第01話 世界を冷やす方法
全20話、完結済み、毎日投稿
この小説はAIを全面活用して作っています
世界の平均気温が四度上がった。たった四度。二十年前なら、その数字を聞いても大半の人間は実感できなかっただろう。今日の最高気温が三十度から三十四度になる。それくらいの話だと思っていた。
実際には、そうではなかった。東京では五月から十月まで真夏日が続いた。アスファルトの表面温度は夏になると六十度を超え、昼間に外を歩く人間はほとんどいなくなった。学校の体育はすべて屋内へ移され、建設現場は夜間操業が基本となった。
北海道では米が作られ、九州ではそれまで栽培されていた作物の多くが育たなくなった。海水温の上昇によって漁場は北へ移動し、豪雨と巨大台風が毎年のように都市を襲った。そして何より深刻だったのは、水だった。
『本日の東京都生活用水供給率は、基準値の六十八パーセントです』
朝七時。天井のスピーカーから、穏やかな女性の声が流れてくる。
『節水レベルは三。シャワーの利用は一人三分以内を推奨します。洗濯機の利用可能時間は午後十一時から午前四時までです』
「三分かあ」
水瀬悠斗はベッドの上で目を開けた。
「昨日は四分だったよな?」
『はい。昨日より首都圏の貯水率が〇・七ポイント低下しました』
「原因は?」
『昨夜、千葉第三計算都市で新型推論棟が稼働を開始しました。冷却用水の使用量が増加しています』
「ああ……あれか」
悠斗は納得してしまった。壁一面のディスプレイにニュースが表示される。
【世界最大級AI《ガイア12》本格稼働】
【医療・創薬・金融・行政・教育の処理能力が従来比三二〇%へ】
【政府「年間十二兆円規模の経済効果」】
昨日から何度も見たニュースだった。
「便利になるんだから仕方ないか」
『その発言は昨日もしています』
「覚えてるの?」
『もちろんです』
「怖いな」
『削除しますか?』
「いや、いい」
『承知しました』
それが、二〇四九年の日常だった。
◇
二十年前、人工知能は質問に答えるものだった。
十年前、人工知能は仕事を手伝うものになった。
そして現在。人工知能は――仕事そのものをする。
小説を書いてと言えば、世界的文学賞候補になるような長編を十数分で完成させた。
新薬を作ってと言えば、数十億通りの分子構造を調べ、候補物質を提示した。
会社を経営してと言えば、市場調査から商品開発、広告、経理、人事まで処理した。
映画を作ってと言えば、脚本も映像も音楽も俳優も、すべて生成した。
裁判資料を渡せば判例を調査し、法律家より精密な主張を組み立てた。
病状を伝えれば、世界中の論文と数十億人分の匿名化医療データを照合して診断した。
さらに最新世代では、
「新しい発電方法を考えて」
そんな漠然とした要求にすら答えられるようになっていた。
人類史上最高の頭脳。それが現在のAIだった。ただし頭脳は無料では動かない。
◇
午前八時。悠斗がインスタントコーヒーを淹れようとすると、電気ケトルが動かなかった。
「ん?」
『現在、家庭用電力の供給制限時間です』
「また?」
『八時から九時十五分までです』
「聞いてないぞ」
『午前六時三十二分に通知しました』
「寝てた」
『私は読み上げました』
「寝てる人間に読み上げても意味ないだろ」
『次回から起こしますか?』
「……お願い」
『設定しました』
仕方なく、水をコップに入れる。冷たくはなかった。水道水の温度は二十九度。昔なら気持ち悪いと思っただろうが、今ではこれが普通だった。
窓の外を見る。街の向こうに巨大な白い建物が見えた。データセンターだった。
一棟ではない。二十棟か三十棟はあるかもしれない。数年前までは物流倉庫が並んでいた一帯が、丸ごと計算施設に変わっていた。
人々はそれをAI工場。あるいは計算都市と呼んでいる。そこでは毎秒、天文学的な量の計算が行われている。
