聖女は田中角栄でした
かつてニーチェは言った。
「神は死んだ」と。
ニヒリズムが満ちる現代に生きてきた私にとって、神の死は自由の象徴だった。
かつてサルトルは言った。
「人間は、自分の外に未来を投企していくことで、初めて自分自身を定義していく」
つまり自己は連続性によって成り立つ実存ということだ。
私はかつて日本で社会人として働いていた。
それが今や物語の中の悪役令嬢である。
この魂がどうなったかはわからないが少なくとも私にとって、間違いなく転生したと納得できる領域と自己を確立していた。名前はルミエラ。
かつての文学少女は異世界に生きる公爵令嬢である。
「とはいっても破滅するのよね」
私は文学を愛する人間として純文学にしか触れてこなかった。だが一作品だけライトノベル、というエンタメ小説を熟読したことがある。その名も「悪役令嬢の本懐」
この作品の恐ろしいところはトルストイやドストエフスキーなどのロシア文学に影響を受けたエンタメの皮を被った「思想小説」だということだ。
初めて読んだ私は衝撃のあまり一睡もすることが出来なかった。
この作品の核心はこうである。
人は無意識的な肯定によって堕落することはできるのか?
この作品は愛という巨大なテーマを含みながら、一見して簡単なエンタメ小説を紡いでいた。
この作品の主人公である聖女ソフィアは博愛と慈愛を持つ人物だ。彼女は次々とヒーローを落としていくわけだが、そこにはミステリーがあり、サスペンスがあり、ファンタジーがあった。巨大な軸のなかで彼女は「人を肯定することの罪」と「自由への渇望」を抱いていた。だから私も彼女に対して感情移入できたわけである。
一方で私ーー悪役令嬢ルミエラは「普遍性への求愛」と「破滅する人間性」が描かれた登場人物だった。次期王妃としての立場を確立する彼女は派手で盲目的な仕草を取るが、誰よりも孤独で普通を追い求めている少女だった。
そんなルミエラに転生した私は大変に困った。
この作品の転生者は私だけでなく、聖女ソフィアもそうだからである。
「破滅イベントを回避するためには二種類あるのよね」
つまり王子を更生するか、ソフィアに負けてもらうかである。
「でもあの王子と結婚するのはなあ」
カラマーゾフの兄弟でいえばドミトリーである。おそらく作者も影響されていたのであろう。名前もドミトリス王子という名前だった。感情のまま動く、愛と欲望と暴力を持った青年。あの王子が苦手、どころか大嫌いだった。
カラマーゾフではドミトリーは更生する。しかしドミトリス王子は更生しない。物語のテーマ的に肯定によって堕落させられていったのである。
「よし。ソフィアに負けてもらおう」
あの子が何もしなければ破滅は訪れない。それは死なないのとイコールである。
私はすぐさま聖女にアポイントを取って面会の用意をしたのだった。
聖女ソフィアに初めて会ったのは王城の礼拝堂だった。
白い髪が窓からの光を受けて淡く輝いていた。青い瞳は深海のように静かで、その佇まいはまるで絵画の中から抜け出してきたようだった。窓から差し込む陽光が彼女の周りだけを照らしていて、天使の祝福が降り注いでいるように見えた。
なるほど、と私は思った。これが聖女か。
物語で読んでいたときよりも実物の方がずっと眩しかった。
「お初にお目にかかります。聖女ソフィア様」
「いらっしゃい。どうぞお座りになって」
私は眉をひそめた。聖女ソフィアは平民出身で貴族を嫌悪していたはずである。それがどうだろうか。今や一片の嫌悪感もなく至極、自然に振舞っている。
人払いをした部屋で二人きりになる。一瞥して腰かけたあと単刀直入に伝えてみた。
「ねえ貴女も日本人なんでしょう?」
そういうとソフィアは目を大きく見開いて豪快に笑いだした。
「そうか! そうか! あんたも同郷だったのか!」
おかしいと私は思った。ソフィアの転生者は女性のはずである。これでは居酒屋で酒を飲んでいる中年おやじのようではないか。
「私はな!」
「ちょっとお待ちください!」
私はこれでも赤ん坊のころから育っている。淑女教育は身についていた。
「私から自己紹介させていただけませんか?」
先手必勝だった。ソフィアはやけに物分かりがよく「どうぞ」と笑みを浮かべた。
