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掲載日:2026/02/28

1094日前、私は彼女を海に連れて行くと約束した。

1095日後、私は今も借金を返すために働いている。

ボロボロの小屋、一匹のコーギー、そして追放された天使――それが僕の仮初めの家族だ。

今日もまた、狩りに行く。

でも、海はまだそこにあって、待っている。

生活と約束、そして波に溶けていくものたちの物語。

長く広い道を、色褪せた街灯の下で、ひとりの男が疲れ切った足取りで歩いていた。自分では家と呼んでいる場所へ向かって。人気のない丘のそばに建てられた、今にも崩れそうな家。そこには、追放された天使と一匹の犬と、男が一緒に暮らしている。


カチャッ


「帰ってきたのか、カボコ」


扉を開けた瞬間、目に飛び込んできたのは、肩の落ちた白いTシャツ姿の天使だった。色はすっかり褪せ、長いこと洗っていないように見える。その下には、細く白い太ももがのぞいている。


「ワンワン!」


家の奥から駆けてきたのは、男が引き取ったコーギーだ。名前はミラ。ノコゾウ・ミラ。


まだ重い足にまとわりつき、吠えながら帰りを歓迎する。


「そんなに俺の帰りを待ってたのか」

男はしゃがみ込み、ミラを目の高さまで抱き上げて言った。


「ああ、土産があるぞ」


そう言って手に持っていた袋を下ろし、高級ドッグフードの箱を取り出す。近くの器に山盛りに注ぎ、ミラの前に差し出した。


「それから、俺はカボコじゃない。カブキだ。間違えるなよ、アルゴ」


言いながら、生の牛肉を一切れ、天使のほうへ放る。彼女はいつものように受け取らず、鋭い牙で獣のように噛みつき、肉を引き裂きながら言った。


「はいはい、分かってるよカボコ」


それ以上アルゴに構わず、男は自分の領域へ戻る。そこはほとんどゴミ捨て場のような寝室だ。


扉を閉めると、いつもの夜と同じように、疲れた体を染みだらけのマットレスに投げ出す。手には、幸せだった頃からずっと持ち続けている写真。


家のどこを見渡してもまともな物は残っていないのに、その写真だけは驚くほど丁寧に保管されていた。どれも皺ひとつない。


数え切れない狂信者を冷酷に処理してきた荒れた手が、今は写真の中の若い顔を優しく撫でる。そこに写っている少女は、顔立ちも体つきもアルゴに似ている。ただ、髪の色や瞳の色、牙だけが違う。


真っ白な夏のワンピースに、つば広の麦わら帽子。可憐な笑みを浮かべている。その姿はまるで天使のようだった。


写真は強烈な薬のように、神経の隅々まで刺激し、彼の心を温める。カブキの目は穏やかに写真を見つめる。その視線は、世界そのものを愛しているかのようだった。


「千九十四日か……もうそんなに離れてるのか」


「まだ約束、果たせてないよな……でも明日こそは」


「もうすぐ海を見せてやるよ」


「私の大切な人」


やがて男は眠りに落ちる。疲れた一日が終わる。


夜だけが、この荒んだ人生の救いだった。眠っている時だけが、本当に自分の居場所のように感じられる。隈だらけの目を開けると、時計はもう十時近くを指していた。


ゆっくり起き上がり、つま先を伸ばし、肩を回す。いつものように洗面所へ向かう。


鏡の中に映るのは自分ではない。陰鬱な男。光を失った目。長く伸び放題の灰色の髪。


「Let's start the new day together!」


そう呟いて身支度を済ませ、黒いパーカーと黒い手袋を身につける。キッチンで簡単な朝食を作る。アルゴの分と、自分の分。ミラは器に餌と水を入れるだけでいい。


朝食は、目玉焼きを挟んだトースト二枚、レタスとトマト、紙のように薄い肉。それで十分だ。


「起きろ、アルゴ」


綿とゴミを詰めた段ボール箱に布をかけただけのテーブルに皿を置き、声をかける。


「ほら、起きろ」


揺さぶられたアルゴは目を開ける。


「ん……朝か、カボコ」


「ああ、朝だ」


料理を見た瞬間、彼女は眉をひそめた。


「これ嫌い! もう飽きた! 何回も食べさせたじゃん!」


皿を持ち上げ、投げようとしたその手首を、灰色の男が掴む。


「やめろ。今日だけ我慢しろ。明日は絶対、山盛りの肉を食わせてやる」


「信じない! 何回も聞いた!」


「本当だ。肉だけじゃない。アイスもソーダもだ」


怒っていた顔が、急に静まり返る。考え込むような表情。


やがて彼女は渋々食べ始めた。まるで子どもだ。


食後、カブキはミラの器に餌を山ほど入れる。溢れるほどに。優しい目でそれを見つめながら、どこかに影を落とす。


「行くぞ、アルゴ」


「待って、着替える!」


数分後、白いTシャツに淡いピンクのファーコート、黒のレギンス、黄色いスニーカー、大きな黒い袋を二つ持って現れる。


「行こ!」


「……ああ」


外の世界は家とはまるで違う。雲を突き破りそうな高層ビル。鉄の馬のような車。無数の人間。


「今日は夢の天使だ」


「夢の天使? 楽しそう!」


指定された場所へ向かう。


そこにいたのは、賞金四十万円の首。灰色の肌、光で色が変わる瞳。それ以外は人間と変わらない。


傍らには七歳ほどの少女。父の足にしがみつき、震えている。


「何しに来た!」


「金だ」


その一言で、瞳は深い黒へと変わる。


戦いは短かった。骨のぶつかる音。拳。爪。血。海水。


最後に男は少女の前に立つ。握りしめた拳が白くなる。


首を締め、海水を流し込む。やがて少女は灰になる。


「カボコ……何したの」


「金を稼いだだけだ。腹減ったろ。飯にしよう」


その日、五体の天使が消えた。


夕暮れの海辺。波音。祭りへ向かう人々はもういない。


「タバコ吸わないのか。映画だと格好いいって」


「彼女が嫌いだったから」


「彼女って誰?」


「俺が知ってる中で一番すごい人」


やがて口論になる。平等なんてない。価値で回る世界。殺さなければ生きられない。


沈黙。


「散歩、しよう」


二人は砂浜を歩く。


やがて海へ入る。水を掛け合い、笑う。悪魔と天使が、ただの若者のように。


夜。月が高い。


花火が上がる。


「千九十五日か……」


「……ごめん」


カブキの体は花火の雨の中で溶けていく。


波打ち際に、アルゴだけが残された。

親愛なる読者の皆さん、最後まで読んでくれてありがとうございます!

心から感謝しています。

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― 新着の感想 ―
公式企画から伺いました。 とても独特な雰囲気があり、作品を包む静かで悲しくもある世界観が印象的でした。 ラスト、カブキもいなくなってしまうと思わなかったので驚きましたが、そのシーンを想像するとせつない…
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