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工学系女子シリーズ(異世界・恋愛、仕事)

【工学系女子シリーズ⑩-1】舞踏会、それぞれの想いが形になる夜・前編~迎えに来る相手は、まだ知らない~(マレナ×セルジオ、ノエラ×ゼイン)

作者: コフク
掲載日:2026/03/29

 王立アルセリオ工学学院に通い始めてもうすぐ三年目になる冬。寮生活をしながら造船職人を目指して勉学に励むマレナ・ヴェントラの元に、両親から手紙が届いた。


「舞踏会への招待状が届きました。あなたも良い年齢。社交界デビューの良い機会ですのでお受けしました。お前のエスコートをする方は決めてあります。当日、その方があなたを迎えに行きます」


――どこにも、パートナーの名前はない。


 少し前の秋が深まる頃、学院もある王都に魔獣が現れた。その時に王都を守った功績により、レオン・クラインが正式に勇者として認定される。その勇者認定式に合わせ、王城での舞踏会が行われるらしい。

 そこまでは聞いていた。寮の同室で親友のフェリア・ブラントが、不安そうに話していたから。フェリアはレオンと同郷の幼馴染で、今回の舞踏会にレオンのパートナーとして出ることになっていた。


 マレナは手紙を机の上に置いた。

(勝手に招待、受けたんだ……それはしょうがない。でも――)

 胸がずんと沈んだ。

(――嫌)

 セルジオではない誰かの隣に立つ自分を、想像したくなかった。


 マレナは机に飾った額へ、視線を向けた。

 セルジオのデッサンと、押し花にした一輪のデルフィニウムが、額の中に入っていた。

 画家のロレンツォが描いた、机に向かうセルジオの姿。押し花も、学院へ来る前、セルジオがくれた花の中から残しておいたものだ。


 学院に入る前、故郷の港町ヴァレストの造船ギルドで、先輩としてマレナの面倒をよく見てくれていた、セルジオ・コンティ。マレナの夢見ているような大きな船の設計に、まだ若いが既に近づいている、憧れの先輩。

 それだけだと思っていたのに、夏に会って、恋だと自覚してしまった。


 けれど——

(セルジオのこと、私はよく知らない)

 腕が良くて、面倒見がいい。口数が少なくて、ぶっきらぼうだけれど、優しい。それは知っている。

でも、彼の家のことは知らない。


(両親が認めるのは、きちんとした家の人だ)

 私が船の話ばかりして、お見合いや婚約が何度破談になっても、両親は家格の良い相手を紹介し続けた。セルジオが造船職人としてどれだけ有望でも、私がどれだけ好きでも、家の格が合わなければ——考えるほど、沈んだ。


 当日、迎えに来ると書いてあった。相手の名前は、どこにもない。

 けれど、誰だとしても、同じ。


 セルジオでなければ嫌だ。


 ◇ ◇ ◇


 同じ頃、マレナの学院の親友、ノエラ・リーヴェもまた、舞踏会の話を前に、落ち着かない気持ちを抱えていた。

 舞踏会へ行くこと自体より、実家の人たちと顔を合わせるかもしれないことの方が、ノエラには少し怖かった。


 ノエラは学院の受験のために家を出て以来、今もずっと、憧れの建築家であり学院の教師でもあるアリシア・エーデルの家で暮らしている。

「うちにあなたの分と、ゼインと私たちの分の招待状が届いたの。一緒に行きましょう」

 夕食の席で、アリシアがさらりと言った。

「……でも、ドレス、無いですし」

 奨学金とコンテストの賞金で学院に通うノエラに、ドレスを買う余裕などない。実家では継母と義妹が来て以来居場所を奪われ、父も無関心で、半ば絶縁状態で出てきた。適当な格好で舞踏会に出て、彼らと会うのは気まずい。


「もちろん、あなたのお父様にも話を通しておいたわ」

 アリシアは微笑む。

「そうしたら、ドレスは父親として用意したい、って」

 ノエラは驚くと同時に、ほんの少しだけ胸が詰まった。

(あの、無関心なお父様が?)