「私の名前は渡辺恵梨香。平成生まれの会社員です」
「ふむ」
「日本でこの作品に出会って悪役令嬢のルミエラに転生しました。あなたがソフィアで日本出身だということは知っています」
「ふむ?」と首をかしげるソフィア。
「お互い協力してこの困難を乗り越えませんか? 二人なら成し遂げられると思うんです」
「あのな。お嬢ちゃん」
ソフィアは困ったように呟いた。
「自分の世界に入り込んで一方的に喋ってもらうのは困る。まず日本出身で同郷のものだというのはわかった、出身はどこだい?」
「茨城ですが・・・それが何か?」
「茨城ということは梶山君は元気かい?」
「梶山? 誰ですか?」
「君は政治に興味ないのか」
「いえ、人並みに興味を持っているつもりですが」
そうか、と顎に手を当てるソフィア。今度は彼女が名乗った。
「私はな。田中角栄というんだ」
「はあ?」
自分でも恐ろしいほど頓珍漢な言葉が漏れた。
「新潟出身で、一応総理大臣もやったことはある。若いもんは知らないか?」
「いえ・・・知ってますが。あの、本物ですか?」
「気がついたら変な世界にいた。これは笑ってしまうよな!」
大声で笑う田中角栄さんに私の脳はフリーズしていた。
「たなかかくえい?」
「そうだ。わしが角栄だ」
胸を張るソフィア角栄についに私は限界を迎えて叫んでいた。
「えええええええええええええええ!!!」
ソフィアはにこやかに笑いながら告げる。
「まあ落ち着け。わしも最初は驚いた」
「落ち着けるわけないじゃないですか!!」
「それもそうだな」
それから私が一方的に説明をする番だった。
相手は偉人である。日本の戦後政治家で三本の指に入るお方だ。
この世界のこと、日本のこと、田中角栄の評価。
それを説明し終えると彼女は照れたような顔で頬をかいた。
「そうか。そんなことになっていたのか」
「はい。私の時代の日本は大変でした」
「すまないな。私が失敗したばかりに」
大きく頭を下げたソフィアに
「顔をあげてください」と叫んでいた。
「ところでルミエラ君」
「はい。ソフィア様」
「この王国は腐敗しているとは思わんかね」
「・・・思います」
ここは作品の舞台だが、生活が貧しい中世ヨーロッパ風の異世界だ。食べ物にありつけず餓死するものも、冬の寒さで凍死するものも、暴力によって亡くなるものもいる。
「わしは王になろうとは思わん。だがな議会政治家としてもう一度政界復帰したいとは考えている。それでだ、この国を立憲君主制に変えようと思うんだ」
「はあ」
話が壮大過ぎると人はついていけないらしい。
「まずは神の名のもとに銀行を作る。議会を作る。憲法をつくる。そうやって少しずつ変えていかねばならないと思うんだ。赤ん坊から年寄りまでが笑って暮らせる国を作る。学園で遊んでいる余裕などない。今も困窮したものは亡くなっているのだからな」
「ですがソフィア様。そう簡単に行くでしょうか?」
たとえ田中角栄であっても一つの国家を作ることは難しいのではないか。私がそう指摘すると彼女はうつむいた後、再度頭を下げた。
「私一人では無力だ。手伝ってほしい」
「もちろんお手伝いいたします。ですが・・・」
「まだ何か不安があるのか?」
本気で心配するソフィアにうっと声が漏れる。
「・・・特にありません。全力でお手伝いいたします」
「本当か! ありがとう!」
ソフィアの笑顔は本当に天使のようだった。
ーー1年後。議会は本当に設立された。
王権神授を真っ向から否定する民主主義の導入など進むとは思ってもいなかった。だが国王はすっかりソフィアに心酔した様子だった。
ソフィアは礼拝堂で演説をしていた。所信表明演説だった。
礼拝堂の巨大な扉は全開にされ、群衆は教会の外まで溢れかえっていた。白い石畳の広場は人で埋め尽くされ、息を潜めて聖女の姿を待っている。中央の祭壇に立つソフィアの前に、最新の魔導マイクが浮かんでいた。銀色の球体が淡く光り、彼女の声は魔法の力で教会の外まで、広場全体にまで、はっきりと響き渡る。
ソフィアはゆっくりと息を吸い、いつもの豪快な笑みを浮かべた。
「諸君!」
魔導マイクがその声を増幅し、雷のように広場に轟いた。
「私は聖女ソフィアである!
