腹をくくってくれ
「どうした、真っ青だぞ?」
「なんだよ、それ! なんで名前付けただけで復活出来なくなるわけ? それならノーネームの方がいいんじゃないの? 僕、死なれるのは嫌だよ……!」
アホか。俺は呆れた。
「いやいや、よく考えろ。今、召喚してるの俺だけだよな」
「そうだけど」
「俺が倒されたら、復活する前に多分マスターが殺されてジ・エンドだ」
俺の言葉に、マスターがウッと口ごもる。どう考えても俺を倒すような相手に、このひょろっこいマスターが勝てるわけはねえもんな。言い返せるわけがない。
「マスターが死ねば名前持ちだろうがノーネームだろうが復活出来ねぇし、このダンジョン自体が崩壊する筈だ」
重ねて言うと、マスターは目に見えてしょんぼりしていく。
「ちなみに、ダンジョン自体を造らないとか、開放しないでこっそり暮らすとかはできるのか?」
「真っ先にコアに聞いてみたけど、無理だった。造らないことはできるらしいけど、一カ月経ったら強制的に開放されるんだって」
「うわあ」
そりゃあ最悪だ。なんの準備もなくダンジョン開放されるとか、自殺でしかない。
「じゃあやっぱ、俺がどんどん強くなってお前を守るしか、生き残る道はねぇだろ。ダンジョンが開放されれば、嫌でも冒険者だの魔物だの、野生動物だのゴロゴロ入ってくるぞ」
うつむいたままのマスターの喉から、ゴクリとつばを呑む音がする。どうやら事の重大さだけは理解してもらえたらしい。
「頼むから腹くくってくれよ、こうなった以上、俺とマスターは一蓮托生だ。俺が少しでも強くなれば、その分生き残れる確率が高くなると思えばいいだろ」
言いたい事は言ったが……くそ、またマスターのテンションが地に落ちてしまった。
「ゴメン。僕が死ねば君まで死ぬなんて、考えてもみなかった」
「いや、俺も言い過ぎた。悪りぃ」
本当はマスターだけ死んだ場合のことなんて知る由もないが、こう言っといた方がコイツのためにはいいだろう。
「そうだよね。君には白龍になるって夢があるのに、僕の巻き添えで死ぬなんて、絶対にダメだ。僕、頑張るよ。体も鍛える!」
取りあえず決意を固めているようだが、なんか方向性がズレてるな。ぶっちゃけこのヒョロさ加減で体を鍛えたところでたかが知れてるとは思うが。まぁ、やる気を出してくれただけでも有難い。
「名前、付けてくれよ。そんで一緒に頑張ろうぜ」
「うん。じゃあ君は……ハク、でどう?」
俺は、いいんじゃねぇの? と笑う。
正直なところ名前なんて付けてくれりゃ何でもいい。素直に頷いた俺にマスターも満足そうだし、問題ないだろう。
「僕の事はゼロって呼んでよ。記憶もろくにないし、ゼロからのスタートだからさ」
改めてよろしく、と笑顔で右手を差し出してくるゼロ。
召喚モンスターなんて、使い捨てでも文句は言えない。普通はその中で死に物狂いで生き残り、レベルを上げていくもんだ。
そう考えると、こうして対等に扱ってくれるのは、かなり有難い事だと思う。ヘタレだが、俺は結構いいマスターに当たったんじゃないか?
「ハクって良いヤツだな。意外と優しいし。僕、ハクを仲間に出来て良かったよ」
どうやらゼロも俺を気に入ってくれたらしい。とりあえずは一安心だ。
ヘタレだ、ヘタレだと思っていたが、こうしてみると別にごく普通のヤツに見える。
まあでも、そうだよな。記憶もなく、こんな気味の悪い白い部屋にいきなり独りで閉じ込められりゃ、見るもの全てが恐怖の対象だろう。ダンジョンだの何のって予備知識がなきゃ余計にそうだ。案外あれが普通の反応なのかも知れない。
俺は深く同情した。
とはいえ、俺も今はレベルが1に戻ってしまっている。レア度こそ高いが強さはさほどでもない。なんとかゼロを死なせないっつーのが最優先だろう。
あとは、このメンタル弱そうなマスターが快適に過ごせるように、出来る事を精一杯やればいい。
よし!
