「経験したことしか書けない」という意見の本当に言いたいこと
小説を書く際に定期的に上がる(らしい)問題として、「経験したことしか書けない」という問題があります。私も「ワタシトノベル」の時に記事を書きました。
これを聞いた人は、大体「それだったら殺人事件を書く人は人を殺したことがあるのか」「なろう作家は大体トラックに轢かれている」「尾田先生(ワンピースの作者)は海賊なのか」などという反論を受けます。
確かに私も人を殺したことは無いし、運と寿命のやり取りをしたことないし、生霊の彼女がいたこともありません。
では、「経験したことしか書けない」という主張は間違っているのでしょうか。
【まずは言葉の意味を確認】
ひとまず、「経験」とはどういう意味か、辞書で調べてみました。
経験:実際に見たり聞いたり、したりしたこと。また、そうすることによって得た知識や技能。
また、似たような言葉に「体験」もありますが、こちらは「経験」よりも「自分が実際に行った」ということの意味合いが重視されるようです。
【「間違っている」という主張について】
「経験したことしか書けない」について反論が多くありますが、これは何故かというと、「経験」という意味の「実際にしたこと」という意味に重点が置かれているからではないかと考えられます。
要するに知識だけでなく、実際に自分がやったことに関して【のみ】を「経験」と定義しているからではないでしょうか。
この定義に当てはめるならば、確かに推理ものは実際に犯罪を犯した人にしか書けませんし、恋愛も実際位に経験した恋愛しか書けないことになり、この主張は誤りを含むものになります。
【「経験」の定義について】
しかしながら、言葉の意味としては「見たり聞いたりした」ことも含まれます。これは、例えば殺人事件であれば、実際に殺人をしなくても殺人のニュースを見たり、ナイフで人を刺すとどうなるのかという知識があることも「経験」と言えそうです。
すなわち、本で読んだ、テレビで見た、誰かがやっているのを見た、友達から話を聞いた、などもすべて「経験」に該当すると考えられます。
【「間違っている」という主張側の意見】
「経験したことしか書けない」ということが間違っているならば、経験したことが無いことはどうやって書いているか。それは、「想像力」を使って書いている、という回答が得られます。
実際やっていなくても、例えば殺人であれば「人を刺したらどうなるか」という想像力で書いています。異世界ものであれば、「異世界にはこんなものがあるだろうな」という想像で書いています。
確かに、作家にとって想像力は大切なものですし、フィクションを描くのであれば現実を超えるような想像が求められます。フィクションのほとんどは、作者の想像によって描かれており、実体験をすべて反映しているわけではありません。
【「想像力」はどこから来るのか?】
もう一歩踏み込んで、では「想像力」は一体どこから来るのでしょうか。どうやって鍛えたらよいのでしょうか。
これは実は「経験」から来るものです。何度も例に挙げている「殺人」についても、殺害方法は多岐にわたります。例えば刺殺、絞殺、溺死、感電死、窒息死……多分、やったことはなくてもどれも想像できるでしょうし、方法もいくつか思い浮かぶでしょう。これは「知識」があるからで、何かしらの資料で知識を得るという「経験」を積んでいるからです。
さて問題です。私は新たに「暴原死」というものを作りました。これ、どんな死に方なのでしょうか。
……分かりませんよね。なぜなら「経験」が無いですから。多分正解は私だけしか分からないでしょう。
異世界の街並みといえど、何かの資料を参考にしているものばかりだと思います。もちろん、ちょっと変わった建物や内装、設備は想像できると思いますが、これもすべて自分の経験の範疇に過ぎないと思います。
以上の解釈で言えば、「経験したものしか書けない」ということが言えるのではないでしょうか。経験したものでなければ想像の余地はないでしょう。
【「経験したものしか書けない」という話で本当に言いたいこと】
さて、実際のところ本当に「経験したものしか書けない」かどうかというのはあまり重要ではありません。上記の通り、「経験」の定義によって解釈が異なってしまうし、以前から言われていることなので言い争うのは不毛です。
何故こんな主張があるのか。それは、【だから経験を多く積むことが必要である】ということです。
先ほども話した通り、実際にやったことが無くても想像でカバーできます。しかし、経験したことがないことは想像ができません。
また、体験することで得られる感情や問題点、注意点というのは、想像だけではカバーすることができません。実際にやったことがあることしか分からないことは出てきます。もちろん今では調べればいろんなことが分かると思いますが、実体験に勝るものは無いのです。
知らないことはわかるまでとことん調べると思います。それは「経験を積む」ということになります。こうして勉強することで、細かい描写や説明ができるようになるわけです。
【経験はあくまで道具にすぎない】
ここで注意したいのは、「経験」というのはあくまで作品を作るための道具に過ぎない、ということです。いくら経験したからといっても、作品の質が勝手に上がるわけではありません。
経験したことをどのように表現するかが、書き手の技量となります。そのためには「経験」というインプットだけでなく、経験したことを書くための技を身に付けたり、たくさん書いて精度を高めたりといったことが必要になります。
インプットは重要ですが、単なる知識コレクターとならないように注意が必要です。




