王子様がくるの!?
4日目の朝、何故か俺はゼロのキングサイズベッドで目を覚ました。
「………?」
「あ、ハク! おはようっ」
ゼロが慌てて飛んできて、涙目でごめんね、ごめんね、大丈夫? と謝ってくる。
そうか、昨日のカエンによる地獄の手合わせで、多分気絶したんだろうな、俺。
ゼロも本気で反省しているようだから、仕方なく許しておいた。既にマスタールームの中にはいい匂いが立ち込めている。どうやら今日もカエンが朝食を差し入れてくれたようだ。
「おっ、起きたか。どうだぁ? 身体は」
良かった、今日は魔王モードじゃない。大丈夫だと答えると、カエンは機嫌良くゼロの頭を撫でた。
「ホラな! 回復魔法効いてるだろ? 良かったなぁ」
ちょっと待て! 気絶するまでしごいた上に、その日魔法ならったばっかの半人前に回復させやがったのか! 俺の扱い、ひどくない?
「そんな顔すんなって。俺と特訓したおかげでまたDPも大量に入ってるんだろ?」
悪びれる様子もなく、カエンは「一石三鳥ってね」とニヤついている。そして、ふと思い出したように言った。
「ところで、お前らに頼みがあるんだが。今日中にある程度、ダンジョンを完成形に出来るか?」
「えっ!?」
ユキと遊んでいたゼロも、思わず声をあげる。
「また、なんで急に」
思わず訪ねると、カエンは珍しく言い淀んだ。
「あー……その、この前王宮に行ったって言ったよな? でな、王がこのダンジョンの話をバラしちまったらしくて、ワガママ王子が視察に行くって聞かねぇんだと」
「王子様!? いくつ?」
「あー、人間はなあ、あっという間に成長するからちとあやふやなんだが」
いきなり話に食いついてきたルリに驚きながらも、カエンは律義に答えている。ていうか、俺が爆睡してる間に、ルリもユキもだいぶカエンに慣れたみたいだな。
「確か、18とかそこらじゃねーか? そろそろ成体ってトコだ」
「あら、素敵。いいじゃないの、ご招待したら?」
ルリのヤツ、すっかり「王子様見たい」モードになってるじゃねーか。話にならん。まだダンジョンなんかできたてで安全確認も出来てねーのに、そんなVIP招待出来るかっつーの!
こちとら真面目に心配しているというのに、マスターであるゼロは至って呑気だった。
「へぇー、王子様かぁ。ちょっと見てみたいかも。ね、ユキ?」
ゼロの言葉に、ユキも嬉しそうにシッポをふりふりして答えている。おいおい、マジかよ。
カエンは上機嫌で「じゃ、頼んだぜ!」と言い残し、ギルドに行ってしまった。
ああ……。この脳天気集団の面倒、俺一人で見るのかよ。
虚しくなったが落ち込んでいる暇はない。こうなったらやれるだけの事をやるしかない。幸いカエンの撃退ポイントが昨日もゲットできたおかげで、それなりに使えるDPはある。
ゼロと話し合い、まずは人手を増やすため、昨日召喚出来るようになった妖族達を召喚することになった。
『シルキー8体、エルフ男女各3体、ドワーフ4体、ピクシー男女各3体を交配強化付与で、180Pを消費して召喚しますか?』
「承認!」
うわ、ゼロときたら相変わらずの潔い買い物っぷりだな。昨日カエンにキレられたのも、全然こたえていないらしい。
しかも、現れたモンスターにも、テキパキと指示を与えている。
こんな時にはゼロだって結構頼もしいんだと初めて知った。なんだよ、ちゃんとマスターらしいとこもあるんじゃないか。
ピクシーたちは超初心者用ダンジョンを巡回。
ドワーフは各ダンジョンごとに配置する。2人は超初心者用ダンジョンで店を開く準備だ。アクセサリーと服に分かれて、各自売り物になる魔具を作り、後の2人は駆け出し用ダンジョンで武器と防具の店を担当してもらうjことになった。
次々に持ち場に向かう妖族達の背中は、なんとも頼もしい限りだ。
後はシルキーとエルフたちだが……ここでゼロは、ちょっとだけ困った顔をした。
「どうした?」
「いや、ご褒美ルームの人員も纏めて喚んじゃったけど、まだご褒美の中身決まってないし、何してて貰おうかと思って」
「悩まなくても別に皆、受付の準備でいいんじゃねぇの? 明日カフェもやってみるなら仕込みもいるだろうし。材料召喚してやってもらえば?」
ゼロは「そっか」と素直に納得し、またテキパキ指示を出す。
う~ん、それにしてもやっぱエルフはやっぱみんな美形なんだな。そしてシルキーはかわいい!! 女の子の楽しげな声が入って、ダンジョンは一気に華やかな雰囲気になった。
本日のお仕事分担が終わったところで、さて、次は……。
「なぁ、ゼロ。昨日のカエン撃退の経験値、俺達3人に入れてくれよ」
撃退ポイントはDPと同量の経験値が入るらしい。ポイントはそれなりに使ってしまっただろうが、経験値はまだ無傷だ。経験値を割り振ってくれれば戦力も随分強化できるだろう。
その結果、俺はレベル21、ルリはレベル11、ユキはレベル10にあがった。これで出来る事の幅が広がってくれればいいんだけどな。
期待を込めて、点滅する「新着情報」を順に聞いていく。
『ゼロ、ハク、ルリ、ユキ、のレベルが上がりました』
おお!? ゼロもレベルが上がってる! ダンジョンマスターはダンジョンを造るとかなのか召喚するとか、そういうのでレベルが上がっていくんだろうか。
『レア度2の妖族を全て召喚したため、レア度3の召喚が可能となりました』
『ゼロが、新たな称号を入手しました』
『ルリが、新たなスキルを入手しました』
俺の疑問をよそに、次々と流れていくアナウンス。皆のステータスを見るのが楽しみ過ぎるな、これは。そこに、驚きの情報がぶち込まれる。
『分裂によりスライムが1匹増えました』
えぇ!? スライムがもう増えた!?
