第三試合
「皆さん、静粛に!」
激しいブーイングに耐えかねて、審判が武闘大会らしからぬ注意を口にしている。
武闘大会で静粛に、って言われても微妙だろうが、正直またもやアウェー感がハンパない。少しは静かになった事だし、さっさと始めてくれないだろうか。
審判も思いは同じだったようで、「始め!」と半ばおざなりに試合開始の合図が送られる。そして、それと同時に俺は嵐のようなブーイングの理由を知る事になった。
試合が始まった瞬間に、ゴツ天使が空中高く舞い上がったからだ。
「また飛びやがった!」
「降りてきて闘わんか!卑怯者!」
周囲のおっさん達が色めき立つ。
俺へのブーイングじゃなかったのか…!
ちょっとホッとしたかも知れない。
チラリとゴツ天使を見てみたら、ゴツ天使は叫びまくるおっさん達にむしろ軽蔑の眼差しを向けていた。
「フン、己の身体能力を使って何が悪い。我は間違った事はしていない」
まあなぁ。そりゃそうだ。
極端な話、デカ爺さんの身長が高過ぎるって文句つけられてるのと同じと言えば同じだもんな。ただ、そのまま空中でホバリングして長槍を構える余裕綽々な姿は、それなりにムカつく。
これは…普通の剣士なら自分から攻撃出来ないだけに、腹立つだろうなぁ。
俺は元々カウンターが得意だからそうでもないが…ただ、得物が槍でリーチが長いだけにカウンターもしづらい部分がある。
空中をフィールドにされるのは敵の立場になると本気で厄介だ。これじゃさすがに布は攻撃には使えないだろう。防御に使い易いように、布をマント状に羽織る。
そうなると攻撃には…とりあえずムチか?
「フン…武器を替えてもムダだ。地を這っている限り、お前に勝機はない」
俺がムチに手をかけたのを目ざとく見つけ、ゴツ天使が挑発してくる。もう周囲のおっさん達の怒りは最高潮だ。
これまでの闘いでも挑発したりしてたんだろうか、おっさん達の目がマジで怖い。
「やっちまえ!!」
「負けたら承知しねぇぞぉ!」
「ヤツの槍もペランペランにしろー!」
負けたら俺の方が袋叩きにされそうだ。
あんまり刺激しないでやって欲しい。血の気が多いおっさんばっかなんだから。
「粗野な野次が多過ぎる。不愉快だ、さっさとカタをつけさせてもらうぞ」
ひときわ高く飛び勢いをつけたゴツ天使が、鷹のように急降下してくる。
望むところだ!
野次は俺のせいじゃないけどな!
俺のムチも普通の長さじゃない。
射程ギリギリまで降下したところを狙ってムチを振るう。ぐんぐん伸びていくムチはゴツ天使も予想外の射程だったんだろう、避けられもせず、簡単に胴に巻きついた。
そこを渾身の力で引っ張る。
「うおっ!?」
急降下中だったゴツ天使は、俺から力が加わった事で照準がブレたらしい。俺の目の前に凄い勢いで落ちてきた。
ビッターーーーーン!!
なんとなくマヌケな音を立てて、床に激突する。
「ぐあ…!」
相当なダメージを受けた様だが、残念な事にムチは胴にしか巻きついていない。
翼も腕も足も自由だったのが良くなかったのか、ゴツ天使は呻きながらもすぐさま体勢を立て直し空に逃げた。
慌てていたところを見ると、接近戦はかなり嫌なんだろう。
ただ、慌て過ぎだ。
ムチを外さずに飛びたったもんだから、ムチが伸びる臨界点まで達した後、ムチが外れなくてもがいている。
俺だって逃がす気はない。渾身の力で引っ張り返す。ゴツ天使は逃げようと上へ上へ引っ張るし、ムチは力の拮抗からプルプルと震えた。
力は俺が優ったようだ。
拮抗が崩れた瞬間、反動か驚きのスピードでゴツ天使が床に叩き付けられた。あまりのスピードに俺もびっくりだ。
……そういえば……ムチの素材、なんかすげぇゴムにしたんだっけ…。
「がは…っ!!」
ゴツ天使が苦しげに咳き込みながら血を吐いた。
…まだ大した事はしていないんだが…大丈夫なんだろうか、こいつ…。ちょっと心配なくらいだ。
ちなみに周囲のおっさん達は、すでに踊り出しそうな勢いで喜んでいる。
「…まだだ!まだ負けんぞぉ!!」
ゴツ天使が吼えた。
当たり前だ。
俺まだムチ引っ張っただけだし!
「このムチさえ解ければ…!ぐぅぅうっ…!なんだ、こんなムチ…!!」
ムチから抜け出せずにもがくゴツ天使。まさにトリモチにくっついた鳥ようにジタバタしている。
ちょっと憐れな気もするが、この期に接近戦を堪能してもらおうか。
ムチの長さを一気に短くしてやった。
「うおぉぉお!?」
急に引っ張られ、俺の方に倒れ込んできたところに思いっきり拳を叩き込む。腹に気持ちいいくらい拳がめり込み、思わず体を折ったゴツ天使の胸あたりを蹴り上げる。
仕上げに横からの回し蹴り。
ムチも離してやったから、相当遠くまでぶっ飛んでいった。
おっさん達、やんややんやの大喝采だ。




