いつでも来いよ、王子様
「よし、モンスターはこんなもんだろ」
「そうだね、あとはご褒美ルームのエルフたちと打ち合わせすれば、今日の王子様の視察くらいはこなせるんじゃないかな」
「あー脳みそ使った」
思わずそのまま後ろに倒れこんだ。そんな俺の体をふかふかのベッドが優しく包み込んでくれる。最初見た時は気は確かかと思ったもんだが、こんな時はマスタールームにキングサイズベッドがあるって結構いいな。
「ハク!!!」
つい瞼がくっつこうとした瞬間、猛烈な勢いで揺さぶられた。
「ダメ! 寝ないで! ハクが本気で寝たら僕じゃ起こせない」
「失礼な」
「いや、ホントだから。たしかカエン、王子様が来るの午後からって言ったよね。意外と時間ないからね」
真剣な表情のゼロを見て、ちょっと反省した。
そうだよな、よく考えれば王子様のご機嫌を損ねたら、もしかするとダンジョンの運営だって危なくなるかも知れねえんだもんな。確かにうたた寝してる場合じゃねえわ。
「ごめん」
俺が起き上がるだけでゼロはホッとした表情を見せる。真面目に心配されていたらしい。
「よし、じゃあ今日はやること多いから、サクサクいこう」
「お、おう」
「まずはステータスから確認しとこうか。スキルとかによっては、王子様の視察の時に役立つものがあるかも知れないし」
腕まくりする勢いのゼロの様子に押されるように、俺もダンジョンコアを覗き込む。コアには、ゼロのステータスが映し出されていた。
「あ、もしかして俺、ゼロのステータス初めて見るかも知れねぇな」
「あれ? そうだっけ?」
そんなことを話しながら見たゼロのステータスは、俺にとってはちょっと意外なものだった。
名前:ゼロ(ダンジョンマスター)
LV:5
種族:人間
性別:♂
◆能力値
HP:319/319
MP:429/429
STR(筋力):121
VIT(耐久):130
INT(知力):165
MIN(精神):165
DEX(器用):143
AGI(敏捷):121
LUK(幸運):174
スキル:・迷宮の運営・《NEW》大勝負・《NEW》下級水魔術・《NEW》絶対服従Lv.1
称号:・迷宮の支配者・《NEW》敏腕ギャンブラー・《NEW》ご主人様・《NEW》大金星
▽スキル詳細:NEWスキルのみ表示
《大勝負》MPの半分を消費して、幸運を引き寄せる事が出来る。
《下級水魔術》下級の水魔術を扱う事が出来る。
《絶対服従Lv.1》対象者をごく短時間、絶対服従させる事が出来る。
▽称号詳細:NEW称号のみ表示
《敏腕ギャンブラー》勝ち目が薄いギャンブルに挑み、勝利した者に与えられる称号。ランダムで幸運を引き寄せる事が出来る。
《ご主人様》5人以上のメイドを使役した者に与えられる称号。相対する者を無意識に従える事が出来る。
《大金星》30以上のレベル差がある相手を撃破、もしくは撃退した者に与えられる称号。全ステータス+10%補正。
「絶対服従……」
ダンジョンマスターとしては普通なのかもしれないが、なかなかに怖い語感のスキルだ。
なんか、俺のゼロへの印象とまるっきり違うんだが。ゼロって結構みんなの意見も取り入れながらやってるイメージだよな。
釈然としない思いを抱きつつも、今度は俺のステータスに移る。
名前:ハク
LV:21
種族:龍人(白龍)
性別:♂
レア度:5
属性:聖
◆能力値
HP:2620/2620
MP:1720/1720
STR(筋力):1100
VIT(耐久):970
INT(知力):900
MIN(精神):920
DEX(器用):850
AGI(敏捷):970
LUK(幸運):2870
スキル:・《NEW》中級白魔術・下級聖魔術・格闘・幸運
称号:・主の忠臣・大金星
▽スキル詳細:NEWスキルのみ表示
《中級白魔術》下級から中級までの白魔術を扱う事が出来る。
うん、だいぶステータスが上がってきたな。これならある程度の敵となら、互角に戦えるだろう。
俺は白龍系統の龍人だから、魔法も中級までは治癒の系統が多い。本来戦闘では補助が向いてるんだ。
でも、カエンが格闘系の基礎を教えてくれたおかげで、HPや筋力もなかなか伸びが早い。地獄の特訓を受けた甲斐があるってもんだ。俺は小さくガッツポーズした。
ついでにルリとユキ、スラっちのステータスにも目を通そう、と思ったところで、ご褒美ルームから音声が入る。
「すみませ~ん、ゼロ様! そろそろテストを受けたいんですが~!」
声がしたモニターを見てみれば、エルフたちが綺麗な顔を並べて、早く来て欲しいと哀願している。どうやらゼロがテストしてくれるのが楽しみすぎて、待ち切れなかったらしい。
俺とゼロは顔を見合わせてちょっと笑ってしまった。
「僕、行ってくるね」
すぐに立ち上がったゼロに続き、俺も立ち会おうと腰をあげると、すかさずゼロから止められる。
「ハクにはお願いがあるんだ。ダンジョンクリアの賞品として冒険者たちにあげる魔具を、カタログから選んでおいて欲しいんだよ」
ホントは僕が選びたかったけど……と、ゼロはすごく残念そうだ。でも確かにもう昼も近い。手分けするのが妥当だろう。
ゼロにはユキを護衛につけて、俺はマスタールームに残り、カタログを真剣にめくっていく。
さて、どうするか……。
せっかくだから、装備が変わっても付けたままに出来るような魔具がいいよな、きっと。
