口ほどにもないな、王子様
ゼロと目が合うと、ユキはワン! とひと声吠えて、ダンジョンに向かって駆け出した。
「今から白いわんちゃんが毒消しを持ってそちらに行きます。毒消しを飲んだら、わんちゃんがワープポイントに案内するので、そこからお帰り下さい。またのチャレンジをお待ちしております」
アナウンスが流れ終わる前に、ルリはいそいそと立ち上がり治療室に向かう。今度はめっちゃ楽しそうだな。
そんなルリの代わりにそのままモニターを見ていた俺は、思わぬ光景を目にし、思わず固まった。
王子様が、毒を受けた鎧に謝ったからだ。
「すまないな、カルロ。ダンジョンに来る以上、毒消しを持って来るのなんて常識だった。僕の落ち度だ。どこかでダンジョンというものをなめてたのかも知れない」
「そんな! オレが未熟だったんです、顔を上げて下さい!」
さっきのエリカ姫とのやりとりを見てたから、王子様ってただの腹黒ワガママS王子だと思ってたんだけど、違うのか? 実はいい人?
ゼロも「へぇ、部下思いのいい人だね」とか言いながら、素直に褒めている。俺はさっきまで王子様が見せていた、俺様っぷりとのギャップに、まだ信じられない気持ちだった。
ユキに連れられてリタイアしていく鎧を見送って、王子様達はまた歩き始めた。
もう鎧は2人しか残っていない。
レベル7までを想定して造ったダンジョンだったが、レベル20オーバーでもかなり苦戦する事が分かった。それだけでも結構な収穫だ。あとは、くれぐれも無事にクリアして欲しい。
だが俺の願いも虚しく、王子様達は今だダンジョンを彷徨っている。
別にとりたててめぼしい展開はない。モンスターは相手にならないし、可哀想に復活してはやられている。そう、純粋に無限に回廊をループしているだけだ。
とっくにエリカ姫達はダンジョンクリアして、今まさにご褒美タイムの真っ最中。
全員クリアでみんなニコニコ。
ボス戦間際でリタイア寸前の大けがを追った兵士も、エリカ姫が宝箱から回収した回復薬を迷わず使い戦線復帰できた。
ボス戦もからくも勝利。人数が欠けていたら危なかっただろう。最後までカエンの手を借りずにクリア出来たんだから、なかなかのもんじゃないか?
今は美しい景色の中、エルフから祝福され、一人ひとり賞品のペンダントを渡されて、嬉しそうに見せ合っている。
効果は同じだが、石の色合いが様々だから、見せ合うのも楽しい筈だ。俺がこのペンダントを賞品に選んだのは、それも大きい。皆嬉しそうで何よりだ。
次は家庭教師チケットの配布。
冒険者1人につき、配られるチケットは1枚だけ。このチケットで3時間、好きなエルフから、スキルを学ぶことができる。スキル不足の低レベル冒険者にとっては嬉しいサービスになる筈だ。
ゼロはいつの間にか、講師になるエルフ達のスキル一覧表を作っていたらしく、配られた紙を見ながら、兵士達は真剣に検討しているようだ。
「このチケットって、いつから使えるんですか?」
「いつでも大丈夫ですわ」
兵士からの質問に、知的な美人エルフ、ミズキが優しい笑顔で答える。うん、打ち合わせ通りだ。
「姫。俺は今日、今からやりたいんですけど、ここに残ってもいいですか?」
おお! やる気あるな。
よく見ると、さっきリタイア寸前の大けがをした兵士だ。多分思うところがあったんだろう。
さすがに姫も驚いたようだが、「今日の仕事はこれで終わりだから、大丈夫ですわ。兄様には私から言っておきます」とにっこり。
俺も、俺も、という兵士達の声で、ご褒美ルームは一気に賑やかになった。
あれ? でもエルフ達はまだ、家庭教師テストに全員は合格してないんじゃ…。
俺は急に不安になる。
さすがに今日、というのは予想外だ。なんせ今日は視察だったから、その後のサービスは後追いで整備するつもりだったし。
俺の心配をよそに、エルフ達は互いに素早く目配せし、頷きあった。
爽やかな男エルフ、ダーツが進み出て「もちろんオレ達はいつでも大丈夫ですよ」とこれまた爽やかに微笑んでいる。
っていうか、お前はまだ合格してねぇだろ!確か投具系だった筈だ。ヤバい。こいつら、兵士を練習台にするつもりだ。
「いいのか? ゼロ」
するとゼロは、大きく頷いた。
「うん。皆教え方はうまくなってたから大丈夫。人に教えられるレベルだと思うよ」
そ、そうか。とりあえず安心したけど。
俺達がそんな話している間にも、ご褒美タイムは進行していく。エルフ達は、なかなか手際がいい。
「このまますぐに始めてもいいんですが、皆さんお疲れでしょう? 回復の温泉をご用意しておりますので、回復してからにしませんか?」
その言葉に兵士達が、わぁっ! と湧いた。ダンジョンを冒険してきて、傷だらけの上汗と埃にまみれている。そりゃあサッパリしたいに違いない。
早速脱ぎかけて、はた、と視線が一方を向いた。
そうだ、エリカ姫がいたんだった。
エルフ達に見られるならまだしも、さすがに姫に見せるわけにはいかないよなぁ。案の定エリカ姫は真っ赤になって、「わ……私、先にカフェに戻りますわ!」とジタバタしている。申し訳ない。
「しょーがねぇなぁ」とボヤきつつ、カエンがエリカ姫を連れてご褒美ルームを出てくれて、正直ホッとした。
ありがとう、カエン……!
