透明女 :約4500文字 :淫 :透明人間
夜、とあるアパートの一室。廊下を抜けてリビングに入った男は思わずびくりと立ち止まった。
冷蔵庫のドア――。
部屋の中は明かりが点いておらず、レースのカーテンの向こうから差し込む月明かりが室内の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせている。その薄暗がりの中で、大きく開け放たれた冷蔵庫のドアから、庫内灯の白い光が床に滲み出ていたのだ。
いったいなぜ――と考える間もなかった。
次の瞬間、冷蔵庫のドアがバタンと勢いよく閉まった。
「こいつっ……!」
男は反射的に床を蹴り、冷蔵庫の前に飛びかかった。すると胸に何かがぶつかった感触があり、同時に「きゃっ」という甲高い悲鳴が耳を打った。
男は勢いのまま、相手ともつれ合うように床に倒れ込んだ。相手の姿は暗さのせいで見えないものの、確かに捕まえた。男は逃すまいと手に力を込め、相手を押さえつけて馬乗りになった。
「この泥棒野郎が……! うちに金なんざないっちゅうに、盗みに入るんなら、もっと金持ちの家を狙えや! ほんで、あれか? 金がないんやったら食いもんでも食うたろか、なんて思うたんか! 食いもんの恨みが一番怖いっちゅうこと、きっちり教えたろかい! ……ん?」
怒りに任せてまくし立てていた男は、ふと眉をひそめた。確かに相手の手首を掴んで押さえつけている。目も暗闇に慣れてきた。にもかかわらず、どれだけ目を凝らしても視界に映るのは床板の木目ばかりで、自分の下にいるはずの泥棒の姿がどこにも見当たらないのだ。
男は思わず掴んだ手首を引き寄せた。
「な、なんや、これ……。いったいどうなっとるんや……」
「痛い痛い! 堪忍してえな! 手ぇ折れてまう!」
「ん、何やジブン。女かいな」
「せや、女の子や。そやから、もうちょい優しゅうしてえや」
「女の身で空き巣なんぞしくさってからに。てか、ジブンいったいどこにおるんや。どうなっとんねん」
「痛い痛い! あんたの下や、下や! 真下におるがな!」
「そらわかっとるわ。やのに、なんで肝心の姿が見えへんのかっちゅう話や」
「せやろ。うち、透明人間やねん」
「透明人間!? そら……名前のとおり、身体が透明っちゅうことか」
「ほかにどういう意味があんねん。わかったら、はよ手ぇ離してえやあ」
「アホ! 離したらジブン、逃げるやろが!」
「逃げへん逃げへん! ほんまに逃げたりせえへんから、おねがあい。ちょっとだけ力緩めてえな」
「アホ抜かせ。透明やろうが色ついてようが空き巣は空き巣や。そないな甘ったるい声出したところで見逃がさへんで」
「ほなら、せめて捻らんといて。ほんまに痛いねん……」
「ちっ、せやからそんな声出したところで……待て。透明人間っちゅうことは……」
「あんっ、なにすんの!」
「ほお、こらええ乳しとるやないか。ひひひ」
「あん、やめてえや!」
「やっぱ、ジブン、全裸やろ。はー、とんだ変態さんやな」
「ちゃうわ! 服着とったら透明人間の意味ないやん! そんなん、あんたかてわかっとるやろ!」
「ふへへ。まあまあ、そないにツンケンせんと、ええ子にしいや。ほら、ほら」
「あんっ、摘ままんといてやあ……!」
「ひひひ、透明でも女は女やな。こら、ええで。あ~、火に飛び込んできた夏の虫。おれの熱い火かき棒でじゅくじゅくにさせたろな」
「いやや、やめてえやあ……!」
「むひひ……どれどれ、下のほうは……ん、何やジブン。デブやないか。いや、ちゃう。なんやこれ……。おっぱいが、ひー、ふー、みー、よー……いや、何個あんねん!」
「それ、おっぱいやあらへん……。こぶやねん……。ああ、もう全部父ちゃんのせいやねん!」
「なんや、どういうことや。そもそも、ジブン、なんで透明なんや」