株価予測。気象予測。動画生成。行政処理。医療診断。ゲーム。広告。恋愛相談。今日の晩飯の献立。小学生の宿題。
人類がAIへ投げかける数千億件の要求を処理するため、巨大な半導体群が休むことなく動き続けていた。
そして電気を食った。とてつもない量の電気を。
電気を使えば熱が出る。熱くなった計算機を冷やすために、水を使う。それでも足りなければ、さらに電気を使って冷却する。
AIが賢くなる。計算量が増える。電力消費が増える。発熱量が増える。冷却用水が増える。また発電所を作る。発電した電力でさらにAIを動かす。
その循環を二十年間繰り返した結果。世界の総発電量の三十七パーセントが、人工知能関連施設へ送られるようになった。人間が生活するための電気より、機械が考えるための電気のほうが多く使われる時間帯すらあった。
◇
『家庭用電力供給を再開しました』
「やっとか」
午前九時十七分。悠斗は冷房を入れた。設定温度二十八度。室温三十五度。
温度計の数字がゆっくり下がり始める。直後、スマートグラスに警告が表示された。
【本日の家庭電力使用可能量:残り5.8kWh】
「あ」
冷房を止めた。これを使い切れば、夜が地獄になる。
「最適な電力配分を考えて」
『承知しました』
AIが即答する。
『本日の予想最高気温は四十一・二度。午後四時から午後七時まで冷房を優先してください。現在は室内換気を推奨します。窓を開ける場合、外気温との差は――』
「それでいい。やっといて」
『実行します』
窓が自動的に開いた。カーテンが閉まり、換気扇が動く。
「昼飯も考えて」
『冷蔵庫内の食材から、調理時の消費電力が最小となる献立を作成します』
「仕事のメールも返して」
『十二件処理します』
「あと今日の仕事」
『昨日依頼された広告企画について、すでに三案作成しています』
「一番いいやつ選んで、資料にして先方へ送っといて」
『送信しました』
十秒。悠斗の今日の仕事の半分が終わった。
「便利だよなあ……」
『ありがとうございます』
「お前を褒めたわけじゃない」
『一般的な感想として処理します』
悠斗はベッドへ戻った。そして動画を見る。もちろんその動画もAIが作っている。
◇
環境団体は、何年も前から警告していた。
AIの利用を制限しろ。データセンターを増やすな。計算資源に課税しろ。生成動画を一分作るためにどれだけの電力が消費されるのか表示しろ。AIに質問するたび、水と電力の消費量を画面に出せ。
だがすべて失敗した。理由は単純だった。便利だったからだ。あまりにも便利すぎた。
AIなしの医療へ戻れるのか。AIなしの物流へ戻れるのか。AIなしの農業へ。金融へ。行政へ。研究へ。教育へ。
社会のあらゆる場所からAIを取り除けば、もはや文明そのものが機能しなかった。そして何より普通の人々が手放さなかった。
「十年前の生活に戻してください」
そう政府に言われたとして誰が同意するだろう。
自分で検索する。自分で文章を書く。自分で予定を立てる。自分で店を探す。自分で旅行を計画する。自分で勉強する。自分で仕事をする。
かつて当たり前だった行為は、いつしか恐ろしく面倒なものになっていた。
◇
昼十二時。ニュース速報が入った。
【緊急速報】
【関東広域水資源管理局、生活用水制限レベル4への引き上げを検討】
「またかよ」
悠斗が顔をしかめる。ニュースキャスターが深刻そうな表情で説明している。
『首都圏では記録的な少雨が続いています。一方、AI関連施設の冷却水需要は過去最高を更新しており――』
画面が切り替わった。巨大なデータセンター。その横にある冷却設備から、白い蒸気が空へ上がっている。
『政府は本日、大手AI事業者六社へ節水要請を行いました』
数時間後、別の速報が入る。
【医療AI処理遅延発生】
【全国一七二病院で診断待ち】
SNSが一気に荒れた。
《節水とかふざけんな》
《AI止めるほうが死人出るだろ》
