第一章 契約の日 1
長い金髪をたなびかせた一人の少女が、東京国際空港の大地へと降り立った。
「まったく。久しぶりに来たけど、相変わらずごみごみした国よね、此処は。窓から見る街並みは虚飾にまみれた掃き溜めに等しいわ。何より狭すぎる」
入国審査を受けながら少女は英語で日本の批判を始めた。傍目からはただの一人言にしか見えない。
だが、
〈それは我らの祖国にも同じことが言えるのではないでしょうか、ローズ。本土の国土なら日本にも負けています〉
周囲の人間の誰かが答えたわけでは無い。しかし、青年のような声が彼女の腰に付けてある、卵大の装置から聞こえた。
「それは貴方の生前の話でしょう、ガウェイン。 私が絶対忠誠を誓う国は今や国外に沢山の領土を抱える最強の帝国なのよ?」
彼女は祖国、グレートブリテン及びアイルランド連合王国――通称イギリスを胸を張って自慢する。
〈確かに。"神前会議"の後に初めて目を覚ました身としましては、今のブリテンの様相には目を見張るばかりです〉
「そうよガウェイン。我らがイギリスこそが世界に誇る頂点の国。その君主である英国王室の騎士である私が、たかだか半世紀前に慌てて文明国を気取り始めたこの国に足を運ばざるを得ない、この屈辱が分かる?」
〈ポーカーで負けたのだからしょうがないでしょう。博打には凄まじく弱いですからね、貴方は〉
「うるさいうるさい……。 あら? 迎えが来ていたようね」
エスカレーターを降りた先に見えるガラス張りの自動ドアの向こうで、直立する数名の軍人と、スーツを着た一人の男が待っていた。
「太平洋からの飛行機の旅はいかがでしたか、ローズ・デメトリア・シェリンガム閣下」
政府が用意した車両の前で、眼鏡を掛けた初老の男性が笑顔で訊いてきた。
こちらに合わせて英語で話してくれる。男の英語は非常に聞き取りやすかった。
「あまり良くはありませんでした。少人数用といえども、もう少しシートの座り心地を良くしてもいいんじゃないかしら。日本から連盟に口ぞえしては貰えませんか?」
初老の男性は、これは手厳しい、と笑いながら、
「仕方ありません。連盟の資金はたまにしか使わない専用機に回す余裕も無いのでしょう。例えば――」
「テオス・デュナミス」
イギリス人の少女、ローズがある単語を口にすると、初老以外の軍人達に緊張が走った。
「それだけの資金と人間が動かされているあの兵器。その重要性を知らぬ貴方では無い筈です、マモル・シゲミツ外務大臣閣下」
大日本帝国の外務大臣、重光葵。片足を義足にしたこの男は、東條内閣外交の柱として、この国を動かしている。
政府専用車の中が静まりかえるなか、重光は口を開いた。
「早速本題から入りますか……。噂に違わず、積極的な方ですな」
ローズは少しだけ彼を睨み、
「日本だけですよ。最後の一機が揃っていないのは。米連が鎖国状態に入ってもう五年。今では衛星を飛ばしても妨害電波のせいで何が起こっているか全然分からない。そんな社会情勢の中、太平洋に浮かぶ我々の"学園"は最前線基地なのです。それに……」
「最後の一機を残して、終戦後に日本が有利な立場に立つかもしれない、と。そうお考えなのでしょう、連盟は?」
ローズの言葉を引き取り、外務大臣は告げる。
「……その通りです、閣下。聞けば最後の神、イザナミはこの国の創造神だとか」
「ええ。かなり多くの伝説を持ついわく付きのお方ですよ。我々の用意する帝国軍のガンナー候補生を悉くはねのけましてね。」
ローズは思いっきり不愉快な顔をしてみせた。
「この非常時に……。一体何を考えているのやら」
その後、現在の社会情勢を重光と話している間に、車両は千代田区へと入っていった。
「いよいよですね」
緊張した面持ちでローズは前を向く。テレビのニュースでたまに見かける、あの首相の顔はバリバリの軍人宰相だ。
「そう怖がることはありません。総理はああ見えて優しいお方ですから」
「べ、別に怖いわけでは……。英国王室の騎士に恥じぬ態度を貫き通せるかを心配しているだけです」
と、態度を取り繕う。車はいよいよ永田町の首相官邸に近づいていった。