しかし、エリカ姫には悪い事をしてしまった。本当は、一番さっぱりしたかったのは、女の子であるエリカ姫だろう。
「そっか、女の子は露天風呂はムリだよね」
ゼロも同じ事を考えているようだ。
課題は残ったものの、兵士達は回復温泉で、体力全快。身も心もさっぱりして、スキル習得に集中して励んでいる。こっちはもう放っておいて良さそうだ。
そう、問題は王子様ご一行の方なんだよ。
さっきから延々と同じ所をぐるぐるぐるぐると飽きずに廻っている。頼むから気付いてくれ。どうしたらいいんだ、ホント。
こう言っちゃなんだが、王子様もユリウスも、鎧達も口程にもないな。
「ゼロぉ、どうする?」
「うーん、まさかこうなるなんて予想外だったよね。時間制限とか決めたがいいかもね」
よし、それで行こう。
「それ、アナウンスしてくれ。エリカ姫もあんまり待たせられないだろ?」
だよね、とマイクに向かうゼロ。
「皆さん、ダンジョン侵入から5時間が経過しました。タイムアップのため、リタイアです。残念でしたね。またのチャレンジをお待ちしております」
応接室に戻った王子様は「時間制限があるなんて聞いてなかったな」と残念そうだ。
そりゃそうだ、申しわけないが今決めた。
「その、実はみなさん無限ループに入ってしまわれたので、強制終了したんです。実は、2~3時間でクリアする想定でした」
ガックリと肩を落とす、王子様と鎧達。ゼロもはっきり言うなぁ。
「無限ループか……タチが悪い」
造った時は、無限ループにするつもりはなかったんだ。同じ別れ道を常に同じ方向に曲がるとは思わなかったんだ! と言ってやりたい。
「えっと、通常はここでお帰りいただく予定なんですけど、折角視察に来て下さってるのでクリア後のご褒美ルームも見てくれませんか?」
ゼロは王子様の発言を華麗にスルーすると、ご褒美ルームへと案内した。
薄暗いダンジョンとはうって変わって、明るい森と草原が広がるご褒美ルーム。それだけで気分は嫌でも明るくなる。視覚効果ってやっぱり大事なんだろうな。
美しいエルフと談笑する兵士達を、鎧達は羨ましそうに見ている。まぁ、見た目は楽園のごとしだが、実際はマンツーマンのスパルタ教育でスキル習得中なんだがな。
「ダンジョンをクリアした人は、ここでいくつかのご褒美が貰えます」
ゼロが簡単に説明する。ご褒美の内容は纏めるとこんな感じだ。
1.特別な効果がついたアクセサリーをプレゼント
2.エルフの3時間家庭教師サービスチケットをプレゼント
3.回復温泉入り放題
4.駆け出し用ダンジョンクリアの冒険者限定、聖水プレゼント
しかも冒険者なら、カエンのギルドで依頼を優先的にまわして貰えるオマケつきだ。これは冒険者であれば地味に嬉しい特典だろう。
王子様にも気付かず、必死でスキル習得に励む兵士達を見て、王子様は少しだけ機嫌をなおしたようだった。
「マスター、たしかゼロって言ったっけ? 少し話したい事があるんだ。応接へ案内してくれないか?」
エリカ姫と鎧達を先に城へ帰し、応接室には今、王子様とユリウスが残っている。
こちらはゼロと俺。カエンにも中立の立場で参加して貰っている。残念だがルリとユキはマスタールームで待機だ。ダンジョンに人がいる以上、マスタールームは無人にはできない。
王子様は優雅にお茶を飲み、目を閉じて香りを楽しんでいるようだ。早く本題に入りたい所だが、相手は仮にも王族。ここは我慢だ、と思ったら。
「ところでアライン様、お話って何ですか?」
ゼロがストレートに切り出した。ゼロって変な所で遠慮がないよな。
「そうだな、まずはお礼を言わなきゃね。ゼロ、今日は本当にありがとう」
えっ!?
「今日は久しぶりに自分の未熟さを思い知ったよ。まさか駆け出しレベルのダンジョンですら踏破できないとは思わなかった。護衛の者達にも、良い刺激になったと思う」
隣でユリウスが深く頷いている。
「これからも、兵士の訓練にぜひ利用させて欲しい」
意外だ。ダンジョンでそこそこヒドイ目にあったのに、王子様はむしろ高く評価してくれたらしい。
「実は僕、父上から、ゼロはまだダンジョンマスターになって4~5日の筈だって聞いてたんだ。正直こんなにしっかりしたダンジョンだと思ってなかった」
確かに、普通にこれだけの設備を整えようと思えば数ヶ月かかるだろう。想像出来なくて当たり前だ。
「ダンジョンマスターと手を組むって言うのも理解できない、って思ったしさ。だからさ、はっきり言うと敵情視察に来たつもりだったわけ」
うわ、思いっきりぶっちゃけたな。そして、カエン、大爆笑。
「おめーはもう、相変わらず歯に衣着せねえなぁ!」
「隠してもしょうがないでしょ」