「そこ、いっちゃん最初に気にするとこやろ。あんた遅いで」
「どっちかいうたら早漏や。ええから、どないなっとんねん。説明せえ」
「あんな、うちの父ちゃん、科学者やねん。昔から変なもん作っては、娘のうちを実験台にしてきたんや」
「そらまた、とんだマッドサイエンティストの家に生まれたもんやなあ……」
「せやねん。透明になったんも、こないな瘤がぎょうさんできたんも、全部、父ちゃんのせいなんや! おかげで着たい服も着られへんし、ほんま最悪やあ……」
「確かに。痴女だけやったら大歓迎やが、瘤付きとなるとちょっとなあ……」
「痴女ちゃう! 透明人間や! 好きで裸でおるんちゃうわ!」
「しっかし、透明人間を作ろうとするんは、まあわかるけども、瘤はなんやねん。そないなもん、いらんやろ」
「なんでも、栄養を蓄えとくための袋らしいわ。何日も飲まず食わずで生きられるようにするためなんやて。それに寒うなると、ぽかぽか熱が出て、全裸でも平気なんやと」
「はー、案外、理にかなっとるんやな」
「感心するとこちゃうわ。どんだけ便利な機能が付いとっても、こんな身体、誰にも見せられへん……」
「透明やから誰にも見られへんやろ。それに、おれはそないなもん気にするような小さい男とちゃうでえ……」
「なんや、なにしとるんや……あっ、やめてえや!」
「ジブンが不憫な目ぇ遭うとるんは、ようわかった。だからっちゅうて、泥棒してええ理由にはならんやろ。それ相応のお仕置きは受けてもらわなあかん」
「ああん! やめてぇやあ! まさか、犯す気なん!? こんのアホ、変態、ケダモノ!」
「ひひひ、さてさて……おお、えらい濡れとるやないか。いやいや言うといて、ほんまはまんざらでもないんちゃう? ……いてっ! この腐れアマ、指噛みよって! ドアホウ!」
「痛い! そないに強く叩いたらあかん!」
「ジブンのこの口が悪さしたからやろが! せっかく人が気持ちようしたろうと……んん? ちょい待ち。ここ、股やろ? やのに、なんで噛んで……いや、ジブン、口が二つあるんか!?」
「それ、口やあらへん。アソコに歯が生えとるんやあ……」
「はあ!? “下の口”言うからって、ほんまに歯ぁ生やすやつがおるか!」
「そないなわけあるかい! うちかて好きで生やしたんちゃうわ! それも父ちゃんに変な薬飲まされたせいなんやあ……」
「なんでジブンの父ちゃん、アソコに歯なんか生やそう思たんや……」
「サメみたいに歯がなんべんでも生え変わる仕組みを研究しとったんや。人間の歯って、すぐ虫歯になってダメになるやろ?」
「まあ、そら確かに、歯がなんべんでも生え変わったら便利やろうがなあ。けど、アソコから歯ぁ生やすとか、どんだけおしゃべりが好きやねん。おしゃぶりだけにしときや。ふふん」
「うまいこと言うとらんわ、アホ」
「なんやと、このアマ……。口の利き方がなっとらんようやな。もうええ、口があかんなら尻の穴ぁ使わしてもらうわ!」
「ひいっ、やめてえやあ!」
「ひひひ、泥棒なんかするから悪いんや。何されても文句言えへんで……お、ん? どこや……あれ? ない、ないぞ……?」
「尻の穴なんかないんやあ……」
「はあ!? ジブン、いったいどうなっとんねん!」
「それも全部、父ちゃんのせいなんやあ。糞なんか出したところで、何のメリットもあらへん。隙だらけやし、痕跡も残るし、ないほうが合理的やいうて、埋めてしもうたんやあ」
「うわあ……。せやけど、ジブン。そんなん、糞が腹ん中に溜まって死んでまうやろ……」
「せやから、内臓もいじられとるんやあ。糞が出えへんように、消化と吸収をむっちゃ良うされてんねん。この瘤も、栄養を蓄えとくために付けられたもんなんやあ」
「ケツの穴が小さいやつならなんぼでも見てきたけど、ないやつは初めてや……」
