王子様、来訪
ビーーーーッ
ビーーーーッ
ビーーーーッ
『ダンジョンに侵入者が現れました』
警報と共に、淡々としたアナウンスが入る。
来た。ついに来てしまった。
王子様だ。
「いらっしゃいませ!」
シルキーちゃんたちの、ちょっと緊張気味の声がモニターごしに聞こえてきた。マスタールームに待機していた俺たちも、アライン王子に挨拶するため、受付に移動する。
最初に見えたのは、鎧を着込んだ屈強な兵士たちだった。
さすがに王子様の護衛を任されるだけあって、動きに隙がない。先頭の兵士がこちらに気付き、声をかけてきた。
「このダンジョンの主はどなたか? アライン王子のお着きである。御前に控えよ」
ゼロがあたふたと飛び出し、俺はそれを制止しようと、ゼロを守るようにさらに前にでる。その時だ。
「ばっかじゃないの?」
男にしてはやや高めの声が、あたりに響いた。
鎧たちを掻き分けて出てきたのは……え? これがカエンも逆らえない、王子様?
まだ『可愛い』という表現のほうが似合いそうな童顔。身長は170cmくらいか、肩口で切り揃えられたストレートの金髪にでっかい緑色の目、真っ白な肌。エルフの中に混ぜても違和感がないんじゃないだろうか。
たしか、18歳・男、だったよな?
ついつい王子様を凝視する俺たちには目もくれず、王子様はいきなり鎧たちに説教を始めた。
「そういうくだらない形式ばったことは要らないって、いつも言ってるだろ?」
「身分の違いは最初にわきまえさせませんと。アライン様がその調子ですので、国民も皆、垣根が無さ過ぎですから」
おおっ、鎧の男も負けていない。王子様とは真逆の黒髪黒目が、クールに王子様を見下ろしていた。
もちろん王子様は不満そうに眉を寄せ、しっかりと睨み返している。
「このダンジョンの主とは、国として交渉したいことが山ほどあるんだ。友好的に接していきたい。……とにかく、失礼は許さないから」
王子様と先頭の鎧の男との間に、一瞬火花が散った。
「……御意」
へぇ、やっぱ御意とか言うんだな。
感心していたら、その鎧の男がツカツカとこちらへ近寄ってきた。反射的にゼロを後ろに庇う。この男は、他の鎧たちに比べても威圧感が相当高いからだ。多分、相当の手練れなんだろう。
「先程は失礼した。非礼を許して欲しい」
意外にも折り目正しく礼をする。
「私はアライン王子の護衛隊長ユリウス。以後、お見知りおきを。改めて、このダンジョンの主はどなたか?」
「あ、あの、僕です。ゼロといいます。よろしく、お願いします……」
一方うちのダンジョンマスターはもちろんヘタレモード発動だ。こういう場面ではキリッと対応して欲しいもんだが、まぁムリだよな。
ユリウスも苦笑している。
「これはこれは若い主だな。怖がらせてしまったようですまない。悪いが、アライン様にダンジョンの説明を頼めるだろうか?」
ゼロはコクコクと頷くと、王子様と鎧たちを、応接室へと案内した。
全員を入れるわけにもいかず、室内に入るのはアライン王子とユリウスだけと決め、他の鎧たちにはホールで待っていて貰うことにして、ドアを閉めようとした瞬間。
カエンが凄い勢いで乗り込んできた。
「アライン、てめぇっ! ギルドで待ってろって、あんだけ言ってあっただろうが!」
「やだよ。あんな酔っ払いばっかのとこ」
カエンの怒声を聞いても、王子様は涼しい顔だ。
「ユリウス! てめぇもとめろよ!」
「こればかりは、アライン様と同意見でしたので」
こちらも涼しい顔だ。カエンの王宮での扱われ方が偲ばれる。
これでいいのか? 守護龍の扱いって……。
ぶりぶりに怒っているカエンを気にする様子もなく、王子様はゼロに先を促している。なるほど、今朝カエンが言ってた通り、大変に肝の太い方のようだ。そして、ユリウスも負けず劣らず図太いタイプなんだろう。
「えっと……」
「ああ、スマンなあゼロ、こんなヤツらで。悪いが説明してやってくれ」
カエンにも促され、やっと気持ちも落ち着いてきたらしいゼロは、意外にも手際よくダンジョンの説明を始めた。
受付とカフェ、ダンジョンの構造や、想定している客層、ダンジョン内の装備品販売、クリア後のサービス。街中の、ギルドと併設されていても問題が出ないように自分たちなりに考えていることも含め、かなり的確に伝わったんじゃないかと俺も思う。
カエンもところどころでフォローしてくれた甲斐もあって、あらかた話し終わると、ゼロは少し困った顔をした。
「あとは実際にダンジョンに入って、体験して貰うのが一番だと思うんですけど……ここって、初心者用のダンジョンだから」
俺もゼロの言いたいことがすぐに分かった。なんせこの護衛たち、どう見てもレベル20オーバーしかいないと思う。
すると王子様は、輝く笑顔で言い切った。
「大丈夫! カエンから、町娘でも半分は進めるダンジョンだって聞いてたから、実はちょうどいいのを連れてきてるんだ」
そして応接室の扉からひょいと顔を出すと、ホールで待機していた鎧の一人に「そろそろ連れてきて?」と指示している。
うわ、なんだろう。扉の隙間から見えた鎧、超イヤそうな顔してたんだけど。
不安だ……。
一瞬で閉じられてしまった扉を見つめ、さっきの鎧くんを心配している間に、いつの間にかゼロはダンジョンメンバーを王子様に紹介するフェーズに入っていたらしい。
気がついたらルリがかつてない笑顔をふりまいていた。
「へぇー、ハイエルフ! 綺麗な人だもんね。知り合う事が出来て光栄です。ルリさん、よろしくね」
にっこり笑う王子様。
ルリはこの上なく幸せそうだ。良かったなぁ、ルリ。王子様に褒められて。
あまりに嬉しそうだから、こっちまでなんだか嬉しくなっていたんだが。なんだか急に、受付あたりが騒がしくなってきた。
それに気づいた王子様がペロリと舌をだす。
「ふふ、来たみたいだね。カフェに移動しよっか」
王子様の言葉に、さっと動いたユリウスが扉をあけると同時に、叫び声が響き渡った。
「最低っ! あんたたち、ホンット最低っ!」
ツインテールの超可愛らしい女の子が、大粒の涙を流しながら、ジタバタと暴れている。
これはいったい、どういう状況なんだ!?
