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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

藤森要ノ怪奇譚 窓ヲ叩ク女

作者: ハロルド

 怪談話というのは大抵、いつの時代どの地域の学校にもあるもので、広まっている話しだけでも膨大な数になるだろう。そして中にはどこにも広まっていない怪談話もあるわけで、案外そちらの方が本物というべきか、信憑性の高い怪談話が多いのではないだろうか。なぜなら、嬉々として語るほど、心霊体験というのは生易しいものではないからだ。

 霊的な物に遭遇した者の多くは、その事実を忘れようとしたり、あるいは現実として認めたくないものであろうと俺は思う。何故そう思うかって。

 事実、俺がそうであるからだ。

 忘れたくても忘れられない、俺のトラウマを語ろう。

 この話しを聞いて、それをフィクションだと言って笑うのは大いに結構だ。

 俺も、できる事ならアレはフィクションだったのだと思いたいのだから。



 あれは、十年以上も前の話だ。



 出された課題をサボったが為に、一人教室で居残り勉強をさせられていた俺は、周囲の音がすっかり静かになっている事に気付いた。教室の窓から見える空は青から徐々にオレンジに変わり始めていて、机や椅子が作る陰影が濃い。

 いつも聞こえている吹奏楽部の練習音が聞こえない事に、俺は妙に落ち着かない気持ちになったものだ。静まり返った放課後の教室というのはとてつもなく不気味で、自分が一人この学校に取り残されたのではないかと錯覚してしまうほどだ。俺は先生から出されたプリントを急いで進めた。自分で解いた問題が正解なのかどうか、それすらもどうでもいい。早く終わらせて先生に提出したら俺は帰れる。そう言い聞かせ、いつもの二倍以上のスピードで問題を解いた俺は、後頭部の辺りに熱や凝りを感じながらも、休むことなくそのプリントの束とバッグを掴み教室を後にした。

 廊下に出ると外で運動部の掛け声が聞こえてきて、ホッと胸を撫で下ろした。

 良かった、自分以外にも人がいるのだ。

 時刻はまだ17時にもなっていないのだから当然といえば当然か。

 早足だった歩みが、僅かに緩んだのを自覚する。


 みっともないなぁ、俺。


 先程まで取り乱していた自分が妙に恥ずかしく感じ、敢えてゆっくりなペースで歩いた。

 五クラスあるうちの三組に属する俺の教室は建物の中心にあり、俺は二組、一組と順に教室の前を通り過ぎようとしていた。

 〝過ぎた〟ではない〝過ぎようとしていた〟だ。俺の足は一組の入口のところで止まっていた。なにか目を引くものがあったわけではない。ただなんとなく、なにげなく俺は足を止めていた。きっかけは……、音だったと思う。

 通り過ぎようとしていた一組の教室から、なにか音が聞こえた気がした。


 ダン……、ダン……、ダン……。


 等間隔に三回、また聞こえた。まるで誰かがあの締め切られた窓をノックしているような音だ。

 そんな筈がない。ここは三階である。

 俺の心臓が一気に心音を上げたのを覚えている。忘れかけていた不安感がまたぶり返してきた。きっと運動部の誰かがいたずらで窓にボール等をぶつけているのだろう。そう思いたい気持ちがあり、きっと窓の外を覗けば原因はわかる筈だと、俺は入口から真っ直ぐに入ったところにある窓に近づいた。早く自分を安心させたかった。

 しかし、窓の外には誰もいない。校庭全体を見渡す事ができるが、誰一人人影を確認する事ができない。いよいよもって俺の呼吸が荒くなる。じゃああの音の正体は何だったのか。自然とそんな疑問に行き着くことになる。なぜ自分はすぐに職員室に向かわなかったのだろうと後悔すら覚えた。


 ダン……、ダン……、ダン……。


 また聞こえた。

 それも俺の左横でのことである。もちろん俺以外に誰もいなく、窓を叩く者なんてどこにもいない。俺は声を挙げそうになってそれを堪えた。一歩一歩後退りしながら教室を出ようとする。


 ダン、ダン、ダン。


 音の感覚が短くなった気がした。


 ダン、ダン、ダン。


 窓の振動が強くなった気がした。

 

 ダン、ダン、ダン。


 そして俺は一つの事実に気付いた。窓の振動がおかしい。音に合わせてたわむガラスが、外に向かってたわんでから振動となっているのだ。それはつまり、外からではなく内側からノックされているということであり、


「!」


 俺はもう構うことなく後ろを向けて走り出そうとした。すると、


 ダン、ダン。


 先程まで等間隔に鳴っていた三回の音が途中で止まった。そして変な気配が俺の身体に絡みつく。これは、視線なんだという事に気付き俺は更に凍りついた。教室の出口はすぐそこだ。動け動けと足に叱咤するも、追い打ちを掛けるように事態は動く。

 椅子が、ノックされていた窓の、そのすぐ近くの椅子がガタリと何かにぶつかったような音を立てた。俺は今度こそ弾かれたように走りだした。教室のドアに手を引っ掛け、身体を外に引っ張り出すように廊下に飛び出した。

 向かうは階段。すぐ近くだ、すぐ近くだと背後は振り向かない。足がもつれそうになりながらも、階段に差し掛かり、数段飛ばしで駆け下りる。後ろの方で俺とは別の足音が混じっている事に気付いていた。ビッタンビッタンと、裸足の音だ。