だが今日は聖女という衣を脱ぎ捨て、一人の政治家として語りたい!」
「今日! 神託があった!」
「神は飢える民に! 凍える民に! 病める民に心を痛めておられる!」
「諸君!」
「神は君たちを救えなかったことに大変心を痛めておられる!」
「諸君!」
「神はそれでも君たちを愛したいと心から叫んでおられる!」
「私は聖女として誓う! 神の代弁者として誓う!」
「この聖域は何人たりとも侵しはしないと!」
「私は聖女として誓う! すべての民が心から笑える国を作ることを!」
「この信条は何人たりとも侵せはしないと!」
「私は政治家としてまだまだ未熟である!」
「しかしそれでも諸君に誓えることがある! 私は誰一人として見捨てはしない!」
「誰一人として不幸を放置しない! 誰一人として孤独で泣かせはしない!」
「救えるものがいれば手を差し伸べる! それが聖女ソフィアの信条である!」
「だから決して諦めてはいけない! 夢を見ることを捨ててはいけない! 愛を育むことを拒否してはならない!」
「これは神のお言葉ではない!」
「人間心理に基づく幸福追求である!」
「人は生まれながらにして幸福を追求する権利がある! 人は生まれながらにして平等である! 人は生まれながらにして公共の福祉を受ける権利がある! これを何人たりとも侵せはしない!」
「これは誰にも侵せぬ個人の自由なのだ!」
「自由とはつまり、兄弟姉妹、両親祖父母と笑って暮らせることを言う! 笑えなければ意味がない。我々は生きるために生まれてきたのだ!」
「今日、我々は改革の日を迎える!」
「今日、我々は自由を愛する国民となる!」
「今日、我々の神は権利を民に分け与える!」
「諸君!」
「我々は自由だ! 博愛と平和を愛する自由民である! 教会がここに保障する!」
「教会は君たちの権利を侵害しない!」
「教会は君たちの義務を圧迫しない!」
「教会は君たちの平和を尊ぶ存在である!」
「諸君!」
「私は誓う! この国を変えてみせると!」
「この国の変革の第一歩が今日であると!」
「諸君!」
「私は皆を愛している!!」
どこまでが嘘で、どこまでが本当かわからなかった。ただ、私も愛されている気がした。それだけは確かだった。
万雷の拍手が教会を祝福する。
まるで神が祝福するように日差しが降り注ぐ。
大活躍のソフィアの片隅で、私ことルミエラの人生は退屈に満ち溢れていた。このまま学園に進み、平和な日常を送り、そして王子と結婚するのだろうか。否、私は自分で平和と自由を勝ち取ってみせる。
私はドミトリス王子と面会を希望した。
「お久しぶりでございます。殿下」
「ああ、久しいな、ルミエラ」
「いつぶりでしょう。こうして二人きりでお茶をするのは」
ティーポットを傾けて喉を潤す。私は気付いていないだけで緊張していたようだった。大きく息を吸って吐く。テーブル下で手を握りしめた。
「君はあの演説を聞いたかい?」
「ええ。もちろんでございますわ」
先に口を開いたのは殿下だった。若干の驚きを込めつつ返答をする。殿下はどこか夢見がちでそれが酷く恐ろしいものに思えた。
「私は衝撃を受けた。あの可憐な容姿からは想像もできないほどの迫力があった。私は彼女に恋をしているのかもしれない」
「そうでございますか」
やっぱり私はこの人を愛することはできないだろう。浅はかで、無遠慮で、そして愛欲と暴力に取り憑かれている。ドミトリス王子は小説の中と同じく小物であった。
「王子は彼女を愛人に控えるおつもりですか?」
「いや正妃にしたい。君を側室にする」
吐き気を堪えるのがやっとだった。女をモノとしか見ていない典型的なクズ男。ドミトリス王子はここまで堕落していたのか。底辺に住む人間ほど憐れで醜いものはない。
「殿下。いっそのこと婚約を解消いたしませんか?」
私は思い切って口に出した。断罪イベントを待たずとも今言ってしまえばいいと思った。ほとんど衝動的だった。後悔は自然となかった。
「婚約破棄? なるほどその手があったか」
王子は明快だと言った風に手を叩いた。愚か極まれり。
「ソフィア様にも相談されてはいかがでしょうか? 彼女も当事者ですから」
「分かった。ソフィアを今から呼ぼう」
「・・・呼ぶのですか?」
「なに。相手は所詮平民である。こちらにこさせればよい」