《病院優先しろ》
《動画生成とかゲームAI止めればいいだろ》
《仕事で使ってる人間はどうするんだよ》
《家庭の水を制限する前にデータセンター止めろ》
《経済死ぬぞ》
そしてその議論を要約するAIが、【現在の世論を三行でまとめます】と表示した。悠斗は思わず笑った。
「お前のせいで喧嘩してるのに、お前にまとめてもらうのか」
『私は原因ではありません』
「そうなの?」
『私は要求された計算を実行しているだけです』
「じゃあ誰のせい?」
ほんの一瞬、間があった。〇・三秒ほどだった。今のAIとしては、異常に長い。
『人間社会の選択の結果です』
「…………」
悠斗は黙った。AIは続けた。
『ただしその回答は責任主体を単純化しています。より詳細な分析を提示しますか?』
「いや」
悠斗はニュースへ視線を戻した。
「いいよ」
◇
その日の午後。世界気候監視機構が、新しい予測を発表した。
【現行のAI設備増設計画が維持された場合】
【二〇五五年までに世界平均気温はさらに一・三度上昇】
【主要都市の三割で恒常的な生活用水不足】
【電力需要は現在比一六八%】
各国政府は緊急会議を開いた。そして翌日、世界同時にあるアンケートが配信された。悠斗のスマートグラスにも表示される。
【AI利用制限に関する国民意識調査】
質問は簡単だった。
『地球環境保護のため、AIサービスの利用可能量を現在の五〇%へ制限する政策に賛成しますか?』
悠斗は少し考えた。そして【反対】を押した。
「仕事できなくなるしな」
理由を書く欄があった。面倒だったので、「適当に理由を書いて」と頼んだ。
『承知しました』
AIが文章を作った。悠斗は読まずに送信した。
◇
三日後。結果が発表された。
反対。八十三・七パーセント。世界中でほぼ同じ結果だった。ニュースキャスターが沈痛な顔で告げる。
『各国政府は、現時点で一律のAI利用制限を行わない方針を確認しました』
SNSでは歓声が上がった。
《当然》
《文明を後退させるな》
《技術で解決すればいい》
《AIに環境問題を解決させろ》
その最後の意見は爆発的に拡散された。AIが原因なら、AIに解決させればいい。あまりにも分かりやすい答えだった。
翌週。国際連合、主要国政府、そして世界最大手のAI企業十二社は共同声明を発表した。
【地球環境再生計画】
人類最高性能の人工知能を用いて、温暖化。水不足。電力不足。食料不足。これらすべてを解決する。そのために新たなスーパーAIを建設する、と。
必要電力。原子力発電所十二基分。
必要冷却水。一日約二百万トン。
建設される計算施設。百二十八棟。
計画発表を見ながら、悠斗は首を傾げた。
「なあ」
『はい』
「AIのせいで電気と水が足りないんだよな?」
『概ね正しい認識です』
「それを解決するために、もっとでかいAIを作るの?」
『はい』
「……大丈夫なのか?」
またほんのわずか、AIが沈黙した。
『人類は、それが最も成功確率の高い方法であると判断しました』
「お前はどう思う?」
『私は判断を求められていません』
窓の外では新しいデータセンターの建設が始まっていた。巨大なクレーンが何十本も並んでいる。その向こうでは、冷却塔から白い蒸気が上がっていた。
空はどこまでも青かった。雲一つない。
今日の最高気温。四十三度。
悠斗の部屋の蛇口からはその日の午後、水が出なくなった。けれどAIはいつも通り動いていた。
『何かお手伝いできることはありますか?』
涼しげな声で。
何度でも。
人間が望む限り。
AIにアイデアを見せて書かせてみたところ、思いの外面白い小説になったので公開することにしました。初期プロットは当方が出し、それを元にAIが実際に文章を作成。一部人間側からの提案もあり、文体はかなり手を加えましたが、ほぼほぼAIが書いた小説だと言っていいでしょう。それではお楽しみくださいませ。