なんでこの女の子、後ろ手に縛られてんの!? しかもさっき出ていった鎧くんに、あろうことか肩に担がれてるんだけど。せめてそこは普通、お姫様抱っこだろう!
「おーーろーーせーーっっ!!」
女の子もなかなか口が悪い。いや、でも状況的にムリもないのか?
「申し訳ありません。あまりにもその、激しく動かれるもので、普通にお連れ出来ませんでした」
女の子を担いだ鎧くんの周りには、さっき見た鎧たちよりも簡易な皮鎧を身につけた若い兵士が増えていた。察するにこの女の子をここまで連れてきてくれたんだろうけど、明らかに疲れ切っている。
体つきから見ても、いかにも新米兵士だよな。なんだかご苦労様、とねぎらってやりたくなる。
「ありがとう。じゃあ、降ろしてあげて」
一方の王子様はいつの間にかカフェのテーブルに落ち着いて優雅にお茶を飲みながら、鷹揚に指示する。
女の子は地に足が着いたと同時に、後ろ手に縛られているとは思えない身のこなしで、王子様に回し蹴りを放った。
「危ないなぁ」
王子様は彼女の足が顔の真横に迫っているというのに、微動だにしない。ちなみにユリウスが彼女の足を受け止めているので、被害もゼロだ。
「エリカったら乱暴なんだから。女の子は回し蹴りとかしちゃダメだよ?」
女の子に言い含めるように言うと、王子様は俺たちの方を振り返る。
「紹介するね。この子は僕の妹のエリカ。超初心者用ダンジョンの、今日の挑戦者でっす!」
ああ、やっぱり……お姫様でしたか。
「見ての通り、元気有り余ってるから、ちょうどいいかと思って」
「だからやるって言ってないっ!」
エリカ姫、猛抗議。そりゃ後ろ手で縛られてるあたり、自主的参加とは思えないしな。
「そんな冒険服着込んどいて、説得力ないよ?」
「兄様がムリヤリ着せたんでしょっ! 私のドレス返してよ! ホント最低っ!」
「あの……」
見かねてゼロが仲裁に入る。ていうか、よくこの兄妹のケンカに割って入れるな。軽く尊敬するんだが。
「なによっ!」
涙目のまま、それでも噛みつきそうな勢いで、エリカ姫はゼロを睨んだ。ゼロはそんなエリカ姫を心配そうに見下ろして、ゆっくりと、彼女にわかるように説明する。
「その、超初心者用ダンジョンは……危険は少ないように作ってるけど、でも、モンスターも罠も本物だから。攻撃を受ければ痛いし、傷も残るかも、しれなくて」
エリカ姫は驚いたようにゼロを見あげた。
「だから、本人が希望してるわけでもないのに、入れられないよ……」
「えっ……」
ゼロはそのまま、今度は王子様へ視線を向ける。
「僕、いくらアライン様の指示でも、本人が希望しない限り、絶対ダンジョンに入れませんから」
言いながら、ゼロはエリカ姫の手首を縛っていた縄を切り、回復魔法をかけてやっている。さっきまでオドオドしてたのに、こんなにきっぱりと言い切るとは。なんだか分からないが、ゼロは怒っているようだった。
あれ程乱暴だったエリカ姫も、毒気を抜かれたのかすっかりおとなしくなってしまった。
「あの、ありがとう」
そうやって恥ずかしそうに微笑んでいると、本当に可愛らしい。輝く金色の巻き毛は、ツインテールで頬の横で揺れている。長いまつげ、大きな緑色の瞳。細い首すじ。指の先まで繊細な造りだ。
さっきの回し蹴りは見なかったことにして、ここだけ見ているとまさに理想のお姫様だな。
鎧達も兵士達も、口を開けて見惚れている。
それを見ていた王子様は、面白くない、といった表情で抗議してきた。
「ちょっと、うちのエリカに気軽に優しくしないでくれない? 優しくされるの、慣れてないんだから!」
いや、それは酷くないか?
それにしても、ここの王家はどうなってるんだ。この混乱を止めるべき立場だろう人たちが全然機能してくれない。
王子の護衛隊長な筈のユリウスはカフェの料理をもくもくと食べてるし、カエンは例のごとく、このカオスな状況に爆笑している。
誰もアテに出来ないと悟った俺は、この場を仕切ることに決めた。