「うわ、予想より早いね! 交配強化が効いてるのかな?」
ゼロも驚いてはいるが、何か思いついたのか、ブツブツ呟き始めた。ちょっと気持ち悪い。
新着情報はこれが最後だったようで、ダンジョンコアは黙ってしまったが、ゼロはトリップしたままだ。仕方がないので、ゼロが戻ってくるまで、ルリとユキに「モンスター勝手に増殖作戦」実行中である事を説明してやった。
「職場結婚、推奨って事?」
小首をかしげたまま、そう解釈したらしいルリ。まぁ、そうとも言うのか。
そんな馬鹿話をしていたら、突然ゼロが目の前でパシン! と手を合わせ、いきなり俺を拝んできた。
「ハク、お願い! 僕、回復の温泉造りたい! 召喚してもいい!?」
……何をどう考えたら、そこに行き付くんだよ。
俺は脱力した。
「お願い! どうしても、ど~しても! 実験したい事があるんだよ! 回復の泉と、聖なる泉だけ召喚させて?」
なんか増えてるし。
でも、マスターの癖に俺に必死で哀願しているのを見ると、不憫にも思える。ポイントもまだあるみたいだしな。俺は快く許してやる事にした。
『地下三階の壁に、聖なる泉:小を設置しますか?』
「承認!」
『地下三階床中央に、回復の泉(温泉タイプ) :大を設置しますか?』
「承認!」
素早く設置を済ませると猛ダッシュで走り出すゼロを追って、俺たちも行き先もわからないままただただ走る。いきついた先は、地下三階のご褒美ルームだった。
殺風景な岩肌のダンジョンの中、ほんわかと湯気が立ちのぼる温泉が湧き出ている。なんとも気持ちよさそうだ。そして部屋の奥には透明な水をたたえた清廉な泉もある。あれが多分『聖なる泉』なんだろう。
「きゃ~! 回復の温泉なんて素敵! ねぇゼロ、入ってもいい?」
「ゴメン……ルリはあとで入って」
ルリにからかわれて、ゼロはまた真っ赤になっている。確かにいくら同じモンスター扱いとはいえど、ユキと同じようにはできないよな。
ちなみにユキはすでに心のままに温泉に飛び込み、ひとしきりじゃぶじゃぶと遊び、いまは濡れた体をブルブルと思い切りふって水を飛ばしている。こちらも相変わらずかわいい。
それからゼロが始めたのは、思いもかけないことだった。
いま俺達の前には、今日生まれたのも含め、7匹のスライムがプルプルしている。そしてゼロの目はキラキラしている。いったい何をやらかすつもりなんだよ……。
時々とんでもないことしでかしたりするから、若干不安なんだが。心配しつつ見ていたら、ゼロは一歩前へ出てスライムたちに語りかけた。
「それではスライムの皆さーん! この中でずっと水の中でも平気な子、いますかー?」
プルプルっと顔を見合わせた? スライムたちの中から、おずおずと2匹が前にでる。
「じゃあ、魔法に興味ある子、いますかー?」
ま、魔法!? うわ、驚いた事に1匹だけ前にでてきた。ていうか、スライムって言葉通じてるんだな。
「はい、じゃあ他の子はダンジョンに戻っていいからね。ありがとう」
4匹のスライムはぽよぽよと跳ねながらダンジョンに戻っていく。それを満足げに見送ると、ゼロは残ったスライムたちに指示を与えた。
「君は回復の泉、君は聖なる泉を住みかにしてね。僕がいいって言うまでは、誰か来ても攻撃しないように!」
さっき水の中でも平気だと答えていた2匹のスライム達は、ゼロに返事をするようにプルプルっと体を震わせると、各々の泉に入る。
それを見届けた俺たちは、最後の1匹を連れてようやくマスタールームに戻ったわけだが。
「ええっ!?私がぁ?」
ルリは「そんなの、無理よ~」と嘆きながら、ベッドに突っ伏している。
ゼロから、このスライムに魔法を教えるように頼まれたからだ。まあ確かに相当なムチャぶりではあるよな。
「だってこの子、明らかに脳みそないじゃない? 賢さとか、ちゃんと数値見た?」
言いたい放題だな。
心なしかスライムもしょんぼりしている。ユキがスライムのプルプルボディをペロペロ舐めて、慰めているっぽいのが微笑ましい。
「お願いだよルリ。教えるの、すごい上手だったし、おかげで僕も回復魔法が覚えられたんだし」
「だから脳みその量が違うの!」
頑なに拒否するルリを困った顔で見おろし、ゼロは「しょうがないなぁ」と呟いているけれど、この場合、しょうがないのはお前だ。
「じゃあ、教えてくれたら王子様に紹介してあげる」
うわ、餌で釣ろうとしてやがる! 意外と腹黒い。
ろくでもないこと言い出したな、と思ったけれど、俺の考えのほうが甘かったらしい。ルリはおもむろにベッドから起き上がった。
「……じゃあ、頑張ってみるけど」
そうしてルリは、案外チョロくスライムの先生になった。