 寒い部屋で一人過ごした日々を思い出す。アリシアの著書だけが頼りだった。

 きっと、アリシアが間に入ってくれたお陰だろう。それでも、父が自分のことを気にかけてくれたのだと思うと、嬉しかった。胸が、温かくなった。


 隣でゼインが、小さく目を逸らした。アリシアの息子で、ノエラの一つ年下だが、学院では一年先輩。今は恋人でもある。

「ドレス……似合うと思う」

「どんなのが来るか全く分からないけど」

 ノエラはわざと意地悪く返すと、ゼインは耳を赤くしながら答えた。

「ノレアなら、何でも似合う」

 甘い。言いながら照れる。もう十七歳で背もまた伸びたが、相変わらず可愛い。ノエラは思わず口元を緩めた。


 同じ部屋にいたアリシアが小さく笑う。

「大丈夫よ。有名建築家のセンスを発揮してくださいねって、釘は刺しておいた」

「建築家とドレス選びは相関性あるのか? アリシアのドレスは僕が贈るけど」

 隣でルーカス・ヴァルトハイムも笑う。学院の建築学科でアリシアと並ぶ人気教師で、最近は家を訪れることが増えたと思っていたら、いつの間にか一緒に住んでいた。


 実家の家族と会うのは正直まだ、不安。

 それでも、ゼインたちが傍にいてくれるなら、舞踏会へ行ってみようかと思えた。


 ◇ ◇ ◇


 舞踏会まで一か月。

 マレナ、ノエラ、フェリアの三人は、授業後に先生からダンスを教えてもらうことになった。フェリアはレオンと、ノエラはゼインと、そして相手の分からないままのマレナは、先生と組んで。


 ダンス未経験のフェリアとレオンは、初日こそ酷かったが、運動神経で乗り切り、すごい勢いで回りながら人や物をかわしていく。――音楽に合わせるという概念はあまりないようだが、特にレオンがフェリアと一緒で嬉しくてたまらない、というのはよく分かった。


 ノエラとゼインは貴族の家の出身なのでダンスの経験はあるが……。

「あっ、ごめん! 痛かったでしょう」

「さっき私も踏んだし大丈夫」

 お互い足を踏み合っている。

「もっとくっついた方が踏みにくくなるんじゃない?」

 ノエラが手をゼインの背中に回してグイっと引き寄せる。

「そ、それはどういう理屈??」

 ゼインが真っ赤になる。ノエラはそんな彼を見て楽しそうに笑う。学院でいつも見る冷静なノエラとは、だいぶ違う顔だった。


 一方元々ダンスが得意なマレナは、先生とステップを踏みながらも、別の人のことばかり思い浮かべていた。

 夏の港で、船に乗る時、そっと手を取ってくれた。

 そして、後ろから抱きしめられた。

 いつも夢に向かうマレナの少し先を歩いている、あの先輩のこと。


 フェリアもノエラも大好きな相手と踊っている。

 それが羨ましく、少しだけ寂しくも感じた。


 ◇ ◇ ◇


 そして、あっという間に一か月が過ぎ、舞踏会当日の朝を迎えた。


 寮に馬車が迎えに来て、マレナは王都のヘアサロンへ向かった。

「ドレスはこちらをご準備いただいています」

 個室へ入ると、深い青に透明感のある水色のシフォンが重ねられたドレスが正面に掛けられていた。黄色い宝石のネックレスが一緒に飾られている。

「わあ……なんだか、デルフィニウムの花みたい」

「人気のドレス店の物ですね。装飾品も、お相手の方からの贈り物だそうですよ」

 店員がそう言って、にっこりと笑った。

(誰だか知らないお相手の方、ありがとう)


 髪や化粧、ドレスの着付けをしてもらい、鏡を見る。そこには、自分とは思えないほど綺麗に着飾った女性がいた。背の高いマレナにぴったりのドレス。濃い藍色の髪と、少しだけ日焼けの残る肌に、驚くほど良く似合っている。

(悪い人では無いかも)

 そう思いかけて、すぐに首を振る。

(でも、誰でも嫌)

 その気持ちは変わらない。

(セルジオに、見て欲しかったな)


「お迎えの馬車が到着しました」

 店員に誘導され、背筋を伸ばして向かった馬車の中には――


「あらー、綺麗になって!」

 マレナの両親だけが乗っていた。思わず肩が落ちる。

「仕事でトラブルがあり、遅れるそうだ。会場で合流することになったから、先に行って待とう」

 父が言う。

 馬車の中で、母がマレナの髪を少し直してくれた。

「緊張してる?」

「……少し」

「大丈夫よ。良い方よ」

 マレナは窓の外を見た。

(誰でも嫌。今日だけは我慢するけど)