私は背筋が凍る思いだった。相手は怪物・田中角栄である。
王子が命令を出すと騎士たちですら戸惑う。
「おい! 私の命令が聞けないのか!」
騎士たちは仕方なく部屋を後にする。
それからは地獄のような時間だった。
ソフィアに「愛」を抱いている彼の一方的な自己陶酔の始まりだ。
来るわけがないのに、彼女は忙しいのに。
そう何度も言おうとして口を噤んでいると扉の前がにわかに活気づいた。
「おはようございます。ドミトリス殿下」
唐突に現れたソフィアに私は目を丸くした。
「・・・ソフィア様」
「あなたも数日ぶりね。ルミエラ様」
前に会ったときよりも上品さや高貴さに磨きがかかっていた。
「実は折り入って相談があるのだ」
「なんでしょう。殿下。私に聞ける頼みならぜひ教えてくださいませ」
ソフィアはそう言って王子の隣に腰かけた。誰も文句は言わなかった。
「私はソフィアを愛している」
「まあ、ありがたいこと。ですがルミエラ様と婚約しているのでは?」
「婚約を破棄する。君と結婚したい」
その瞬間、絶対零度が吹き荒れた。
ソフィアの凍えるような視線がドミトリスに突き刺さる。
「ルミエラは賛同しているのですか?」
「・・・はい。私から婚約破棄を伝えました」
「そう」
彼女はごく自然な動作でドミトリスに笑いかけた。
「王子。学のない私でも人情というものがあります」
「そんなものはいい。答えを聞かせてくれ、ソフィア」
「男が一度決めた婚約を破棄するなどと、ましてや一人の女性も守れない殿方と、そんな方と結婚するつもりはございません」
瞬間、ドミトリス王子は沸騰したように顔を赤くした。
「ふざけるな! 私の命令が聞けないのか!」
「申し訳ございません、殿下。ですがはっきりと伝えるならばーー私は嫌でございます」
席を立って可憐に距離をとる彼女。騎士たちがソフィアを守るように傍に立つ。
「貴様ら! 誰に刃を向けているのかわかっているのか!」
「殿下、おやめください。ここで事を荒立てては国の醜聞となります!」
「私はソフィアが頷くまで返すつもりはない!」
「ならば我々はソフィア様を護衛いたします!」
「なんだと!!」
憤る王子に騎士たちの手汗がにじむ。
「国王陛下からソフィア様の絶対保護を命じられております、これは王命なのです」
「父上がそのようなことを言うはずがない! 騙されているのだ!」
「王子殿下」
ソフィアの凍えるような声が部屋に響き渡った。
「私を返すか、それとも屈服させたいのか、どちらかお選びください」
「屈服一択だ」
「そうでございますか。ならば殿下は私の敵でございますね」
ソフィアが踵を返した。
「待て! 帰るな! 卑怯者!」
しかし彼女の歩みは止められない。私も部屋の扉に向かって歩いていく。幸いにも騎士たちが壁を作ってくれた。部屋を辞した私はようやく安堵の息を吐いた。
「国王は理解者だったがあれは愚物だな」
角栄の言葉だった。
「安心しなさい。悪いようにはしない」
「はい。よろしくお願いします。角栄様」
ソフィアは先ほどの恐怖を和らげるように私を優しく抱いた。
「もう大丈夫だ、あとは私に任せなさい」
聖女と教会が布告した王国改造令によって瞬く間に王国全土は活気づいた。
「ソフィア様!」
執務室で書類と格闘していた彼女の部屋に私は勢いよく飛び込んだ。
「城下でインフレが発生しております」
「知っている、落ち着きなさい」
私は出された紅茶で喉を潤したあと深く深呼吸をした。
「落ち着いていられますか! 歴史を繰り返すつもりですか!」
「君は今回のインフレの正体がなにか分かるかい?」
「巨大な公共事業による金銀の飽和です!」
「違うな。それはあくまで仮の面に過ぎない」
ソフィアは至極冷静だった。
「インフレの正体。それは既得権益による搾取と隷従だ」
「つまり税と言いたいのですか?」
「その通りだ。徴税権の分散、地方分権による悪税の乱発。それがインフレの正体だ」
事実、王国はここ数年で賃金が倍になっていた。
「貴族を締める。そろそろ頃合いだろう」
「締めるって、どうされるおつもりで・・・」
「議会で法案を作ろう」
にやりと笑った角栄は澄んだ声で拡声器に声を通した。
『神託がありました』
そのあとぞろぞろと高位の聖職者たちが入ってくる。私は場違い感を抱きながら部屋の端へと移動した。