「なあ、もう離してやあ。うち、ほんまに嫌になって逃げ出してきたんや。ちょっとくらい、かわいそうや思わへんの?」
「そら、同情くらいはするが、だからちゅうて人様に迷惑かけてええことにはならん。自分が不幸やからって、その不幸を何の関係もない相手に振りまいたらあかんのや。悪いことしたんやから、一発気持ちようするんが、詫びで寂びっちゅうもんや」
「前半はもっともやけど、後半は何の筋も通っとらんやろ!」
「ええから、大人しゅうせんかい! アソコも使えん、尻の穴も使えん。ほんなら、口で舐めるしかないやろ! 女のジブンから気ぃ利かして言わなあかんで。『今日、生理やから無理』ちゃうねん!」
「アホ、アホ、最低やあんた!」
「ええから、暴れるな……! 大人しゅう舐め……うおっ! い、今、舐めたか? おれの頬をぺろんって……。けど、ジブンの顔、下にあるやんな……」
「うう、うう……もう嫌や。これも全部父ちゃんのせいや……」
「なんやねん。まだなんかあるんかいな」
「うち、めっちゃ舌ぁ伸びんねん……もう、ほんま嫌や……」
「なんで親父さん、そないなことしたんや……」
「キスんとき、舌を伸ばして相手の度肝抜いたり、ベランダの柵に巻きつけて身体を引っ張り上げて移動したり、何かと便利やいうねん」
「そないな芸当までできるんかい。ほんま化け物やな」
「ああん、せやから嫌やねん! もう嫌やねん!」
「ええい、ぎゃあぎゃあ喚くな! もうええ! ほんなら、下の口使うたる! 歯ぁ一本でも立てたら承知せえへんで!」
「いやや! そないなこと言われても無理やねん! 締まるもんは締まる!」
「ほんなら、この邪魔な歯ぁ抜いたるわ! どうせ生え変わんねやろ? ならええやろ! おら!」
「痛い、痛い! 無理に抜いたらあかん! 血ぃ出てまう!」
「ジブンが噛むから悪いんやろが! ほれほれ、もう一本いくで、ほら!」
「ああん! やめてえやあ!」
「なんやジブン、濡れ濡れやないか。ひょっとしてマゾなんちゃう? 身体いじられるんも、ほんまは好きなんやろ。とんだファザコン娘やなあ」
「そないなことない! うち、父ちゃんに頬ひっぱたかれたから逃げてきたんや! 夜中にこっそりお菓子食べとっただけやのに、ほんま最低親父や!」
「いや、きっかけしょうもな! もっと早い段階で逃げ出しとけや! アホやろジブン!」
「ああん、痛い! もうやめてえやあ!」
「甘い声出しよって。ひひひ、ほんまは気持ちええんやろ」
「痛いっ! ああん……ちゃうねん……ああんっ」
「ひひひ、やっぱ興奮しとるやろお?」
「せやから、ちゃうねん! 痛いと勝手に気持ちようなってまうねん。そういう身体にされたんやあ……」
「嘘こけ。やっぱマゾやろ、ジブン。ほれ! ほれ!」
「ああん! ちゃうねん、ちゃうねん! 神経系やら何やらもいじられたんやあ……」
「ひひひ、ジブンが淫乱なんも、親父さんの仕込みっちゅうわけか? ほな、遠慮のう挿れるで、おおう……ぬほほほほほほ……ああ、こらええなあ……」
「ああんっ……あかんて……あんっ……」
「ほれ、ほれ、どうや? ええやろ、おん? ジブンのここも、えらい熱うなっとるで」
「ああん、あん、ダメや、ダメぇ……そないに動いたらあかん……」
「ええぞ、ええ、こら、たまらんわ……ええ、え、え……なん……や……モノが……ぴりぴりしてきよったで……」
「あん、あん……」
「ジブン、まさか……なんぞ変な……病気でも……持っとるん……ちゃうやろな……」
「うちの体液、毒やねん。それも父ちゃんが――」
「また親父か! ええ加減にせえや! あ、あ、あ……なんやねん、ジブンの親父……結局、何が……作りたい……ねん……」
「なんか知らんけど、生物兵器作っとるらしいわ。あん、あんっ……ん? なんや、もう逝ってもうたんか。ほんまに早いんやな」