 それは忙しなく俺の背後で蠢きの気配を送っている。

 恐怖が喉元を競り上がり俺の口から声に鳴らない絶叫が漏れる。三階から一階におりる階段はこんなに長かっただろうか。二階で一度、階段を止めて別ルートを行くべきかを混乱する頭で思案し、このまま一階まで駆け下りることを選択する。しかし、


「うぁ!」


 飛ぶように降りていた階段を踏み外し、俺は二階と一階の中間踊り場から一番下の段まで一気に転がり落ちた。正直自分の足で降りるより速かったように思う。だが全身を強く打った事で呼吸が止まりかけた。背中を強打した事が痛い。すぐに動けない俺は今自分が降りてきた階段の方を見た。

 見てしまった。

 自然に目が向いてしまったのだ。それはすぐに後悔に変わる。

 俺が背後に感じていた足音は、足音などではなかった。


 セーラー服を着た髪の長い女が、階段を這いおりてきていた。


 その女に脚はなく、女が這った後には巨大な筆で書き殴ったかのように血の道ができていた。顔を濡らす何かで張り付いた髪の隙間から、白さの目立つ眼球がこちらを見ている。


「うあああああああ!!」


 女がすごい勢いで階段を這い、おぞましくも顔を歪ませこちらに手を伸ばしてくる。俺は追い付かれないようにと、痛む身体を必死に動かして這いだす。職員室? 校門? どこでも良い、もっと遠くへ離れないと掴ま――

 不意に、俺の足首が何かに掴まれた。


「嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だぁ!!」


 足首がすごい力で引っ張られ、俺の身体はズルズルと後ろに引き摺られていく。近づく気配に腐臭が混じり、不規則な呼吸音が足から尻、背中へと近づいて来た。

 俺は何としても振り向きたくない一心から手で頭を覆い、額を床に押し付けた。首筋に伝わる生々しく湿った呼気が身体全体を震えさせる。女の顔がすぐ後ろにあるのだと気配でわかった。顔が近づいたり遠ざかったりと、まるで何かを吟味しているかのようだ。

 俺には成す術などなく、危機よ去れ、そう祈るほかなかった。

 しかし、祈りが効いたのかは解らない。俺の身体が唐突に自由を得た。先程まで自分の上に乗っていた〝何か〟はどこかへ行ったのだろうか。足首の感触はなくなり身体も動かせる。

 茫然と床に額を押しつけたまま硬直していると、右手側でガラリと音を立てて扉が開いた。反射的に顔を上げると、ここが職員室の前の廊下である事に気付いた。もちろん扉を開けたのは幽霊などではない。しっかりと脚があり、仁王立ちでこちらを見下ろしているのは一組の担任教師だった。けっして子ども好きとは思えない神経質そうな表情を歪めて男性教師は言った。


「君か? さっきから廊下で騒いでいるのは」

 

 ネチネチと評判通りの陰険口調を披露するこの教師に、この時ばかりは心から感謝した。俺の顔が余りにも安堵仕切った表情である事に違和感を得たのだろう。


「――とにかく、廊下では静かにな」


 諦めたような様子でもう一度念を押すと、一組担任は背を向けて職員室の中に戻っていった。ドアが閉まる寸前まで、名残惜しく見送る俺の視界の中に、とんでもないものが映ってギョッとした。

 開いたドアの向こう側、机の横の床に、無造作に人の脚のような物が転がっていたからだ。別々の向きで転がる二本の内の一本が、ノコギリで斬られたかのような断面をこちらに向けている。

 俺は吐き気を催す程のショックに即座に視線を逸らした。それ以上見ていれば俺の精神はおかしくなっていたかもしれない。幸いにもドアはピシャリと音を立てて閉まった。瞬間的に視界に入った二つの脚が、実体を持ったものなのか幻なのかは解らない。ただ、誰の物であるかは容易に想像できた。

 窓を叩き、床を這い回りながらこちらを追いかけてきたあの血まみれの女だ。

 俺は今までの安堵した気持ちを投げ捨て、一目散にその場を離れた。

 追ってくる者はなかった。






 この一件以来、俺はしばらく学校を休んだ。あんな化け物のいる学校など行けるわけがなかった。何かに怯えているかのような俺を、親や教師達が心配して幾度となく登校を呼び掛けたが、それも少ししたら静かになった。世間が、俺に構う余裕をなくしたからだ。

 ある日、部屋に籠って読むのが日課となっていたネット記事に、俺の学校の名前が載っている事に気付いた。


『○○中学校教師、自宅で女子生徒を監禁・殺害』


 女子生徒は他校の生徒であり、俺とは面識が無い、しかし問題は加害者であるとされる男性教師の方だった。


『○○中学校、一年一組担当の××××容疑者』


『容疑を概ね認めている』


『死亡した女子生徒の遺体は股関節から下が切断されており、死因は出血性ショック死であると推測される』


『監禁されていた部屋には、女子生徒が幾度となく脱走を試みた形跡が痛々しく残っている』


 パソコンの画面をスクロールする度に様々なピースが頭の中で組み上がっていく。

 あの時、窓を叩いていたのは出口を探していたのかもしれない。

 あの時、俺を追ってきたのは救いの手を求めていたのかもしれない。

 あの時、机の横に転がっていた脚は、彼女からのメッセージだったのかもしれない。

 死してなお、救われたいと、彼女は思ったのだろう。


「ごめん、ね……」


 俺は誰に聞かせるでもなく呟いた。

 今度、彼女の所に花をたむけよう。そう心に決め、ネット記事を閉じた。 

怖いってなんだろうなぁ、と、書いていて考えさせられました。

ホラーは好きなのですが、あまり怖いと感じる事がない今日この頃。

ゾクッとしたい、……ね?

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