まずは、この殺風景な部屋をなんとかしねぇとな。なんせこの部屋、真っ白な箱の中に簡易的なベッドとイスがひとつずつ置かれているだけだ。とても人が心地よく住めるような状態じゃない。俺は早速ゼロに提案してみた。
「え、部屋? 改造できるみたいだよ。確かそんな項目があったはず」
そう言いながら、ゼロはダンジョンを作るときに使うんだというカタログに手をかけた。
「そっか、そうだよね。毎日生活するんだから、部屋くらい快適にしたいよね」
俺の提案に、ゼロも嬉しそうに同意する。
「僕、ベッドだけはいいのにしたいなぁ。起きた時そのベッドに寝てて、なんか凄い体痛いんだよ。ハクはなんかこだわりある?」
「俺は別に生活出来りゃそれでいい。ベッドもあれで充分だ」
ゼロは楽しそうに、カタログの生活の項を見始めた。緊張感のカケラもない、楽しそうな様子で夢中で見ている。元気になったようでなによりだ。
やがて、あるページで手が止まる。
「あっ! ハクさあ、こだわりないんだったら、これとかどう?」
ゼロの楽しげな声にカタログを覗き込んでみれば、オススメのものなのか、ひと際目立つ枠付きでこう書いてあった。
【初心者用住居:フローリング6畳1間:キッチン、バス、トイレ付き10P】
最初に貰ってるのが確か1000ポイントって言ってたっけか。6畳1間はイマイチよく分からないが、10ポイントでキッチン、バス、トイレが揃うなら、一応生活できるし割がいい気がする。
いいんじゃねぇの? と答えると、ゼロは緊張した面持ちでダンジョンコアに向かい合った。なんでもカタログから何か頼むのはゼロだって初めてのことらしい。
「初心者用住居を購入!」
ダンジョンコアに向かってゼロが高らかに宣言すると、コアからも応じるように機械的な音声が響いてきた。
『初心者用住居を10Pで設置しますか?』
「承認!」
ゼロが承認したとたん、壁に突如ドアが現れる。ただただ真っ白な空間の中に、優しい木目の扉があるだけで、なんとなくホッとするのが不思議だ。
恐る恐るドアノブに手を掛ければ、ガチャリと軽い音がしてなんなく扉が開いていく。
「うわ~、本当に簡単にオーダーだけで出来ちゃうんだね」
どうなってるんだろ、とポカンとしたまま呟くゼロにまったく同意だ。俺もダンジョンがこんな簡単に増築できるなんて知らなかった。
「ハクの部屋だし、せっかくだから見てみれば?」
「え、俺の部屋? まさか個室?」
「もちろん。僕はマスタールームで寝るし。プライバシーは大事だよね」
ダンジョンモンスターにわざわざ個室くれるとか、どんだけ優しいマスターだよ。思いがけない幸運に、密かに感動してしまった。いや、マジでラッキーなんだけど。
「あ、でも悪いけどポイントが貯まってダンジョンが安定するまではトイレとお風呂は共用にしよう」
ポイント消費しすぎるのも怖いしね、なんてゼロは申し訳なさそうな顔をしているが、そんなの当たり前だろう。
ゼロに促されて、部屋に入る。中を見て、俺はちょっと引いた。
一瞬で造られたとは思えない、ちゃんとした『部屋』だ。ただただ真っ白だったマスタールームに比べると遥かに生活感がある。
木の床に淡いベージュの壁、家具が置いてないからだだっ広いが、小ぶりなキッチンには鍋とまな板、ナイフが用意されていて、なるほどこれなら本当に普通に生活できそうだ。
「おお、ちゃんと水も出る! 普通に蛇口だ!」
水を手にすくって飲んでみたりとゼロも嬉しそうで、俺はちょっと安心した。
部屋の奥にある扉を開ければトイレと風呂。シャワーだけでなく風呂桶もあるタイプでなかなか使い勝手がよさそうだ。これだけ揃ってたったの10Pなら本当にお買い得だろう。とはいえ無駄使いなんて現段階じゃもちろん怖くてできないけどな。
思ったよりもずっと快適に暮らせそうで俺は既に満足していたわけだが、ゼロは「この部屋、家具がなんにもないな」と呟くとさっさと部屋を出て行ってしまった。
そして、わずかな間のあと、隣の部屋から「承認!」の声が聞こえてきたかと思うと、ドン! ガタン!と音を立てていきなり部屋にベッドとイスが現れる。
「な……な、なんだコレ」
内心ドキバクしていたら、マスタールームへ続く扉からゼロがひょこっと顔を出す。
「どう? さっきベッドもそれでいいって言ってたから、ハクの部屋に移設してみたんだけど」
いやいやいや! 一言いってくれよ! めっちゃビビったじゃねえか!
「あ、ちゃんと移設されたみたいだね。模様替えは自由にやってくれていいからね」
模様替えって……言うほど家具もねえんだが。なんて返事をする間もなく、ゼロの顔はあっという間にマスタールームに消えていく。そして隣の部屋からテンションの高い「承認!」の声が聞こえてきた。
ズウウウン……と、地響きのような音が響いた瞬間、俺はマスタールームにダッシュで移動する。
「ゼロ!? 何を召喚したんだ……って、うわっ! なんだコレ」
部屋一面のベッド。
ゼロは幸せそうにベッドの上をゴロゴロと転がっている。俺は激しく脱力した。
「ハク見てくれよ、夢のキングサイズベッド~! 僕寝相悪くてよく落ちるからさ、ずっと欲しかったんだよ。超ふかふか! 超最高!」
「はあ!? 何無駄遣いしてんだよ! お前はアホかっ」
思わず心の声が全面に出てしまった。しかしゼロは気にした様子もない。
「たった2Pだから大丈夫! ちょっと座ってみなって。魅惑のふかふか感だから!」
確かにふかふかだが!
ここマスタールームだぞ? この部屋ベッドしかないじゃねえか! ベッドでゴロ寝しながら作戦会議とか、あんまりだろう。
俺が先行きに不安を感じてグッタリしている間に、ゼロは一瞬で寝てしまっていた。
寝息すら聞こえない程ぐっすりと眠ってしまっている。今日はきっと、不安の連続だったんだろうと思うと、さすがに起こせない。
キングサイズベッドと一緒に出現したんだろうふんわりした布団を掛けてやってから、俺はそっとマスタールームをでる。
まぁ、今日はしょうがない。明日からが本番だよな。