優美香の正体
優美香が高校3年冬、大学進学も無事決まったころ、父が珍しく帰ってきて「お祝いに」と家族旅行を提案した。
そこで全員死んだ。
殺人事件だった。
新聞には大きく取り上げられていた。
幸せな一家に現れた突然の不幸。
「悪魔だ」と、とある新興宗教の役員がそれを理由に実行したという。
「かわいそう」
「こういうやつがいるから」
「頭が狂ってる」など様々な批判の声が世間に広がる。
しかし、それは真実だった。
「かわいそうに」崎野は新聞を見て、言った。
その言葉は殺された家族にではなく、逮捕された宗教の役員に対してだった。
「新興宗教って意外と霊感強いのね」
そして、こたつに座っている優美香を見た。
「それであなた、ここに来たのね」
優美香は小さく頷き「契約終了」と呟いた。
「お疲れ様」
崎野は特にねぎらいの気持ちなど込めず、礼義的に言った。
その契約とは、悪魔が本物の優美香の母親とした契約のこと。
母親が死んでも契約は続行だが、二年間同じところに留まった場合契約は終わり、
母親の大好きな「優美香」のふりも終わる。
「で、どうしたいの?」
崎野は、この悪魔を追い払いたかった。
「あなたほどの力があれば、今の神様ころせるんでしょう」
優美香は口元だけで笑った。
「そうね。でも」
崎野の方を見る。
「あなたに邪魔されたら難しい」
崎野はあきれたような溜め息を大きくつく。
「邪魔しないから、早くしてらっしゃいな」
優美香はまだ崎野を凝視していた。
「あなた、とても強くなったのね」優美香は淡々と言う。
「そういうあなたも、随分素敵な人間の魂をいただいたものね」淡々と崎野は言い返した。
優美香はまだこたつから離れない。
仕方がないのでコーヒーを入れに立った。
「そうでもないわ」崎野が席を離れた時、優美香がぽつりと言う。
それでも崎野はその言葉を逃がさない。
コーヒーは二人分入れ、戻ってきた崎野は「どうぞ」と優美香にすすめた。
優美香は少し飲む。
「砂糖も欲しいわ」
崎野は目を瞑って香りを楽しみながら
「美味しいコーヒーなんだから、ブラックで飲みなさい」といった。
この家に砂糖はない。
あるのはココアだけ。
「この、人間の優美香さんは、とても強い」
そう切り出した優美香の話を、崎野は黙って聞いた。
「私がいるのに、まだいるの。いつまでも私に食われない。力はもうすでにないのに、意識や思いがとても強い」
ブラックのコーヒーをまた少し飲む。
崎野の顔色をうかがいながら、優美香は話を続けた。
「邪魔なの」優美香は言う。
「これは、私の失敗だった。神様の子だから、力が強いことは分かってたわ。でも」
優美香はお腹のあたりをさすりながら続ける。
「彼女の存在がある限り、私は神様を殺せない」
ようやく崎野は口を挟む。
「それは嘘ね」
いくら意識や思いが強くても、神様は殺せる。
もともと優美香は、次の神様になる予定の女の子だったのだから。
崎野の容赦ない口調にも優美香は顔色ひとつ変えなかった。
「あなたはやっぱり邪魔だわ」
そして続ける。
「どうして彼を殺したの」
彼、と言われ、それは悪魔に人気のある人間を思い出した。
「彼、ね~。人気者ね~。悪魔の媚薬でも持ってるのかしら?」
「とぼけないで」
間入れず優美香が言う。それでも口調は変わらない。暗黒の中のアルト。何の感情もこもっていない声。
「優美香が神様の子であるように、彼もまた悪魔の子でしょう」
「でも彼は人間であることを望んでいたし、悪魔の記憶は全てなくなっていた。何より、彼は自ら望んで成仏をした。私のせいじゃないわ」
崎野はまた目を瞑る。できれば、優美香を追い出したかった。
「どうせ、食べるつもりだったんでしょう」そう言ってから崎野はちらと優美香を見た。
「いいえ。この人間の優美香と契約を結ぶために使うつもりだった」
優美香は崎野の思いを知っている。知っててまだ居座り続ける。
「同じことじゃない。どうせ優美香の力と彼の力を吸収できる契約を結ぶのでしょう」
崎野は言ってから席を立った。
二敗目のコーヒーと、ココアを入れに。
「契約をしてほしいの」
ココアの香りに反応し、優美香は崎野に聞こえる声で話した。
「却下」崎野はコーヒーとココアをもってこたつに入る。
そうして優美香を凝視した。
「嫌われたものね」優美香は嘘の表情を作った。
人間ならだれでも同情しそうな、弱く守ってあげたくなるような、あの、弱いけど頑張るという精神のこめられた表情。
「当たり前でしょう。さっさと神様を殺しにいきなさい」
しかし崎野は動じない。
優美香とここで戦ったら、結果は五分だ。
お互い、まだ戦いたくない。
神様を殺せる者は崎野と優美香だけなのだから。
優美香が神様になった時、「彼」はまた人間としてこの世に現われる。
そして悪魔の女の子が、彼を待っている。
天使達は新しい神様を待っている。
もう老いてかつ時代遅れの神様に、何の魅力も感じていない。
この平和な世の中にあるものは、厳しくて苦いものばかり。
それを愛せない神様では人間に気まぐれな甘さしか与えない。
「さて、そろそろ行ってくれない?」崎野は二敗目のコーヒーを飲み終えた。
「追い出すわよ」
優美香の黒い髪がなびく。
「あなたって、本当に容赦ないわね」
艶やかな髪を耳にかけて、窓から出ていく。
「じゃあ、ちょっと殺してくるわ。神様」
その言葉を置いて。
「容赦ないのはどっちよ」
崎野はため息を吐いた。
「邪魔、しにいくんでしょ?」
崎野の配下となった悪魔が言う。
強力な力がなくなって安心したのか、こたつに入って崎野の一人ごとを聞いていた。
栗色の髪につり目だが愛らしい瞳。
崎野は悪魔にココアを飲ませる。
「いらないものばっかり私にくれるんだから」
そう言いつつも、忠実にココアを飲む。
「優美香という人間の女の子が神様になったら」
崎野は悪魔の女の子に笑顔を向けて
「あなたと彼は結ばれるわ」断言した。
ココアを飲みつくした悪魔は、心の中で疑いが晴れているわけではない。
でも、安らかに笑った。「ありがとう」そう言った。
「でも私は」悪魔はそっと、天使の竪琴のように柔らかく美しい声を放つ。
「あなたが神様になればいいと、本当に思うわ」
美しい悪魔。
彼女なら、今の神様も好きになるかもしれないな。
崎野は心に留めておいた。
神様が悪魔を食べてしまった時、
神様は死んでしまう。
とても、簡単に。




