても発育不良。イロイロ耐えられないだろ」
背が低い上にかなり痩せているのだ。流石に壊す気は無い。
ラスヴィーはそんなのお構いなしでヤろうとしたんだよな。恐ろしい。
まぁ、我が家の使用人は栄養失調でもないので、暫くすれば適度に肉は付くだろう。
とりあえず、千歳も納得してくれた
その後、積もる話もあるので、一緒に寝ることにした。
手は出してません。手は出していません。
大事な事なので2回言いました。
まぁ、キスくらいはしたけど。
「胸触るくらいはしてもいいんじゃない?」
「俺の理性がトぶので勘弁してください」
なんて話もしつつ、一杯話をした。
記憶的にはついさっき死んだけれども、クリスが家に来たのは3日前だから、実際には10年間会話が無かったんだし。
「それにしても、あれだけクリスが泣き叫んでも、誰も部屋に来なかったな」
「そういえばそうだね」
「貴族全部がそうなのか、オーウェル家だけなのか知らないけど、どっちにしろ怖いよなー」
「……」
千歳がなにやら考えている。
さっきの恐怖を思い出しているのだろうか?
「ラスヴィー・オーウェル……アーマライト……」
「千歳?」
「アーマライトの魔法屋さん……」
「え? ……あ」
千歳の呟きに、思い当たる事があった。
「お兄ちゃん、この世界って『魔法屋』の世界じゃない?」
「うわ、マジか……」
そうだ、確かに俺は「ラスヴィー・オーウェル」だ。
名前だけでなく、記憶にある鏡に映った顔も、幼いながらも「あの」ラスヴィーだ。
「アーマライトの魔法屋さん」
18禁の乙女ゲーだ。
何で男の俺がそんなものを知っているかというと、まぁ千歳の影響だったりする。
千歳は、18禁乙女ゲーの攻略方法を兄に聞きに来るような妹だった。
俺も、律儀に攻略指南する兄だった。
このゲーム、「魔法屋」を経営しつつ、お客としてやってくる攻略対象たちとの恋愛(とH)を楽しむゲームなのだが、経営パートがかなりガチのゲームだった。
正直、俺も純粋に経営部分にハマったくらいガチな経営ゲーだった。
だが、ライトな乙女ゲーマーには難しかったらしく、千歳なんかはBADエンド直行の経営をしたりしていた。
で、このゲームのBADエンドの条件が「借金の毎月の返済が払えなくなる」であり、その返済先が「ラスヴィー・オーウェル」だったりする。
ちなみに、借金の担保は主人公自身。
BADエンドでは主人公がラスヴィーに犯される。
その他にも、各攻略対象のルートで様々な嫌がらせや、実力行使で主人公を襲って来たりと、気持ちいいくらいのクズっぷりを見せつけたあげく、攻略対象たちに「成敗」されたり、全財産を失って逃亡したりする、悪役がラスヴィー・オーウェルというキャラだったりする。
そんなクズ悪役が、よりによって俺だ。
あー、うん。
10歳にしてその片鱗が見えるとは、凄まじいね。
「お兄ちゃん、このままだと死んじゃう……」
「いや、変にちょっかい出さなければ大丈夫だろ」
「そうか、そもそも、お金を貸さなければ良いんだもんね」
「いや、それもどうかと思うぞ……」
そもそも、主人公の借金の理由は両親が色々な人の連帯保証人になっていたりしたのが原因なワケで……
その借金を一括で肩代わりするのが、ラスヴィーなのだ。
もちろん、主人公を手に入れる為の手段として。
だけど、この借金の肩代わりをしないと、主人公は結局身売りするしかない。
それが分かっていて見捨てるのは、寝覚めが悪すぎる。
「まぁ、変に鬼畜な行いしなければ大丈夫だろ」
それから、俺は変に評判を落とさないように過ごした。
あと、主人公の借金を肩代わりしても余裕があるようにする為、お金も稼いだ。
主人公の邪魔になるとマズイから、魔法とは関係のないお菓子や料理で稼いだ。
……主に千歳のオカゲで稼いでいる感は否めない。
まぁ、材料調達とかは俺が引き受けているので、分業できている……と思う。
先日、主人公の借金を肩代わりするオープニングイベントをこなした。
担保は主人公自身ではなく、店にしたし、返済期限も無し。
ラスヴィーがちょっかい出さないと発生しないイベントもあるが、まぁ攻略対象様との恋愛を育んでくれ。その過程で一括返済できるイベントがあるから。
こっちは正式にクリスと結婚できるように各所に根回しして過ごすから。
なんて、のんびりしていたら、半年も経たないうちに主人公が破産した。という連絡が来た。
いやいや、早すぎるだろ。どんな経営したら半年で破産できるんだよ!?
あまり関わる気はなかったけど、流石に破産と聞いては様子を見に行くしか無い。
「主人公、居るか?」
店の扉を開けて呼びかけると、この世の終わりのような目をしたアリスと目が合った。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
ラスヴィーが来たって事は、BADエンド!?
何で!? いつも通りやったのに!
何でこんなに原材料高いの!? 安くしか売れないの!?
犯されるのは嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
私何か悪い事した!?
そりゃぁ、高校生で18禁ゲームやったけど、この仕打ちはあんまりよぉぉぉぉ!」
盛大に悲痛な叫びを上げるアリス。
千歳が直ぐに防音魔法を展開したからよかったが、ご近所から苦情が来るレベルの絶叫だ。
そういえば、「アーマライトの魔法屋さん」はパッチでイージーモードが追加された。
原材料半額、商品売値倍。という超ヌルゲー仕様だ。
俺に言わせれば手ごたえが無さすぎたのだが、メイン購買層の女性達には好評だったらしい。
だが、今のこの世界はイージーモードの物価ではなく、ノーマルモードの物価だ。
イージーモードの感覚でノーマルモードをプレイしたら、どうなるか。
その答えが、コレだ。
「主人公、お前も転生者か」
経営能力皆無のこの娘を教育してやる必要があるだろう。
このまま見捨てるのは憚られる。
とりあえずは、話を聞いてもらわないとどうにもならないのだが……
「快楽堕ちエンドは嫌ぁぁぁ!!!」
かなり手強そうだ。