 その気持ちが、また静かに胸を押しつけた。


 ◇ ◇ ◇


 王城の大広間は、夜になっても眩しいほど明るかった。無数の燭台、磨かれた床、天井から下がる白い花飾り。


 マレナは会場に入って間もなく知り合いと仕事がらみの話を始めた両親と別れ、飲み物を取りに行った。ふと見ると、見知った顔があった。以前のお見合いで会った男性だ。向こうもマレナに気づいて、軽く会釈してから近づいてくる。避けられない。

「久しぶりですね。今日は、お相手の方は?」

「遅れるそうで……まだ合流できていなくて」

 私が知りたいんですけど、と、思いながら笑う。

「そうですか。縁談の方は、その後いかがですか」

 悪意はなく、ただの世間話だ。でも、マレナには居心地が悪い。

「その後は、工学学院に入りまして、勉強ばかりで縁談の方は……」

 彼はマレナが船の話をして断ってきた人だ。マレナに勉強と船以外に話せるようなことはなく、声がどんどん小さくなっていく。


 その時、会場の入口が少しざわついた。


「ヴァレンフェルト家のご子息ですって!」

「素敵な方ね。初めてお見掛けしましたわ」

 人の視線が入口に集まる。ヴァレンフェルト家は、マレナの出身地の港町ヴァレスト周辺を治める領主家で、マレナの船も買ってくれた。進水式には代理の人しか来ていなかったし、お礼位言っておきたい。

「すみません。ちょっと挨拶をしたい人がいるので」

 元お見合い相手の男性に断り、マレナも人波の後ろから覗く。


 入口から礼服を着た男性が入ってきた。黒に近い濃茶の髪は整えられ、立ち姿が静かで堂々としている。顔が、こちらを向く。切れ長の目。確かに、素敵な青年だ。


 そしてその人は、まっすぐこちらへ歩いてくる。人波を分けるように、迷わずに。


 男性が、マレナの前で止まった。

「ごめん。待たせた。急な仕事が入って、それから急いで支度したんだが」

 低くて少し雑な、聞き慣れた声。仕草、切れ長の、黄色に近い茶色の目。無精ひげはきれいに剃られているが――


「セルジオ……?」

 不安で張り詰めていた心が、別の意味で一気に跳ね上がった。


 彼は優雅に膝を折り、マレナの手を取る。

「お迎えに上がりました、マレナ嬢。セルジオ・ヴァレンフェルトです。今日はよろしく」

 セルジオの唇が、マレナの手の甲に静かに触れた。

 マレナの顔が一気に熱くなった。心臓が、爆発しそうだ。


 そのまま、ダンスフロアへ向かう。

 緩やかな、ワルツの音楽が流れ始め、二人もゆっくり動き出した。

「驚いた。……今日誰が相手か、両親が教えてくれなかったの」

「僕が内緒にして欲しいと言っていた……本当は、事前に言って、断られるのも怖かった」

「断らない。……セルジオで、嬉しかった」

 マレナが言った瞬間、セルジオが、マレナの腰に回した手をぐっと引き寄せた。そういうダンスなのかどうか、分からないまま、胸の鼓動が高まる。身を委ねる。


 セルジオはちゃんと力もあって、軸もしっかりしている。初めて一緒に踊ったと思えないほど、踊りやすかった。セルジオはいつも、マレナのことを考えてくれる。

 でも、距離が近い。セルジオとは、仲良くしている。ギルドにいた頃は敬語だったのも、いつの間にか敬語でなくなった。けれど、この距離は、近すぎる。近すぎるが、嫌ではない。

(これはきっと、ダンスのせい……)


 マレナははっと気付く。もう一つ、聞かなければいけないことがあった。

「そう言えば、ヴァレンフェルト家だったの?」

 セルジオが進行方向を見ながら言う。

「ああ。造船ギルドの仕事は、母方のコンティの名前でやってる。家の格で評価されたくない」

「……私の船の件も、ヴァレンフェルト家のつながりで動いたの?」

「そうだな」


 マレナは少し、恐る恐る聞く。

「それは……船に買い手が、つかなかったから?」

 セルジオは、ふっと息を吐いて言った。

「いや、買い手を探そうとして、すぐやめた」

「え?」

「マレナの最初の船だと思ったら、誰にも渡したくなかった」

 マレナは言葉に詰まった。

(それは……どういう意味?)


