再び、人間と出会う
大きく翼を広げ、空へ舞い上がった。
肺いっぱいに炎を吸い込み、灼熱の息を吐き出す。
原始的な建物も、そこに暮らしていたゴブリンたちも、まとめて炎に包まれていった。
すべてが焼き尽くされ、ゴブリンの姿も、無事に残った建物も、何一つ見当たらなくなった。
地面へ降り立つ。
広げた翼はあまりにも巨大で、その下には瓦礫の跡すら見えなくなるほどだった。
ドラゴンとしてこの世界に転生してからというもの、俺はすっかりこの世界に飽きていた。
人間のいない世界。
そこにいるのは、頭が悪くて弱い魔物ばかり。
この世界でドラゴンとして転生してから、ずっと一人だった。
どれほど強くなっても、他の生き物とまともに関わることすらない。
それが、およそ二十万年も続いた。
そして気づけば――俺は竜神になっていた。
元々は、ただ普通の人生を送っていた人間だ。
別にファンタジー作品が好きだったわけでもない。
ゲームに夢中だったわけでもない。
ましてや、こんなことに関係するものに興味があったわけでもない。
それなのに、なぜか自分自身がファンタジーそのものみたいな人生を送ることになった。
ドラゴン、だって?
ははは……。
まあ、どうでもいい。
俺は人間として生きたい。
そう思いながら、近くにある巨大な川のような水場へ飛んでいった。
地面へ降り立つと、硬い鱗に覆われた身体が金色に輝き始める。
やがてその巨体は急速に縮んでいき、人間の姿へと変わった。
水面を覗き込みながら、水を飲む。
やっぱり、ドラゴンの姿で食事や水分を取るのは好きじゃない。
俺は自分の意思で選んだわけでもないのに、人間の姿を再現することができるようになっていた。
水面に映っているのは、十三歳か十四歳くらいに見える少年。
輝くような金髪に、青い瞳。
そして綺麗な金色のまつ毛。
細身の身体に、両肩の後ろからは小さな翼が生えている。
服までそれらしく再現できるようになった。
黒くて軽く、動きやすい服だ。
別に気に入っているわけじゃない。
それでも、あの恐ろしいドラゴンの姿よりはずっとマシだ。
少し黄色みを帯びた鱗。
そして、あまりにも巨大な身体。
たった一度息を吐くだけで、ゴブリンの街どころか、都市や王国すら焼き尽くしてしまうほどだ。
ただ、この身体には一つだけ困ったところがある。
――それは。
突然、巨大な猪のような魔物が現れ、俺へ向かって突進してきた。
どうやらここの魔物たちは、俺のことを簡単に狩れる獲物だと思っているらしい。
魔物は凄まじい勢いで地面を蹴り、こちらへ一直線に突っ込んでくる。
俺は片手を上げ、指先をそいつへ向けた。
次の瞬間――
黄金の閃光が魔物の身体を貫いた。
そして、あっけなく地面へ倒れた。
……この世界の魔物たちには、少し同情してしまう。
さて。
昼食はほぼ完成だ。
あとは焼くだけ。
近くにあった枯れ木を蹴り倒し、手で枝を折って細かく砕いていく。
それを集めて山にすると、炎の息を吹きかけた。
薪に火がつく。
俺はさっきの猪を炎の中へ放り込んだ。
そして、じっと待つ。
外側が真っ黒に焦げ、どうやら中までしっかり焼けたようだ。
肉の大きな塊をいくつか取り出し、焚き火のそばに腰を下ろす。
その一切れを口へ運んだ。
柔らかい。
そして、とても滑らかだ。
脂もよく乗っていて、口の中でとろけていく。
……やっぱり、この世界で一番いいのはこれだ。
魔物の肉。
しかも、香辛料なんて一切使わずに焼いただけなのに、妙に美味い。
これを食べ続けて、もう何年になるだろう。
それでも飽きたことがない。
ああ……幸せだ。
……いや。
でも、できればここに可愛い女の子でもいて、一緒にこの豪華な食事を楽しめたら最高なんだけどな。
まあ、それはそれで楽しそうだ。
……って、俺は何を考えているんだ。
自分で神だと言えるほどの存在になったくせに、そんな願い一つすら叶えられない。
これまで培ってきた戦闘能力。
そして、恐ろしいほどの魔力。
それだけの力を手に入れたというのに――
俺は、この世界から抜け出す方法だけは見つけられずにいた。
そんなことを考えながら、ぼんやりと妄想に耽っていると。
突然、足元に奇妙な光の魔法陣が浮かび上がった。
「……なんだ、これ?」
強烈な光が視界を覆い尽くす。
思わず目を閉じた。
そして、次に目を開けたとき。
俺は黒い石で造られた建物の中に立っていた。
壁にはいくつもの松明が掛けられ、薄暗い室内を照らしている。
そして――
目の前には、一人の美しい金髪の少女が立っていた。
彼女は、俺を見て怯えきった様子で身体を震わせている。
その姿を見た瞬間。
胸の奥から、言葉では言い表せないほどの喜びが込み上げてきた。
人間だ。
人間がいる。
何年ぶりだ?
いや……何十年ぶりだ?
俺はようやく、人間に会えた。
嬉しさのあまり、思わず少女へ近づく。
すると少女は、さらに後ろへ下がった。
……怖がらせてしまったらしい。
俺も慌てて数歩後ろへ下がる。
すると少女はその場に跪き、震える声で言った。
「も、申し訳ございません……偉大なる御方。何が間違っていたのか、私には分かりません……。人間を召喚するつもりだったのですが、なぜか……あなた様がこちらへ……」
「君、人間なのか?」
思わず興奮した声が出た。
「は、はい……偉大なる御方……」
「でも、どうして俺が偉大な存在だって分かったんだ?」
少女は今にも泣き出しそうな顔で俺を見上げた。
「……分からないはずがありません。陛下の威光と存在感だけで……息ができなくなるほど、苦しいのです……」
「あっ」
そうだった。
俺はすっかり忘れていた。
慌てて自分の気配を抑える。
すると、今にも魂を抜き取られそうだった少女の顔に、少しずつ血の気が戻っていった。
それでも――
レベルの高い魔物ですら、俺の本当の力を感じ取ることはできない。
たぶん、俺と彼らの間には、あまりにも大きな力量差があるからだ。
だから、この少女は俺の存在を前にして、ただ圧倒されてしまったのだろう。
……危なかった。
せっかく神々が俺のもとへ遣わしてくれた人間を、自分の手で殺してしまうところだった。
俺って、本当に馬鹿だな。
「なあ、君。何か理由があって召喚したんだろ?」
少女は俺を見つめた。
その瞳には、まだ大きな苦痛と恐怖が浮かんでいる。
それでも彼女は、真剣な表情でこちらを見つめ続けていた。




