ダンジョンへ
準備が整ったらしいレジェンドたちは漸くダンジョンへと入る。全員が入った途端におお、と声を上げ、周囲を見回していた。
爺さん達の目の前に広がるのは石造りの迷宮ダンジョン。数人並んで歩けるくらいの道幅、多めの灯りに照らし出された古びて割れたような石造りの壁……それがどこまでも続いている様は結構な圧迫感がある。
「こりゃまた由緒正しい迷宮タイプのダンジョンじゃのぅ」
「シーズ、マッピングを頼めるかな?」
「ああ、任せておけ」
マホロ爺さんがひとこと指示を出すと、シーフ爺さんが心得たとばかりにノートとペンを取り出した。やっぱりこのパーティーはしっかりとマッピングもとるチームだったらしい。
「ゴーシュ、そこの松明を取ってみてくれるかな?」
「この壁のヤツか」
「そう、きみなら手が届くだろう?」
驚いた。まさかダンジョンの壁の灯りである松明に手を伸ばすとは。
「ほう、どうやら使えるようだね。カンテラの油が勿体ないから、灯りが必要になったら壁の松明を使うようにしようか」
「分かった」
「今は壁に戻してくれていいよ。さぁ、進もうか」
マホロ爺さんの号令でパーティーはいよいよ進み始める。斥候も兼ねているのかシーフ爺さんと戦士爺さんが先に進み、あとの三人は周囲を警戒しながら後に続いた。まだダンジョンに入ったばかりだからかまだ歩みは総じてゆっくりだ。
「やっぱり最後まで生き残ってるようなヤツらは動きが手堅いな」
それをモニターで見ていたカエンも、納得した様子で頷いている。確かにカエンの言う通り、のっけから動きが手堅い。
ダンジョンに入るなり使えるものがあるかを確かめるなんて動き、今まで見たことがない。きっとダンジョンの奥深くまで潜り、少ない物資で長い期間を戦い抜く事に慣れているからこそできる行動なんだろう。
「食料、水、薬草系を各々が持ってるのってやっぱりリスク回避なのかな」
ポツリとゼロが呟いた。その声にいち早く反応したのは、ダンジョン内にいるマホロ爺さんだ。
「その声はダンジョンマスター君かな?」
「は、はいっ! ゼロといいます」
「ああ、そうだった、ゼロ君ね」
ゼロ君、ゼロ君、と何度か呟き、「よし覚えた」と微笑んで、マホロ爺さんはゆっくりとゼロの疑問に答えてくれる。
「そう。ゼロ君が言う通り、リスク回避のためだよ……一度ダンジョンに入ってしまえば、誰がいつ欠けるか誰にも分からないことだからね」
穏やかなのに、言っている内容はとてもシビアだ。欠ける、という言葉で和らげているが、ようは死ぬか脱落するかってことだろう?
「戦いでメンバーが欠けてしまうこともあるし、トラップで分断されることだってよくある事だ。たった一人でダンジョンを進むことになる場合も想定しておく、というのが準備段階での心得だと思う」
「そうよなぁ。幸いワシらは全員生き残ってこれたが、そんなパーティーはごくごく僅かじゃしなぁ」
「奇跡に近い。なのにあの筋肉バカときたら」
マホロ爺さんの説明に格闘家爺さんが同意すれば、その横で魔術師爺さんが憤然と愚痴る。どうやらこのパーティーはマホロ爺さん主導のもと、かなり慎重にダンジョン攻略に挑んできたパーティーなのだと感じられた。
ふと思い出してステータスを見てみる。そこには圧巻の数字が並んでいた。
戦士:男:レベル154
盗賊:男:レベル149
格闘家:男:レベル148
魔術師:男:レベル159
魔法剣士:男:レベル163
「すげえ……」
マホロ爺さん、一人だけレベル160を超えてる。しかも魔法剣士って。
でも確かにさっきの言動もその佇まいもすごく知的だ。シルバーグレーの長髪をひとつに束ね、終始穏やかな微笑を浮かべているが、年老いてもなお端正な顔は品性すら感じられる。
しかもこの人、魔法禁止の武闘大会で優勝してるってことは、剣だけでも戦士爺さんより強いってことだろう? 戦士爺さんに比べたら筋肉も別にモリモリじゃない細マッチョなのに。
やっぱり知性の差だろうか。
「じゃがそれくらいはさすがに今の冒険者たちもやっておるだろう。このダンジョンは数時間で攻略できるからそこまではしないだけじゃないかのぅ」
格闘家爺さんが言えば、カエンは眉に皺を寄せて唸った。
「いや、怪しいな」
「怪しいのか」
「今はダンジョンが出来たら初期段階で潰してるしな。長時間潜らねえと攻略出来ねえダンジョンっつうのが国内にないんだよなぁ」
「そりゃあ失策じゃのう。そこそこのレベルのダンジョンは残しておいたほうが訓練になるしのぅ」
「そう簡単にもいかねえんだよ。国としては」
「ダンジョンが出来たのを放置しとくのもまぁ問題だよな。危険なのは変わりない」
「それでこんな訓練用のダンジョンが必要になったってわけか」
「甘いのぅ」
「死なせて死なせて少数精鋭だけ残るっつうのもずっと見てると辛いもんだぜ」
「守護龍様は情にあついからなぁ」
カエンと爺さん達が世間話みたいにそんな話をしているうちに、パーティーはどんどん奥へと進んでいく。その間に蔦があれば切って丸めてロープを拵えてみたりと動きにまったく無駄がない。
爺さん達は未だにしっかりと現役だった。