 セルジオが、改めてきちんとマレナを見た。

「マレナ、他にも、隠していたことがある」

「え?」

「婚約の予約を、してある」


 マレナの表情が、固まった。

「予約って……」

「正式な婚約じゃない。でも、マレナのご両親に優先権だけ先にもらった」

 セルジオが、また進む先を見た。

「マレナが嫌なら、取り消す。強制じゃない」


 マレナは何も言えなかった。

 嫌ではなかった。むしろ、嬉しい。

 でも、何かが少しだけ引っかかった。

「……いつから?」

「マレナが、学院に行く前」

 あの、不自然なほど急にお見合いしろと言わなくなった両親に、そんな理由があったとは。

 そして、マレナだけがそれを、知らなかった。

 それが少し悔しい。

「言って欲しかった」

 ようやく絞り出した声は、柄になく少しだけ拗ねていた。


 セルジオはほんの少しだけ目を細める。

「卒業したら、言うつもりだった」

「それは、もしかして、私のため?」

 好きだから、ではなくて、勉強に集中させたいだけなら、少し悲しい。

「それも最初はあった」

 二人はくるりと回る。

「でも正直今は、僕のためだ」

 セルジオは続ける。

「前にも言ったな。マレナの姿に元気づけられるって。上手くいかない時、今でも、夢に向かって進む君の笑顔を思い浮かべている」

 マレナの胸が、また強く鳴る。

「デルフィニウムの花言葉――『大きな夢』ともう一つ、『あなたは、幸運を振りまく』。僕にとって、それは君だ」

 いつも言葉数少なく、余裕のあるセルジオが、今夜は饒舌で、子供っぽく見えた。不器用な真っ直ぐさが、胸に刺さる。


 曲が終わり、二人の足も止まった。

「改めて言う」

 マレナの手をそっと握る。

「正式に婚約を申し込む。受けてくれるか?」

 真っ直ぐな視線に、逃げ場が無くなる。

「僕なら、船の話も一緒にできる。君の夢の邪魔もしない。むしろ大きな船の設計も手伝える。結婚も、君が卒業して、良いと思った時まで待つ」

 マレナももう迷わない。彼の目を見返して、深く、頷いた。

「私にとって、メリットしかないじゃない。喜んでお受けします」


 セルジオの表情が、少しだけほどけた。

「良かった。君のご両親にも話に行こう」

 優しく手を引かれ、二人でマレナの両親の元へ向かう。


 両親は、婚約もきっと、喜ぶ。

 マレナは夢でも見ているように、ふわふわと歩いていた。


 ◇ ◇ ◇


 ノエラはゼインと並んで舞踏会の会場に入った。


 アリシアとルーカスは、二人の後ろから会場へ入り、自然に少し距離を取った。ルーカスはアリシアの隣に当然のようにいた。アリシアの着ているのは紫色にルーカスの髪と同じ金色の刺繍の入ったドレス。ゼインはそこから小さく目を逸らした。

「……まだ慣れない?」

「慣れようとしてる」

「確かにルーカス先生、ちょっとくっつきすぎだよね」

 ゼインが無言で頷き、視線を戻す。


「それより、ノエラ、やっぱり綺麗だ」

 偶然ゼインの髪と同じ、黒を基調に、白銀の刺繍やレースが入ったドレスは、落ち着いていて、それでいて可憐だった。王都の人気のドレス店の物らしい。凛として静かな雰囲気のノエラに似合っている。髪やお化粧も、アリシア邸のお手伝いさんが整えてくれた。自分でも、変わった姿に驚いた。