超初心者用ならネックレス、駆け出し用なら指輪くらいが妥当だろうか。イヤリングとかでもいいんだろうけど、落としたりしたら俺なら泣く。紛失しにくく、コストや効果もレベルにあっていて、しかも普通では手に入らないものが良いんだろう。
そうだなぁ、レベル7くらいまでの冒険者ねぇ。
10代後半~20代前半の男女が思い浮かぶ。彼らが身につけるものと考えると、デザイン性もとても大事だ。いくら効果が高くても、身につけたくないようなデザインだったらツライもんな。
思いのほか、結構な難題だった事に気付く。
何度も何度もアクセサリーのページを行き来して、俺はやっと候補を絞りこんだ。
超初心者用には、やっぱりネックレスだ。効果は全ステータス+1。冒険の初期はなにせステータスが弱い。こういうのが意外と助かるんだよな。
駆け出し用には、指輪。1日1回だけ、回復(小:単体)してくれる。財力もないうえに魔力も少なく、魔法のレベルも低いだけに、この時期回復アイテムは重要だ。
他にも候補を2~3選んで、俺はようやくホッと息をついた。最終決定はゼロがやればいい。
一段落ついた俺は、昼メシを貰いにカフェに向かった。
みんなの分も貰っていこうかな。サンドイッチなら、各々、特訓しながらでも食えるだろう。
「あぁっ! ハクさん、いい所に!」
フロアに入るなり、でかい声で呼び止められた。
呼び止めたのはどうやらオレンジらしいが、その場にいるシルキーちゃんたち全員が、なぜか期待に満ちた目で俺を見ている。
「お願いします、ハクさん。お客さん役やってください!」
「いっぱい練習したけどぉ、やっぱり不安なんですぅ」
ウルウルした瞳で懇願される。
なるほど、練習台ってわけね。昨日から俺、そういうのばっかだな。
とは言え、確かにロールプレイは大事かもしれない。特に受付は最初に客に相対する、言わば顔だしな。
「よし、任せろ」
「ありがとうございます!!!」
シルキーちゃんたち一人ひとりが行う接客に客として応じ、気付いた点は丁寧にアドバイスする。シルキーちゃんたちも真剣そのものだ。
だいたい二巡した頃だろうか。
「よう! 面白れぇ事やってんじゃねぇか!」
フロアに突然でかい声が響き渡る。この声は、言うまでもなカエンだな。
「なんだよ、こっちに来るなんて珍しいな」
いつもはマスタールームに直なのに。
「ああ、そういやぁ構想は聞いたが、実際に受付やカフェがどんな感じか、ヤツが来る前に見とこうと思ってなぁ」
ヤツとは王子様のことだろう。下見に来るとは、カエンも意外と慎重なタイプらしい。
「だがまぁ、この分なら大丈夫そうだなぁ」
カエンの言葉に、俺もシルキーちゃんたちもホッと息をつく。王子様をよく知っているカエンがそう言うなら、きっと大丈夫なんだろう。ホッとしたら、ふと大事なことを思い出した。
「そういえばカエン、王子様って、名前なんて言うんだ?」
名前も知らないとか、結構失礼かもしれない。
「ああ、言ってなかったか。アラインだよ。アライン王子だ。だいたい三時頃こっちに着くって言ってたぜぇ?」
ま、後は頼んだ、と言うとカエンはさっさとギルドに戻ってしまった。ホントにちょっと様子を見に来ただけだったんだろう。
俺もそろそろ戻らないと。特訓中のゼロやルリに昼メシを届けてやろうと思ってたんだった。
思いのほか時間くっちまったな。
シルキーちゃんたちから感謝の言葉と共にサンドイッチを受け取ると、俺は急いでマスタールームに戻る。
そこには意外にも、ゼロとユキの姿があった。
「あ、おかえり!」
「あれ? もう終わったのか? えらくごきげんだな、上手くいったのか?」
「うん、早くも3人合格! 僕3つも魔法覚えちゃった。エルフのみんな、教えるの超うまいし、すごい優秀だよ!」
なんだと? この短時間で3つも!?
魔法ってことは、ミズキとコノハの女性陣と、インテリっぽいエアルが合格したのか。エルフのみんなが、っていうか……実はゼロがすごいんじゃないか?
俺の驚愕には一切気付かず、ゼロは楽しそうに続ける。
「ハクは? いいの見つかった?」
「あ? ……ああ、賞品にする魔具か。カタログに印つけてある。オススメはその、二重丸のヤツな」
俺が渡したサンドイッチを頬張りながら、うわぁ、理想通り! とか騒いでいると思ったら、ゼロは急に真顔になった。
もしかしてまた何か、思いついたのか?
「ハクさ、さっきカエンと王子様の話、してたよね」
「ああ、モニターで見てたのか。アライン王子な、3時ぐらいに来るってよ」
「もしかして、応接室とか要るのかな。さすがに王子様までマスタールームに入れるわけいかないし。カフェとか、ご褒美ルームで何とかなると思う?」
サンドイッチをハグハグとがっつくユキをモフりながら、しばし考えてみる。
……いや、ムリじゃねぇか?
だってお互いに、お付きの兵士やダンジョンモンスターには聞かせられない話もあるだろう。
「やっぱ防音の効いた応接室でも造った方がいいんじゃねぇの?」
ゼロ、満面の笑み。
その笑顔を見て、俺は急に後悔する。もしかしてこいつ、造ってみたいだけだったかも知れない。
いや、でもやっぱり必要だとは思うが。なんかハメられた気がするのはなんでだろう。
嬉々として豪華な応接室を召喚するゼロにため息をつきつつ、俺はルリたちに昼メシを届けるためにマスタールームを出た。
まぁ、なんだかんだで、これで準備は整っただろう。
いつでも来いよ、王子様。




