とばっちりだよ、こんちくしょう!
ギルドの地下に入ったら、第一層は受付。清潔なホテルのようなフロアで、軽い食事やお茶が楽しめるカフェと、ダンジョンへの受付が用意されている。ここでレベルを確認し、該当コースにチャレンジできるようにするつもりらしい。
ゼロ的に、この階の受付嬢やカフェ店員に、その妖精メイドシルキーがイメージぴったりなんだそうだ。
ちょっと想像してみた俺は深く納得した。確かに。うん、いいかも。
そして、チャレンジするコースの専用階段を降りると、そこはもうダンジョンだ。地下第二層はコース別のダンジョンが広がっている。さっき皆で話し合った内容になるんだろう。
リタイアしたり続行不能と判断された場合は、受付横の小部屋に転送され、ルリが治癒および体力回復の魔法をかけたあと、優しく笑顔で応対して気持ちよくお帰りいただくらしい。
どちらのコースも、クリア出来たら地下第三層でご褒美タイム。
そして、最後の地下第四層が俺達の居住空間になるらしい。意外とデカいダンジョンになりそうだ。
そんなに最初から綿密な構想がたててあると、今度はポイントが足りるのか不安になる。ダンジョンが軌道に乗るまではDPを無駄遣いせず、自分達でできる事は協力してやっていかないとならないだろう。
それからはひとしきり、ご褒美タイムに何があると嬉しいかで盛り上がった。
まだ内容は決まっていない。意見が出過ぎてまとまらなかった。
ゼロのキングサイズベッドで、皆でお菓子を食べながらの作戦会議。ゼロが寝転んでるから、自然俺達も寝転んでるし、ダラけた姿勢だからかくだらないアイディアが出放題だ。
笑い転げているところに突然アラームが鳴り出した。
火龍、カエン様のお出ましだ。
「あーあ、お前らは相変わらず緊張感のカケラもねぇなぁ」
来るなり、思いっきり呆れられてしまった。
腕組みのまま片眉をつり上げていたカエンは、ふと部屋の隅に視線を向け……面白そうに笑う。
「お? なんだよ、ちょっと留守にした間にイイ女が召喚されてるじゃねぇか。この魔力はハイエルフかぁ? 紹介しろよ」
カエンは楽しそうだが、ルリもユキも蒼白な顔でいつの間にか部屋の隅でガタガタと震えている。
無理もない。
突然のアラームに、ダンジョンコアからの『侵入者』コール。
そこに現れたのは威圧感バリバリの高レベルモンスターだ。火龍とまでは分からなくても、実力差は肌で感じているだろう。
「あれ? ルリ? ユキ? どうしたの、大丈夫だよ。この人は味方だから」
一方ゼロは呑気なもんだ。二人の本能的恐怖なんかものともせずに、火龍という強さマックス怖さマックス凶暴さマックスのレアモンスターを、ごく普通に紹介しようとしている。
「僕たちのダンジョンを設置させてもらうギルドのマスター、カエンだよ。実はカエンは火龍なんだよ!」
うん、やっぱ気絶したな。
ゼロは慌てふためき、カエンは爆笑している。俺はため息をつきながら二人をベッドに寝かせた。
カエンの場合、分かってやっているから人が悪い。
それにしても、人間はこういうところは鈍いよな。普通のモンスターにとって、ドラゴンがどれ程恐い存在か、全く分かっていない。俺だって最初会ったときは冷や汗が止まらなかったっていうのに。
仕方なく、気絶した二人は寝かせたまま、俺たちはカエンの笑いがおさまるのを待って、今日の成果を報告する。カエンはできあがったダンジョンの青写真を見て、目を丸くした。
「なんだよお前ら、スゲえ考えてんじゃねーか! ちょっとびっくりしたぜぇ?」
カエンは上機嫌でよしよし、と頭を撫でてくる。
完璧に子供扱いなのはアレだが、ストレートに褒められるのは意外と嬉しいかもしれない。
そして驚いたことに、カエンは今の構想のまま、とりあえずダンジョンを造ってみようという。
「こんなもんはなぁ、最初はざっくり造っといて、細けぇとこは後で手直ししていきゃいーんだよ!」
なんとも男らしい意見だ。
カエンの意見を受けて、今度はゼロが期待に満ちた目でこちらを見てくる。
なんだ? あれか? もしかして俺が前に、勝手に買い物すんなって言ったのを気にしてんのか?
俺が「いいんじゃねぇの?」と返すと、ゼロは嬉しさ全開でダンジョンコアに飛びついた。本当はずっと、造りたくてうずうずしていたのかも知れない。ちょっと可哀想な事したな。
……なんて同情した俺がバカだった。
案の定ゼロは一切の迷いなく、全てのポイントを使い切ってダンジョンを一気に造りあげてしまった。
いや、造りあげたと言うと語弊があるな。
ダンジョン自体は出来上がったし、装飾、備品、細部に至るまで完璧だ。ゼロも超満足そうな顔をしている。でも、罠は一切配置出来ず、モンスターの追加はおろか、受付嬢さえ召喚出来ていない。
あまりのゼロの早業に、カエンは呆気にとられている。
そう、こいつの金遣い(この場合ポイントだが)の荒さは尋常じゃないんだ。分かってても止められないんだ!カエンのオーラがどんどん恐くなってくるが、俺のせいじゃないからな!
「お前……モンスターがいなかったら、訓練にならねぇだろうが……!」
カエンが地を這うような低い声で呻いた。逆に怖い……!
だが、ゼロは全く動じていない。
にこにこ笑いながら、「うん、それは明日でいいかと思って」とあっけらかんとした口調で答えている。
まったく動じていないゼロと、全身から怒りのオーラが吹き出る火龍、カエンに挟まれて、俺はぶっちゃけ胃に穴が開きそうだ。なにこれ、めっちゃ精神衛生上良くないんだが!
そこにカエンの低音が響く。
「おい、小僧。そこのハイエルフ、そろそろ起こせ」
おお……怒りのあまり、最早ゼロは小僧扱いだ。気性が荒い事で有名な火龍なんだし、心の中ではもっと罵倒されていることだろう。
可哀想なのはルリだ。たたき起こされた途端に、怒りに満ちた火龍に視線を向けられて、涙目で震えている。
「起きたな。あんたはこの小僧に魔法を教えろ。まずは回復からだ」
起き抜けで状況が分かっていないだろうルリに、乱暴にゼロを押し付ける。
「ちったぁ役に立つように仕込んどけ。出来るまで寝かせんなよ」
不機嫌に言われ、さすがのルリもコクコクとただ頷いている。ルリも気の毒に……。
不憫に思って見ていたら、突然首根っこを掴まれて引っ張られる。驚いて見上げたら、カエンの迫力に満ちたご尊顔がどアップで視界に入ってきた。
ニヤリと笑う顔が凶悪すぎるんだが!
「オメーはコッチだ」
えええぇーっ! 俺!? なんで!? 待って!
俺の全力の叫びごときで、カエンが特訓というなのしごきをやめてくれよう筈もない。
その日の手合わせは最悪だった。カエンがいつ帰ったのかすらも覚えていない。とりあえず、俺は二度とゼロに馬鹿買いさせないと誓った。
二度と! 絶対にさせないからな!