 耳元には可愛らしい白いスズランのイヤリング。ゼインがお祖母様の物を用意してくれた。

「私がスズランが好きなの、覚えていてくれたんだね」

「ノエラの好きな花は、忘れない」

 ゼインも正装。黒の礼服が似合いすぎている。袖口のカフスボタンは、ノレアの目と同じ、エメラルドグリーン。

「ゼイン格好いい。色も、私とお揃いだね」

 ゼインは一瞬固まり、また耳を赤くして目を逸らした。分かりやすくお揃いにしたくせに、照れるなんて、可愛い。


 その時、ノエラの視界に見覚えのある顔が入る。義妹のミーナだった。斜め後ろに、若い男性を連れている。その少し向こうには、継母と、父の姿もあった。

 ノエラはすぐに目を逸らしたが、ミーナはまっすぐに近づいてきた。

「まあ、意外と似合うんじゃない? 少し地味だけど」

 ミーナはピンク色のフリルやリボンの沢山付いた華やかな装いで現れ、ノエラを値踏みする。

「お姉様、エスコートは?」

 ノエラの返事を待たず、ゼインが一歩前に出た。

「ゼイン・エーデルです。工学学院建築学科の三年で、母の助手もしています」

 堂々と、頑張っている。

「あら、学生さん?」

 ミーナは高らかに笑う。

「私の婚約者は、優秀な建築家なの。うちの家を継ぐ予定よ」

 けれど婚約者の方は、ゼインとノエラを見て、目を丸くした。

「ゼインさんって、アリシア・エーデル先生の息子さんですよね? それに、ノエラさん……王都の建築設計コンテストで最年少受賞された方では?」

「あ、そうですね。三年ほど前に受賞しました」

 ノエラが言うと、婚約者がさらにまた奥を見て、目を見開いた。

「アリシア先生もいらしているんですか? 隣の方は、ルーカス先生? お二人とも人気教師で建築家でも有名な……すごい方々だ」

 ミーナの顔がみるみる引きつる。

「……え、と、そろそろ別の方にもご挨拶しないと。行きましょう」

 強引に婚約者の腕を取り、半ば引きずるように去って行った。継母も慌ててついて行く。

 継母の隣にいた父もその後ろを歩きかけ、一瞬だけノエラを見て、すっと小さく手を上げた。それだけだったが、今までより、目が優しかった気がした。


 ノエラは、胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。

(私は、認められている……ここに、しっかりと、私の居場所が、できている)


 耳元のスズランのイヤリングに、そっと触れた。

 スズランの花言葉――再び幸せが訪れる。

 幸せの音が、聞こえた気がした。


 ◇ ◇ ◇


 ひとしきり踊って、舞踏会が落ち着いた頃。

 ゼインがノエラを外のベランダに呼んだ。

「先日、卒論を送っていた王立建築学報から連絡が来た」

 ノエラが目を瞬く。

 王立建築学報。それは建築を学ぶ者なら誰でも知っている、かなり権威のある専門誌だ。

「載せてくれることになった」

「えっ……すごい」

「学院にも報告したから、博士号が取れる見込みだ。建築科に講師として残ってほしいって言われた」

 ノエラは思わずゼインを見上げた。

「すごい」

「卒業後、研究棟で母さんの助手をしながら建築の仕事をするか、学院の建築科の講師か、どちらか選べる」

「どっちにするの?」

「講師。授業の方が、性に合ってる気がする」

 ノエラは頷いた。

「……学院に残るんだね」

「当分は。残りながら、機会があれば実際の建築もしたい。ノエラはまだ一年あるね」

「うん」


 ノエラは少し考えてから、笑った。

「私も、卒業までにもう一回、建築コンテストを目指そうかな」

「いいと思う」

 ゼインは迷いなく言った。

「ノエラなら、前よりもっと上を取れる」

「今度は、基礎ができてないとか、言わせない」

「そう言えば、僕がそんなこと言ったかも」

 二人で笑った。


 ゼインが少し間を置く。

「……少なくともあと一年は、学院でも近くにいる。家も、卒業してもずっといればいい」

 それだけ言って、庭の方へ視線を向けた。

 ノエラも同じ方向を向く。

(家でも、学院でも、近くにいてくれる。一緒に、成長していける)


 今はそれで、十分だった。


 工学系女子たちは、これからも、夢を追い続ける。

 そして今、その隣には、一緒に夢を追う、パートナーがいた。


 社交界デビューの舞踏会は、いつもより甘い夜になった。

 会場の奥では、音楽がまだ続いていた。



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