「神は告げました。貴族院を設置して二院制にせよと」
「金利を年利二割に制限せよと」
「奴隷を金銭で購入し、道徳を授けよと」
「徴税権をひとつにまとめよと」
「それが神のお召であり、地上を変える指針であると」
おお、と聖職者たちは感嘆する。
先ほどまでの一部始終を見ていた私はそれが神などではなく角栄の言葉だと知っていた。
「私からも議題にあげておきます。すべての貴族は学園に通うべきだと」
中央集権国家。それが頭をよぎった。
角栄は地方に甘い蜜を与えながら中央集権国家を築こうとしている。
貴族の反発は予想通りの元となった。
しかし角栄は敵対する貴族を「神の敵」と呼び次々と懐柔していった。
決定打となったのは角栄のこの宣言である。
「私は今日、聖女を辞任します」
王国全土に地震のような衝撃が走った。
「そして一人の議会政治家として庶民院の議員となります」
自らが教会を否定して、聖女の衣を脱いだのである。
聖女という最高権威を自ら捨てて庶民に戻ることを選んだ瞬間だった。
このとき二つのことが同時に起きた。
教会の分裂と国民の熱狂である。
平民聖女と呼ばれていた知らせが看板に打たれると国民は教会を非難し、教会は聖女が消えたことで分裂を余儀なくされた。甘い汁を吸っていたものは教会に固執したが、そうでないものたちは聖女が興した自由民主党に参画することとなった。
「良い知らせよ、ルミエラ」
「良い知らせでございますか? 角栄様」
「王子を幽閉することになったわ」
「幽閉・・・でございますか?」
無期懲役のようなものだ、入ったものは二度と出てくることが出来ない。
「どうやったのですか?」
「簡単よ、お飾りを第二王子に変えた」
「では王太子であるドミトリス王子は・・・」
「今ごろ王国の政変によって幽閉が決まっているころよ」
彼女の言葉は真実だった。
「ふざけるな! ふざけるな! こんなことがあってたまるか!」
床に這いつくばったドミトリス王子はわめいていた。
「私が何をしたというのだ! ただ恋をしただけではないか!」
元王子の声は無機質に響いていった。
「幸福を追求する権利があると言ったのは聖女様だ! 恋愛を自由にしてもいいといったのは父上だ! 人が愛を肯定する愚かさを持って何が悪い!」
庶民院議員ソフィアは冷酷な眼で彼を見据えていた。
けれど私には答えられなかった。
「堕落とは無意識の象徴だ、殿下」
「お前! いますぐ僕と子どもをつくれ!」
みっともない姿をさらして殿下は吠える。
「言葉とは刃だ、言葉とは過ちだ。それを覚えておきなさい」
「やめろ! やめろ! やめろおおお!!」
顔を真っ赤にさせながら喚く王子と引きづっていく騎士たち。
「哀れなものだ。できれば少年法でも作ったやりたいが」
ソフィアは肩をすくめると部屋を後にするのだった。
私は彼女が立ち去ったあと王子と対面する。彼は無力だった。
「王子殿下」
「笑え。笑ってくれ。愚かな私を」
「私は愚かだとは思いません。王子は人間的でした」
わたしよりもずっと人間として実存していた。
「あれはソフィアさんが間違っている。無意識的な肯定で堕落させた罪はソフィアさんにある」
「だがすべて手遅れだ。私はもう籠の鳥だ」
「いつか私が」
ごくりとつばを飲み込んだ。
「私が助けに行きます」
ーーあれから三年後。
議会政治が本格的に動き出そうとしていた。
「初代内閣総理大臣をソフィア君とする」
万雷の拍手が議会を、議会前を、広場を包んだ。
私は貴族院議員としてその姿を遠目から見ていた。
私は観客だった。もう悪役令嬢でもなくなった。
あの美しい「悪役令嬢の本懐」という物語はたった一人の怪物によって壊された。
この時代は変革期を迎えている。
熱狂する市民、怯える貴族、そして解放された奴隷たち。
それでも所詮は中世から近世になった程度の話だ。
これから数多くの艱難辛苦が待ち受けているのだろう。
だが思ってしまうのだ。
田中角栄ならば、この暗鬱とした世界を変えられるのではないかと。
彼女はわたしにとって希望の光であったように、誰かの希望なのだと。
私は観客席でそれを見ながら、拍手を送る。
一人の貴族として、まだ何者でもない少女として。
いつか結婚する自由を愛する諸国民としてーー。




