序章 誰が死んだ?
うだるように暑い夜のことだ。
俺は月明かりに導かれ、暗闇の街の中をさまよい歩いていた。
自分の意思とは無関係に足が動く。
その日の月は異常だったんだ。
まるで外灯に群がる羽虫のように俺は、俺の意識は月の光彩に魅了されていた。
抗うことなんてできない。むしろそれが心地よかった。
もう随分と歩いた。
いつの間にか街の喧騒からは遠ざかり、夜風の音と虫の声しか聞こえない物寂しい路地裏の中を俺は歩いていた。
俺はどこに行きたい。教えてくれ、俺は何を探している。
“――見つけた。見つけたぞ、兄弟――”
なんだ、今の声は。
小さな閃光、砂利が跳ねるような音。
誰かが揉めているのか? 女性の声も聞こえる。
またしても俺の足が自然と動く。
「今からあなたを裁きます……判定」
そう言っているのはセーラー服を着た黒髪の女。
大分小柄で見た目では年齢を判断できない。
「私ね、あなたと遊んでいる暇はないの」
そう言ったのはフリルのついた黒いワンピースを着た長髪の女。髪の色は……白? いや銀色だろうか、どっちにしても外人なのは間違いなさそうだ。
『悪魔! 悪魔! 有罪! 有罪!』
黒髪女のチョーカーについている小ぶりのロザリオがわめいている。
「判定終了。あなたは有罪です。あなたを処刑、コロシマス」
処刑だとか殺すだとか、俺は夢でも見ているのか。
「仕方ないわね……」
長髪の女が静かに構える。
「判決……」
黒髪の女が突き出した右手に左手を添えながら呟いた。
「処……刑ッ!」
黒髪女の右手から放たれたのは漆黒。
まるで心から吸い込まれてしまいそうになるような、純粋な闇。
“――助けろっ――”
まただ、また声が聞こえた。
俺の意識はその声に逆らえない。ふらふらと、まるで磁石にでも引き寄せられるように長髪の女の前に飛び出し、そして……
「そ……んな。私の力は無罪の人間には効果がないはずなのに……」
首から下の感覚が無い。
俺は今、生きているのか。俺の腕はどこにいった。足が動かん。
地面にへばりつき、悶える姿は蛆のようで滑稽だろうな。
唯一救いだったのは痛みも恐怖も感じないことだ。
アドレナリン……ってやつか?
体が吹き飛んだ嫌悪感も、着実に死に向かいつつある絶望感も今の俺には皆無だった。
むしろ清々しい。まるで憑き物が落ちたような爽快感。
「どうするのです。このままではこの男性が死んでしまいます」
「知らないわよ。最初にあなたが喧嘩を売ってきたのだし、責任はあなたにあるのではないの?」
慌てるくらいなら……最初から人のこと殺すんじゃ……ねえ。